おめでとうの言葉だけ
精市の集合の合図がコートに響きわたる。部活終了の時間だ。片付けを始めようと立ち上がれば精市に何やってんの?座ってろよと笑顔で言われた。あの、私の仕事…
「従っといた方が良いだろう」
蓮二がそう言うならそれが最善なのだろう。私の肩をポンと叩き、蓮二は精市の方に向かった。あちこちのコートにいた部員が精市の前に集まる。精市の隣には、真田。精市の後ろ姿が夕日に照らされて眩しい。
幸村精市の場合
相変わらず靡く精市の肩のジャージ。芥子色も夕焼け色に染まり、輝かしい。
「雅」
ただ眺めていれば突然呼ばれ、手招きをされている。立ち上がり駆け寄れば、精市は再び部員を向いた。
「知っての通り、今日は我らがマネージャーの誕生日だ。」
知っての通りって何、まさか部員全員知ってるわけでもあるまいし。
「先輩!」
切原の大きな声に視線を精市から彼に移す。
「誕生日おめでとうございますっス!俺たち部員一同からっス!」
眩しいほどの笑顔でラッピングされたプレゼントを私に差し出してくる。
「ありがとう」
受け取りながら部員を見回す。私がこれを受け取っていいのかと思ったが、みんな笑ってるからいいのだろう。
「選んだのは1年の奴らっス!」
出会ってたかが数ヶ月なのにわざわざありがとうございます。切原のセンスで選ばれたら何が来るか怖くて仕方がない。
精市が手を鳴らし、その場はそれで終わった。
お疲れ様でしたの言葉を合図に散り散りになっていく部員。今度こそ私も片付け…と思ったところで精市に首根っこを掴まれた。
「雅は今日部誌書いて終わりね」
コートを見れば駆け回る後輩たち。あぁ、ごめんなさい。
部室に入れば何人か着替えているが精市はお構いなしに私の首根っこを掴んだまま歩く。あっ、待って、首絞まってる、ギブ、ギブ!
「精市、手を離してやれ、雅が死んでしまう」
え?なんて言いながら振り返って手元の私を見て精市は笑う。
「柳がいる限りこの程度じゃ雅は死なないよ」
嫌な予感がするのはきっと気のせいじゃない。蓮二も僅かに表情を引き攣らせている。
「柳?彼女にだけ『みんなの前でキス』させないよね?」
まぁね、言うと思ったよ。
いつの間にやら集まっているテニス部レギュラー陣。
「雅」
蓮二に呼ばれ少し顔を上げればキスをされる。驚いて目を見開けば蓮二の目も開かれる。
「あははご馳走様!あー、お腹いっぱい!お誕生日おめでとう雅」
…精市が満足したようでよかったです。
精市はいつの間にやら着替え終え、颯爽と帰っていった。ずっと固まりっぱなしだった真田のたるんどる!が部室に響いたのはそれから3分後のことだった。
毎年のことだけれど、今年も精市からのプレゼントはおめでとうの言葉だけだった。