君を知らずに生きたかった
十番隊は何でもかんでも引き受け過ぎだと思う。
十一番隊の様に虚の討伐しかしないのも考えものであるけれど、十番隊は日番谷くんの性格故か、その任務の種類は多岐にわたる。我等が五番隊は先代、藍染の時からの隊風か鬼道遣いが多く、鬼道が有効な任務ばかりが降りてくる。
私は隊長である事をいい事にその全てを隊員に適当に流して隊舎に引きこもる生活をしているのだけれど、隊員に怒られて渋々出撃することもある。副隊長の雛森さんが未だに療養中であるから大きな任務はうちにはこないから、私が出る必要はないのに、と愚痴る先は同期の日番谷くんなのだ。
さて、そんな話をしたのも意味があって、十番隊は王印なんてものを運ぶ任務が与えられたらしい。それも隊長、副隊長共に駆り出されて、だ。私なら絶対断る。そう松本さんに言えば、うちの隊長何でも引き受けるんですもん、と愚痴られた。それは前々から思っていたけれど、王印て。もし何かあったら厳罰を食らうだろう。四十六室が藍染のお陰で壊滅したとはいえ、その権限が総隊長に降りただけで、裁量が変わることはないだろう。折角隊長になったのに降格とか絶対嫌だ。
そう思ったのは先日の話だったのだけれど、緊急で招集された私は再び同じ事を思うことになった。
王印が奪われ、日番谷くんが消えた。
十番隊は隊舎から出られないし、他の隊の人間も彼らには会えないらしい。隊長格なら許可が出るらしいけれど、日番谷くんのいない十番隊に私は用はない。
日番谷くんはどこに消えたのだろうか。
日番谷くんが王印を取られたのなら理由があるはず。日番谷くんの捜索を命じられた私は取り敢えず現世に行く事になった。現世には砕蜂隊長とかアクティブな人たちと、阿散井さんと朽木さんという現世のプロが派遣されてる中で私も現世側なのは日番谷くんと仲良しの私を十番隊と接触させないためだろう。私自身が日番谷くんと消えるという考えはないのか。
誰か総隊長に言ってくれ。私現世初めてで右も左も分からない、と。
それも狙いの一つなのだろうけど、さっさと日番谷くん見つけて一緒に消えてやろうかこの野郎。日頃の護廷十三隊への恨みを込めて思うだけタダだろ、とひとり寂しく脳内逃避行をする。現世を黒崎一護の霊圧を頼りにひたすらに歩くのは気か滅入る。さすがに重霊地なだけあってあちこちに霊圧があって見失うのは一瞬だろう。
やっと辿り着いた黒崎一護の家。勝手に入っていいかな。とりあえず黒崎一護の霊圧がある2階に上がる。
「ねえ、入っていい?」
電気も点けていない部屋に入れば黒崎一護は驚いた様にこっちを見た。
「日番谷くん…?」
見覚えのあるいつもの彼は随分と傷だらけのようだ。黒崎一護は私の手を引いて、部屋から出た。
「…雅も冬獅郎を捕まえに来たのか?」
「命令は与えられてるけど、今は黒崎一護に会いに来た。」
「…なんの用だよ。」
黒崎一護はただ日番谷くんを匿っているだけか、上の言うところの共謀者か。
「日番谷くんを助けて。」
私の言葉に黒崎一護は目を丸くした。それもそうか、藍染が居なくなって卍解が使えるというだけで繰り上げで隊長になった私なんぞがこんな事を頼むのは烏滸がましいだろう。
それだけだから、と言い逃げするように私は黒崎一護の家を後にした。
*
朽木さんに呼ばれ、浦原商店という浦原喜助が身を置くところを訪れた。旅禍の彼らと、朽木さん、阿散井さん、浦原喜助、そんな中に私は少々アウェーだ。
「冬獅郎の奴、『クサカ』って言ってたんだよ。」
クサカ?日番谷くんが、言ってた?
みんなが首を傾げる中で、私は1人心当たりがあった。否、心当たりなんてものではない。私は草冠を知っている。
「草冠?本当に草冠と言ったの?」
確認のために黒崎一護に詰め寄ると、あぁ、と肯定された。
「何か、知ってるんですね?」
浦原喜助は私に問うが答えたくない。
日番谷くんが今このタイミングで草冠の名前を出すなんて、どういうことだ。草冠は、死んだ筈なのだ。四十六室に殺された筈なのだ。
「草冠は…。私と日番谷くんの親友です。それだけです。」
これが私が人に言える最大限の情報だ。草冠の情報は瀞霊廷内でも消されてることだから、公にできることなんて本当は何一つない。
私が言わなくても調べるだろう。
日番谷くんが誰にも何も言わず消えたのが草冠に関係するのなら、私もそこに連れて行って欲しかった。
自力で探すしかないのだろう。日番谷くんを探したいから、と告げて私は浦原商店から逃げ出した。
*
「私にも日番谷くんを探させて!なんで私だけ…、私だけ…。」
馴れない現世を宛もなく日番谷くんを探していたら、隠密機動に捕まった。日番谷くんが言ったクサカの正体が割れて、私を拘束したのだろうか。それとも私は十番隊よりも危うい存在だと今更になって思い出したのだろうか。
「雅ちゃん。」
待機命令なんて無視して草冠に会いに行こうと思った矢先、あんまり会いたくない人が来た。
「草冠宗次郎、調べさせてもらったよ。君と日番谷くんの同期、なんだってね。」
「…そうです。」
「ちょっと散歩でもしないかい?」
「ここから出たら厳罰食らうんですけど。」
「いやぁ、あんまり悠長にしていられなくてね。一緒に来てもらうよ。」
散歩、なんて大嘘か。
私は誰の指示でここにいたと思ってるんだ。まさか抱き上げてまで連れていく気か。
「…誰かいますね。」
「そうだねぇ。」
京楽隊長は突然走り出して、角を曲がり、立ち止まった。私を下ろして、後ろを見るも誰もいない。代わりに、前に見える角から人影が覗いた。
「雅ちゃんは下がっててね。」
言われた通り、うしろに、さっき曲がってきた角まで下がる。
2人の会話は聞こえない。聞こえないけれど、京楽隊長に斬り掛かる男の斬魄刀を私は知っている。
「氷輪丸、だ。」
日番谷くんにしては背が高い。となると、それを持ち得るのは1人しかいない。
氷輪丸の力で、京楽隊長がこちらに押し寄せられて、凍った。
「雅。」
氷輪丸の持ち主はその斬魄刀を片手に持ったまま、私の方へ歩み寄ってきた。
「雅は来てくれるよな?」
あぁ、懐かしい。この声、この顔、腹立たしいほどいいスタイル、少し鬱陶しい長髪。
あぁ、懐かし。
*
もし。
もし、なんてものがあれば。
私はきっと、草冠と日番谷くんとずっと…。
ずっと、何をしていただろう。
きっと日番谷くんはどんな事が起きても隊長になる運命だったと思う。草冠も日番谷くんと並ぶ成績だったから、きっと草冠だって隊長か…副隊長にはなっていただろう。草冠の性格的に七番隊とか八番隊かな。九番隊かもしれない。そしたら、私は?私はきっと劣等感から諦めて、今ほど力をつけてないかもしれない。
「草冠、好きだったよ。」
私の声はもう届かない。
もし、という言葉だけを日番谷くんに残して消えて行った。草冠にとっては私よりも日番谷くんの方が大事な友人だっただろう。
私にとっての草冠は、多分きっと、最初で最後の最愛の人なのだけれど。
2018/08/15