07月02日
一昨日の春市くんの発言から倉持先輩にヘルプを求めた結果、一日やり取りしたけれどお互い返信があまりにも遅いのでLINEじゃ埒が明かなく、昼休みに密会する事になった。
「元々春市がお前に気があるってのは気付いてたんだろ?」
「誰かがいちいち春市くんの動向を報告してくるし、春市くんはかわいいとか言ってくるし、気付かない方ヤバいと思いますけど。」
「誰かって俺じゃねえの。」
「他に居ると思います?」
いつから気付いていたかと問われれば微妙なところであるけれど、倉持先輩が春市くん推しなのはそれより前から気付いていた。特に御幸先輩と話してると割って入ってくる事が多い。
「じゃあ他の奴のも気付いてんだろ?」
「確信的なのは御幸先輩だけですけど。」
セクハラ発言のせいでずっと確信を持てていなかったけれど、春の市大三高との試合の日の夜、私を待ち伏せたことで分かった。みんなの前で手を振り払った段階で、普通ならその日はもう諦めるだろう状況で、わざわざ私を待ち伏せたのだから。
「確信してねぇのは?」
「…奥村くんとノリ先輩。」
「ほぉ?」
「白々しい…。先輩が私に意識させたんでしょう?」
あの日の倉持先輩の言葉さえなければ、2人の行動や言動を深く考えることは無かった。お陰様で2人にばかり意識が行ってしまった。
「あの後なんかあった?」
「あったもなにも…!」
横を向いて、隣に座る倉持先輩の顔に自分の顔を近付ける。昨日の状況のまんまだ。
「奥村くんはこの距離で、『やっぱり』って。その前に『妬けますね』って。意味を深く考えざるをえない行動と言動されて、倉持先輩に言われてた事もあって内心大慌てでしたよ。」
「その前に『妬けますね』って何だよ。『やっぱり』って、お前何した?」
あ。これはやっちまったやつだ。倉持先輩から顔を離して前を向く。前の段階を話さないとそりゃ意味が分からないだろう。亮介さんのLINEの事を話せば倉持先輩なら100%私側の心情を察することだろう。こればかりは今のところ東条くんにしかバレていない極秘情報なのだけれど、ここで誤魔化す方がめんどくさくなりそうだ。
「亮介さんからLINEが来てたんですよ。」
「亮さんから?」
「私が嬉しそうにしてたから『妬けますね』。それで、さっきの距離で『やっぱり』私の顔色は変わらない。」
「お前まさか亮さんまで…。」
まぁ、分かっちゃいますよね。亮介さんのLINEがなければ、奥村くんのあの行動と発言はなかったわけで、奥村くんの話をするには亮介さんの話は必要だった。
「…もう倉持先輩に隠すの無理そうなので言いますけど、卒業前に亮介さんから好きだって言われてます。私の引退まで返事すんなっても言われてます。」
「俺が考えてた相関図が急に複雑になったぞ…。」
私だってこんな状況考えてもなかった。どうしてこうなったんだろう。こんなめんどくさい女好きになるメリットがない。
「とりあえずノリの話も聞くか。ノリともなんかあったんだろ?」
なんでこの人は断定して言うんだろう。まぁ、あったんだけど。
「一昨日の話なんですけど、『一番近くで信じて見てて欲しい』って言われました。これってどうなんてしょう、黒と取れるけど、ギリ白でもおかしくないですよね。正解どっちですか?」
「いや、俺はノリじゃねぇから知らねぇよ。」
これはもしかして、倉持先輩は本当にノリ先輩の考えてる事が分からなかったやつだろうか。知ってて意味深発言したわけではないのか。紛らわしい。それさえなければ私は多分ノリ先輩の言葉に笑顔でハイと返事をしていただろう。
「もうどうしたらいいんですか、倉持先輩。よりにもよってこの時期に…。」
「ちょっと想像より広がり過ぎてて俺にはどうもできねぇわ。」
「じゃあもう倉持先輩が私と付き合ってください!」
「俺にチームから睨まれろってか!?」
そうなんだよね、全員が全員チームメイトでベンチ入りメンバーなんだよね。倉持先輩からしたら、これから大会が始まるというこの時期に何やらかしてんのって感じだろう。
