嫌われたいマネージャー


うちのマネージャーはアホだ。

きっとこれを本人の前で言ったらキレて暴れまくるのだろう。だけど俺は最近になって気が付いた。瀬川のアレはわざとだ。要領が良く、勉強もできる。そんな奴がただのアホなわけがなかったんだ。じゃあ何の為にアホやってるんだろうと考える。瀬川は見た目は悪くないし、さっきも言ったみたいに要領が良くて、勉強もできる。よくある女子の友人関係とかそういうのではないだろう。じゃあ、なんで?


「ひとつの予防線だよ。部員との一定間隔を保つための。」


訊ねてみれば案外あっさりと回答をくれた。予防線。それは何に対してか、問うてもいいものなのだろうか。考えるより先にそれすらも言われて言葉に詰まる。
部員との一定間隔を保つため。それはきっと言葉通りなのだろう。男ばかりの部でマネージャーが高嶺の花なんかになってしまい、その仕事に支障が出れば困る。

「レギュラーの好みのタイプは健康な子、計算高い子、駆け引き上手な子、清らかな子、物をくれる人、色白グラマー、明るい子だっけ?少なくとも部内の私から駆け引き上手なんて思われない、清らかでもない。部員の恋愛対象から外れるのが一番の目的」
「…俺でも気づくんだ、柳あたりも気付いてるんじゃないかな。そうだとしたら十分計算高いと思うけど」

瀬川は俺の言葉に対して一瞬何かを考える。いつもそうだ、瀬川はアホの発言の前に必ず言葉を纏めてからそれを口に出す。

「確かに、柳や仁王は気付いてるだろうね。でも、彼等にとっては『俺に気付かれるようではダメ』なんだろうね。」

なるほど、気付かれたらそれはそれでより対象外へと近付くわけだ。

「でもおかしな話だよね。彼等に気付かれないような計算高い子や駆け引き上手な子がわざわざ私はこんな本性です、なんて言って出るわけがない。そうしたら彼らの好みのタイプの子なんて絶対に現れるわけがない。」

瀬川の言葉がいちいち俺を納得させ、いちいち疑問をわかせる。

「中学生の好みのタイプなんて宛にならないってこと。大人は単純だよ、お金持ちとかならまだしも、職業まで指定してきたり。」

「じゃあ瀬川がわざわざキャラを作ってる理由と繋がらない」

やはり一瞬考えてから、彼女は口を開く。この間をいままで気付かなかったのが不思議なくらいだ。

「つながるよ。自分の好みはこれだ思い込むことで、それ以外を見ないようにするんだ。中学生はまだ子供だから、恋愛経験なんてない。好みのタイプを持つことで自分は大人だと思いたい。彼らは私を計算高くも駆け引き上手でもないと思い嫌えば好みのタイプが成立する様に見える。」
「嫌われたら意味がないじゃないか」

彼女は俺の発言を予想していたのか直ぐに首を横に振ってすぐにまた口を開いた。

「彼らは勝手に嫌っていることに対して何も知らない私に罪悪感を抱いているはずだよ。自分の都合で私を嫌いだとしていることに。だから彼らはそれらしい素振りは見せられないし、部活にも影響は出ない。」

俺には良く分からないと言えば、瀬川は見慣れないクスクスといった笑い方をして俺を見つめる。

「さて、ここまでは適当に言葉を並べてきたからきっと探せば穴だらけだ。」

まるでプレゼンテーションでもするかのように突然明るく言い放つ瀬川に呆然とする。

「私の本当の目的は、こうして部員が接触してくること」

俺はまるで意味が分からくて更に呆然とするだけだ。

「私の本性に気付き、私に接触してくる。そしてさっきの様なことを言えば確実に嫌われる」



幸村くんはもう私のことを嫌いになってるよ?



微笑みながら言う事じゃないだろう。なのに彼女は俺に対していつもとは違うとても美しい笑みを俺に向けていた。どうして彼女は部員から嫌われる事に固執する?


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