神様が泣いている


私がいつもいる保健室は普段はあまり人が来ないのだけれど、部活生がよく見えるここは放課後になると部活生が来ることが多い。帰宅部の私は帰れば良いのだけれど、今はまだそこらに生徒が沢山いるからもう暫くは校舎を彷徨くのが最早日課だ。この時間人が来ないのは特別教室が並ぶ校舎の上の方の階。

「セイイチクンはテニス部なんだ」

今日保健室を訪れた彼の姿をテニスコート上に見えた。遠目に見ても分かる、きっとセイイチクンが部長なのだろうと。他にも、如何にもという強そうな人はいるけれど、肩で靡くセイチチクンのジャージが王者立海大の体を表しているようだ。
そういえば1年の時に神の子幸村、というフレーズを聞いた気がする。セイイチクンの苗字は確か幸村。彼のことを言っていたのかもしれない。そう考えると、彼は神の子ではなく神と称する方が相応しい気がする。見目麗しい儚気な姿、コートを見る限り他を寄せ付けない絶対的な強さ、きっと他にも神の子と呼ばれる理由はあるのだろうけれど、私の知る限りでも十分彼は神の名に相応しい。

視線を少しずらせばグランドが見えた。グランドとここでは大分距離があるというのに、何故か1人と目が合った気がした。彼は確か…考えようとしたと同時に鳴ったチャイムにハッとする。帰らなきゃいけない。


最近じゃ帰ることさえ憂鬱だ。もう教室に行かないから怪我なんて増えるはずないのに、やけに心配してくる母親とまるで無関心の父親、仕事とゲームだけの生活をしている兄、家に居る方が目が回る。だから私は家に帰ればご飯を食べて直ぐに寝る。やけに早い門限に溜め息を漏らし、いつもどおり下駄箱に向かった。




次の日も何故か私は放課後にテニス部を眺めていた。
セイイチクンは驚く程強かった。文字通り他を寄せ付けない、そんなテニスだ。如何にもな彼だってこてんぱんにやられていた。しかし、試合をする度に彼の表情が沈んで見える。練習の軽い試合であるとはいえ、勝って嬉しくない筈はないのに、何故彼はあんな顔をしているのだろうか。周りの部員たちは気付いていないのだろうか、神様が泣いていることに。

盲目的に神を信仰し、神の変化には気づけない。しかし神ならば変化を見せないだろう。やはり彼は神の子、なんだろうか。


やはり視線を少しずらせばグランドが見えた。
そしてそっちを少し見ていればまた目が合った気がした。昨日の続きで思考を働かせることにする。彼は誰だ。生憎視力は良くない。目が合ったと感じたことさえ不思議なのだけれど、確かに彼はこちらを見上げた。考えてもやはり分からない。
考えるのを諦めて帰ることにした。

セイイチクンの表情は既に忘れてしまっていた。


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