「お前のキャッチャーとセカンドからの支持率怖ぇわ。実は木島と小野と由井もとか言わねぇ?」
「ちょっと笑えないですね…。」
正直この事に関してはもう何もかも自信を失っている。自分がやっていることは、正しいのだろうか。何も考えたくないっていうのが本音だ。
「御幸と春市との三角関係だと思って突っついてたからな…。御幸には『1年が入って三つ巴なったりして』とか去年言ってたんだけど、5人は流石に引くわ。」
「引いてないで助けてくださいよ。私の頼みの綱は倉持先輩と東条くんだけなんですよ。」
「は?東条も?最近よく一緒にいるとは思ってたが…、被害拡大したらどうすんだ。」
「東条くんは違うでしょう…。倉持先輩と同じ立場ですよ?」
「相談乗ってるうちに東条もお前に惚れてるかも知んねぇだろ?」
「倉持先輩も有り得ますよねそれ…。てかむしろ少女漫画とかだと私が倉持先輩に惚れるやつですよね。」
「うわ、やめろよ。」
「マジトーン!」
東条くんよりだったら、よっぽど倉持先輩の方がフラグが多いと思う。寧ろ他の人達より余っ程。間接キスとか、看病イベントとか。考えれば誰よりもフラグイベントが多い気がする。この会話さえフラグに見えてきた。
「まぁ、悠が本気で俺に落ちたってんなら考えなくはねぇ。」
「…フラグ立てるのやめてください。」
ヒャッハ、といつもの笑い声が控えめに聞こえる。いつもなら盛大に出ているところだろう。これが密会だと覚えていたみたいだ。
「この際だからついでに聞くけど、沢村と降谷はどうなんだよ。」
「…は?」
「お前、降谷からも気に入られてるだろ?沢村だけ呼び捨てだし、お前の攻略範囲はセカンドとキャッチャーだけじゃなくてピッチャーもとか言わねぇ?」
いやいや、いやいやいやいや。まさかそんな。
確かに降谷くんには懐かれている。爪やってとか、爪やってとか、爪やってとか。冬は暖房替わりにされたり。そして沢村とはバレンタインの修羅場イベント以降砕けた関係になった。けど、2人までそう考えていたら私は野球部で全く身動きが取れなくなる。これをそのまま倉持先輩に告げれば、遠い目をされた。
「…真面目に倉持先輩から離れないのが正解な気がしてきました。」
「100%の安全保障はしてやれねぇけどな。」
「うわ、フラグ…。」
合宿中もゲームイベントで無自覚イチャイチャを周りに見せつけるという事件があったし、もしや倉持先輩ルートを引き返せないレベルで突き進んでいるのではなかろうか。
「そういえば、東条もピッチャーか。」
「例えば、」
「あ?」
「私が最近高津くんと仲良いんですよ、って言ったらどうします?」
倉持先輩の言うようなポジション縛りがあるならば、倉持先輩と同じポジションの人ともフラグが立つはずだ。心当たりが全くないと言えば嘘になるけれど、高津くんは普通に友達だ。金丸くんと同じ、普通のただの同級生。
「めんどくせぇからさっさと1軍と2軍全員との関係性白状しろ。」
「昼休みじゃ足りませんよそれ。」
一軍と二軍って、40人もいるのに全員との関係性を言えとは無茶過ぎる。全員大事な選手ですとか言って終わらせようとしてもどうせ軽いチョップが降ってくるだけだろう。
「じゃあ後でLINEしろ、全員分。」
「何日計画ですか?」
「1ヶ月くらいじゃね?」
「最悪話終える前に夏が終わってますね。」
「縁起わりぃ事言うなっての。」
倉持先輩はため息をつきながら、亮介さんよりずっと優しいチョップを下ろした。そのままポンポンと頭の上に手を置かれ、首をこれでもかと下げられ押される。
「痛い痛い痛い痛い!」
「ちゃんと甲子園に連れてってやるからよ、お前はいつも通りいてくれよ。」
独り言の様にそう呟いた倉持先輩は一体どんな顔をしているのか、見たいのに相変わらず頭を抑えられその足元しか見る事が叶わない。
きっと倉持先輩は私のせいで終わった夏の先を思ってしまったのだ。いつまでも倉持先輩の夏が終わらなければいいのに。