05月xx日


「え、御幸一也ってモテんの?」


悠は気まぐれだ。だから今こうして僕の前の席に座ってお弁当を食べているのは、ついさっき思いついたように僕に声をかけたからで、いつもこうという訳ではない。朝練の後、僕たちが朝ご飯を食べている間に悠はいつもデータを纏めている。いつもは朝ご飯を食べてから学校に来ているらしいのだけれど、寝坊したらしく朝ごはん用にお弁当を持ってきていたらしい。教室に着いた瞬間お弁当を広げた。


「完全に盗んでたーってやつをアウトにしたその瞬間一時はカッコイイけど、その次のドヤ顔でマイナス20点だと思うけど。」


悠は基本先輩達に対して礼儀正しいし、間違っても呼び捨てなんてしない。だけど何故か御幸先輩に対してだけ扱いが酷い。確か最初は御幸先輩って呼んでいたはずなのに、栄純くんに影響されたと言ってしばしばフルネームで呼んでいる。


「悠の評価は厳しいんだね…。ドヤ顔に対するマイナス比重が高い…。」

「人並みの美醜感覚は持ち合わせているから普通にみんなかっこいいと思ってるよ。私の採点が厳しいのは御幸一也だけだから。」


人並みの美醜感覚からしたら、悠は普通にかわいいし美人なのだけれど、クラスのみんな曰く完璧過ぎて近寄り難いらしい。こんなにハッキリものを言う性格ということはみんなは知らないだろう。


「小湊くんもカッコイイよね。」


悠は箸を持ったままの手で頬ずえをつきながら僕の顔を覗き込んで来る。最初の頃は僕の前髪の下を見ようとしてきたけれど、最近ではそれもなくなった。
人並みの美醜感覚を持っている僕は至近距離の悠に顔が火照ってしまう。


「これ以上やると亮介さんに刺されちゃいそうだ。」


悠はそう言って笑って、元の位置以上に体ごと引いて、再びお弁当を食べ始めた。
兄貴と悠が話しているのは結構見かける光景だ。だけど、いつから悠は兄貴を名前で呼んでいるんだろう。


「ねぇ悠。」

「…ん?」


箸で切った玉子焼きを口に運びかけたところで返事であろう音を漏らして、悠の顔が再びこちらを向いた。


「僕の事も名前で呼んでよ。」


悠の名前を呼ぶのは簡単だった。みんなが悠と呼ぶから、部員の中では寧ろ苗字で呼ぶ奴がいない。クラスではすっかり佐久間さんであるけれど、悠自身が別物と呼んでるからきっと悠は呼ばれ方なんてどっちでも良いと思っているのだ。


「春市。」


普通に呼んでいるだけなのだろうけど、何故だか色香漂う響きだ。


「…やっぱ恥ずいから春市くんで許して。」


自分でやっといて恥ずかしがるのか。それでも顔を隠したりしないから、貴重な照れ顔をクラス中に晒している。周りがチラチラとこちらを見ている事に悠は気付いているのだろうか。
完璧じゃない悠は部活中だって滅多に見れない。だからこの顔を僕の目の前で見せてくれる事が嬉しいと思うのはおかしくないだろう。もっと見たいというのは欲張りで、誰にも見せたくないというのは稚拙だろうか。

同じ部活で、同じクラスのよしみ。悠はそう言ったけれど、それ以上を望むことはいけないことなのだろうか。


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