挑戦的な笑みを浮かべる、彼女は美しい
今日は卒業式だ。
正確には卒業式だった、だ。立海大附属高校に進学する方が多いため、言うほどそういった雰囲気はない。しかし、瀬川さんはもう立海生ではない。
仁王くんに頼まれて入れ替わってまで学校にまだ残っているのは瀬川さんに会えるかもしれないと思ったからだ。幼馴染みの彼であれば瀬川さんは話しかけてくれるかもしれない、そう考えた。
「卒業おめでとう。」
正門側の喧騒から離れ、裏庭に出ると待ってましたとでも言うように声をかけられた。
「私、柳生くんとは仲良くしても良かったと思ってたんだよ。」
仁王くんなら何と答えるのだろうか。そう考えるより自分の嬉しいという感情の方が勝って何も言葉が出てきやしない。
「柳生くん、でしょ?」
瀬川さんは私を仁王くんではなく柳生比呂士だと知ってなお話しかけてくれたのか。
「私二人のことなら見分けられる自信あるよ。今度二人で会いに来てよ。絶対に見分けてあげる。」
そう言って挑戦的な笑みを浮かべる、彼女は美しい。
誰もが彼女の顔立ちを麗しいと口々に言うのは仕方ないことだろう。
「仁王ならもうとっくに帰ってると思うしさ、帰るために入れ替わることも予想できてた。」
仁王くんと瀬川さんが並んでいる姿は1年生の頃から見慣れていた筈なのに何故か今は瀬川さんの隣に仁王くんを思い浮かべることはできない。
いつから瀬川さんと仁王くんは離れてしまったのだったか。
ゴルフ部から転部した私はテニスのことはまるで知らなかった。テニス自体は部員の皆さんが教えてくれたけれど、ルールや細かいことは瀬川さんに教わった。
客観的に見て、瀬川さんは異常だった。テニス部のために厳しく、それでいて自分にも厳しく。コートを見つめる目に色はなく、ただただ見つめる姿に少し恐怖すら覚えた。
誰もが彼女に好感を抱いている中そう思う私が変なんだと思い込んできたけれど、やっぱりあれはおかしかったのだと今分かった気がする。
「柳生に会えたし、帰るね。さようなら。」
私の返事も待たずに裏門の方に瀬川さんは歩いて行く。呼び止める暇すら与えられない。