雨脚が強まる
吉良くん…吉良副隊長と二人で飲みに行くことになった経緯はいまいち覚えていない。残業続きの中で、ひと仕事を終えたその場で寝てしまいたかった私に吉良くんが何やら話かけていたことはうっすらと覚えている。内容なんてこれっぽっちも覚えてなかったけれど、多分きっとその時だ。
今こうして居酒屋の個室で向かい合って座っているのが割りと不思議だ。
*
一杯目に頼んだパインサワーが思いの外度数が高かったのか、少しクラッときた。その様子を見逃さない吉良くんは、最初から強いお酒頼むからですよ、と呆れたように眉を下げた。そう言われても、普段お酒なんて飲まない私は度数なんて知らないし、お酒の種類も知らない。
「瀬川さん、ペース抑えてください。」
1杯目でクラッときたから、ゆっくりにしようと思った。思ったけれど、思考とは裏腹に、口がお酒の味を欲する。
甘ったるいサワーは私好みではないのに。
*
「きらくん。」
「何ですか?」
「きらくん。」
さっきからずっとこうだ。ひたすらに僕の名前を呼んでくる。瀬川さんは僕が気があることを理解しているのだろうか。
「きら、くん。」
唐突に立ち上がった瀬川さんはテーブルの向こうのソファ席からこちらにまわってきた。そして僕の隣に座った。
ふふっ、と花でも咲きそうな笑顔を僕に向けて、僕の手を奪った。
「きらくんには言わなきゃいけないことがあるの。」
少し上目づかいで見てくる姿が僕には毒だ。急に真面目な顔をして、それでも頬は赤く色付いたままで。
「私、多分まだ、忘れられない人がいるの。」
藍染のことだろう。そんなことは知っている。
「虚圏に置いてきた、ウルキオラ。」
言おうとした言葉は失われ、思いがけない名前に思考が止まる。
藍染じゃ、ない…?
僕はその男の話…正確にはその破面の話を大方聞いているけれど、彼女は知っているのだろうか。どういう意味で忘れられないのだろうか。わざわざ僕に言うということはそういう事、なのだろうか。
「黒崎一護が尸魂界の英雄であったとしても、私は彼を憎まずにはいられない。 」
ウルキオラは死ぬべきじゃなかった。
瀬川さんは知っていたのだ、その破面の最期というものを。
きっと瀬川さんが虚圏にいた間、その男と行動を共にしていたのだろう。そのうちに情が湧いて、そして…。
瀬川さんの見たことのない表情に息苦しくなる。それにはどんな感情が込められているのだろうか。悲しみだろうか、憎しみだろうか。
「誤算だったんだよ。藍染隊長にとっても、私にとっても。」
誤算って?
僕が問うても、瀬川さんは答えてくれない。
完全に酔っていて、こちらの話は聞かないし、彼女自身の話さえも唐突だ。
「誰も好きになりたくない。」
ぶつぶつと呟く彼女の言葉で、それだけがはっきりと聞き取れた。
それは僕にとってはとても聞き捨てならなかった。
だけど、その言葉を撤回させるにはあまりにも酷に見えた。
涙を流す瀬川さんなんて初めて見てしまったから。
2018/06/29