元幸村信者が結婚する


「瀬川…じゃねぇんだな。あー、お前はどこまでも幸村くんを追いかけるもんだと俺は思ってたぜ?」
「うん、中学時代の私もそう思ってた」

結婚式に呼んだ友人は女よりも男が多い。というのも、私は立海大附属中学から、ほぼ男子校同然の立海大附属工業高校に進んで、大学も工学系に進んだから周りに女なんて数える程しかいないのだ。

「あんなに幸村くんが好きだったのが嘘みたいでしょ?」

中学の同級生である赤髪に問えばそうだな、と肯定の返事が返って来た。

私は中学時代、幸村くんに惚れた。それはもう嘘みたいに夢中になって、アプローチを続けた。自惚れじゃなく、あぁ、これはいけるんじゃないかと思った頃には卒業の日だった。結局私は一度も幸村くん本人に好きだと言わなかった。勿論彼は気づいてはいただろうけれど。私は私の夢があって工業の方に来たし、きっと幸村くんはプロのテニス選手になるんだろうなと思えば私なんかが手を伸ばしていい人じゃなかったなって思った。

「俺的にはお前のことよりも相手の方が意外だけどな」

まぁ、確かにそうだろうね。私も初め、まさか、と思った。だけど彼はわざわざ私に会いに来た。彼は私が幸村くんのことが好きだったことを知っていてなお、私に好きだと告げた。

「てかホント男ばっかだなー」
「ここにいる女の人は殆んど私か彼の親戚だよ。数人友達もいるけど、彼女たちは男に興味ないか、彼氏か旦那いるかだよ。残念だね丸井」

人の結婚式に出会いを求めんなという意味で言えばそういうんじゃねぇと叩かれた。中学を卒業してから丸井とは会っていなかったけれど、まるで変わらない調子に懐かしく思う。

「彼のことだから、中学時代のテニス部全員呼んでるんでしょう?」
「あー、らしいな。あっちで3強揃ってるし仁王とかもさっき見たな」
「桑原くんとは今も仲良し?」
「たりめーだろ。今日あいつも来てるぜ?ってか俺がこんなに新婦独占してちゃわりぃからどっか行ってこい」

しっしっ、とでも効果音でも付きそうな感じで手で私を追い払う様にしてきたから、じゃあね、とそこを離れた。



「おっ、瀬川ちゃんじゃ」
「仁王くん、彼女はもう瀬川さんではありませんよ」

おぉ、懐かしいやり取りだ、と感動しながらその二人に近づく。相変わらず真面目そうな柳生と軽くヤンキー混じりの容姿をしている仁王。この歳でも銀髪のままなのかと軽く呆れ混じりに見る。

「ご結婚おめでとうございます、雅さん」
「柳生に名前で呼ばれるとなんか照れるね」

瀬川さん、と呼ばれることにしっくりき過ぎていたのもあるけれど、人に名前で呼ばれるのはなんかレアで照れる。

「俺ん中じゃ瀬川ちゃんは瀬川ちゃんじゃ」

私としてはそれでもいい、というか、仁王に名前で呼ばれるのは違和感しかないだろう。バカにしたようなちゃん付けは幸村くんを好きだったあの頃から続くものだ。

「あっ、仁王、柳生!ブン太知らねぇか?」

遠くから軽く駆け寄って来たのは桑原くんで、これまた相変わらず綺麗なスキンヘッドで、と言いたいところだけれど彼とは結構会っている。桑原くんのお父さんのお店で。

「あ、わりぃお前もいたのか」
「ごめんなさいね小さくて」

…いや、私は人並みの身長だ。仁王たちがでかいだけだ。…もっとデカい2人が視界の中に入ってるけど今はおいておこう。

「それにしてもお前らが結婚するとはなぁ」
「さっき丸井にも言われた」

やっぱり誰にとっても想定外だったのだろう。中学時代の私と彼は殆んど接点はなかった。幸村くんの周りにいた記憶しか彼等にはないだろう。

「瀬川ちゃん、旦那様が呼んどるよ」

私の肩をつついてそっちを指差す仁王。それにしても、あの3人のところに行くとかどんな苦行だ。仁王たちに手を振って足取り重くもそっちに足を向けた。



「久しぶりだね、瀬川さん」
「うん、久しぶり幸村くん」

近付くと真っ先に声をかけてきたのは幸村くんだった。まぁ、予想はできていた。

「真田も久しぶり」
「あぁ、久しぶりだな瀬川。じゃないのか…柳」

自分で言って混乱している真田に思わず笑ってしまえば、真田に睨まれた。恐くないもんね、私は真田に怒られるのは中学時代で慣れきったからね。

「新郎も新婦も知り合いだとめんどくさそうだね」

さっきから会う人会う人私の呼び方で戸惑っていた。仁王以外。あいつは例外だと考えて、私もそっち側だったら困っただろうなと思う。

「雅、精市が話があるらしい。聞いてやってくれないか?」
「構わないけれど…」

幸村くんが私に話?と蓮二に顔を向ければ幸村くんへと視線を促された。

「…中学のとき、俺も途中から瀬川さんのこと好きだったんだ」

やっぱり自惚れじゃなかったかと自分の感覚は間違っていなかったことに軽く安堵する。

「高校に進んで、瀬川さんがいないことに戸惑った。でも、俺よりも瀬川さんを思ってた奴がいたみたいでね。まさか柳が瀬川さんと結婚するとは思わなかったよ」

ホントにね。蓮二が私に会いに来て、いきなり告白してきたときは正直ビビった。

「今日の瀬川さんを見て、もうすっかり柳のお嫁さんになっててちょっと泣きそうになっちゃった」

何それ。まるで今も私の事が好きみたいな言い方だ。そんなことを言われたらこっちまで泣きそうになる。

「幸村くんならすぐに素敵な人に会えるよ。私よりずっとずっといい人…」

こんなことを言っても余計ダメな気がするけれど私にはそれ以外の言葉はかけられない。

「自分は良くないみたいな言い方はするなと言っただろう、雅」

若干滲みつつある視界を蓮二の親指がその原因を払う。

「俺は、」

久しぶり、と言ってからずっと口を閉ざしていた真田が口を開いた。

「幸村の想いも蓮二の想いも、瀬川の想いも知っていた。だからこそ、幸村のことも蓮二のことも応援せずただ見ていた。」

親友二人が同じ人を思ってて、私と幸村くんが両想いであることを知っていた。真田はどんな心境でただ見ていた、のだろう。私ならただ見ているなんてきっとできなかっただろう。真田は幸村くんにも蓮二にもあるチャンスを消したくなかったのか。あの時から顔だけじゃなく中身まで大人だったんだと感心する。

「瀬川がどちらを選ぼうと祝福しようと決めていた。おめでとう、蓮二、瀬川」

真田の真っ直ぐな祝福が嬉しくて再び泣きそうになる。どうしてくれよう。


「全く、中学時代から大人しくはなったものの涙脆さは変わらないな」

再び蓮二に涙を拭われ、今度はため息をつかれた。


「俺はお前の全てを愛している、雅」
「…ありがとう。私も蓮二が好きだよ」


若干涙が残ったままだけど、自然と笑っていたらしい。後から丸井に言われて知った。
いつまでも蓮二の隣で笑っていられたらいいな。


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