銀色


降り始めた雨が銀色に光る。

傘を持たない私は濡れるのを厭わず悠々と歩く。同じく傘を持たない立海生たちは私の横を走り抜ける。どうせ明日は休みだ、風邪をひいたって私の皆勤賞に影響を及ぼすことはない。コンビニに寄れば傘は買えるし、友人のママも一緒に車に乗っていくかと訊いてくれた。しかし私は雨に濡れることを選んだ。歩きながら私はバカだなぁと思う。思うだけで毎度改善されない自分でも理解し得ない行動にも、もう慣れた。一体何が私をこうさせるのだろうか、全く検討がつかない訳ではないけれど、否定したい。

「なんじゃ、今日はお前さんも傘持っとらんのか」

最寄駅近くのシャーターの降りた店先、雨宿りをしている割りには随分とずぶ濡れな男が立っていた。私は立ち止まらず歩みを進める。止まっては、いけない。

「お揃いじゃのー」

お揃いなんてかわいいもんじゃない。当然の様に私の横を雨に打たれながら歩く男、彼は同じ立海生だ。雨が染みて重そうなブレザーに、ぺったりとした銀色の髪、彼はいつから雨に打たれているのだろうか。私も他人の事は言えないくらい濡れているけれど。

「お前さんは走らんの?」
「走っても歩いてもこの雨じゃ全身がずぶ濡れになるのは避けられないよ」

返事は返してやる。私と彼が話すのは2度目だ。

「お前さんを待っとったのに、意味なかったのぅ」

前に話したのも雨の日だった。私は傘を持っていて、彼は濡れずにあのシャッターの前で雨宿りをしていた。声をかけてきたのは、彼の方だった。彼は何故か私の名前を知っていた。同じ学校で同じ学年でも同じクラスにならないと、或いはよっぽど有名でないと名前を知ることはない。この人廊下で見かける、なんて思うことはあっても名前とは一致しないのが普通なほどのマンモス校なのだ。彼とは同じクラスになったことはないし、私は有名になる程優秀でも問題児でもない。何故彼は私を知っていた?逆なら分かる、彼は有名だ。テニス部レギュラーは所謂イケメンであるし、全国3連覇を目標にするほど強い。むしろ同じ学校で彼らを知らない人は潜りでは、なんて友人は言っていた。

最寄駅を通り過ぎてなお彼は私の横を歩く。

「のう、瀬川」

名前を呼ばれてしまったからには仕方なく顔を彼に向けてやる。後ろで小さく束ねた髪がべっとりと首筋に張り付いている。

「好きじゃ」

なんとなく、ただなんとなくそんな気はしていた。

「私彼氏いるから、」
「知っとる」

ごめん、と続ける間もなく彼は私の言葉を止めた。きっと彼は私の言葉を予想していたのだろう。私は本当に分かり易いようで分かりにくい。これは私の彼氏から言われた言葉だ。

「じゃーまたね、仁王くん」

前に会った時と同じ分かれ道で後ろ手に手を振る。

「参謀によろしくの」

後ろから聞こえた小さな声に手を止めて、振り返る。反対の道にゆっくりと歩き出した彼はまるで雨など降っていないかのようだった。


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