辞表の出し方


私が調査兵団に入団した理由は親友が調査兵団に入ると言ったからだ。ただそれだけなのだ。
口下手な私は友達が少なくて、同期とすらまともに話す事ができなかったから彼女と別の兵団になんて入ったら誰とも口を聞けなくなるとさえ思っていた。だけど、調査兵団に入れば私と彼女は別の班になって、それでも私は問題なく班の人と会話ができた。そして、私の知らないところで、私の知らないうちに、彼女は死んでいた。
憲兵団に入る事も許された彼女が、平々凡々な私よりも先に死んだ。呆気ないにも程がある。私と彼女が逆に編成されていたら死んだのは私だっただろう。どうして私が生きていて、なぜ彼女がこの世界にいないのかと、不思議な感じがした。
私には何ひとつとして取り柄がない。訓練兵団の時の成績も並であったし、調査兵団に入ってからの巨人討伐数も数える程もない。討伐補佐の数は少しだけ人より多いけれど、目立って多い訳でもない。
彼女を失ってからというもの、兵士を辞める、という選択は常に考えている。


「こんな所で何していやがる。」


それでも、私がまだ兵士で居なきゃいけないのはこの人の班に編成されてしまったからだ。リヴァイ兵長の班はいつも初列索敵で、精鋭部隊だ。そんなところに入れられてしまったのだ。こんな名誉な地位、いらない。


「辞表を提出する時期を考えていました。」


どうも私がいる班はいつも生存率が高いらしかった。それを団長か兵長かは知らないけれど、どちらかが私の力だと評価したらしかった。所詮噂でしかないから、真実は知らない。どうだっていい。


「結婚でもするのか?」

「その手がありましたか。」


男性兵士はともかく、女である私ならその理由でも通るのか。退役に明確な基準はない。いくらでも理由付けなんてできるかもしれない。


「お前には才能があると思っている。」


そんな風に言われたって、リヴァイ班の中では1番才能なんてない。


「雅、お前が自分に足りないものが何か分かるか?」

「分かりません。」


才能がある、とリヴァイ兵長は言った。ならば私に足りない物は?有りすぎて、分からない。


「目的だ。調査兵団にいる理由を自分自身理解していねぇ。」

「そうですね。だから、辞めようとしてるんですけど。」


あの子がいないこの世界に私の帰る場所はない。巨人に踏み潰された。だからと言って、別に巨人を憎んでいる訳でもないし、殺したい、土地を奪還したいとも思わない。
基本的に無欲で生きてきた私には、何も無い。


「守りてぇ物はねぇのか?」

「もう、ないです。」


元々兵士になろうとした理由はあの子が壁の外に行きたいと言ったからだった。実際に調査兵団になって、壁の外に行った事もあったけれど、ウォールマリアが突破されてからのあの子は、私を守るためだと、その目的が変わっていた。ならば私はあの子を守るために兵士でいる、そう思っていたのに。


「私の故郷は巨人に踏み潰されました。ただ1人の親友は壁外調査中にいつの間にか死んでいました。守りたいものは何一つ残っていません。」

「…そうか。」


兵長はそれ以上何かを言うことはなく、雑に頭をひと撫でされた。
ただただ気まずい。
エルヴィン団長に辞表を出せばすぐに辞められるだろうか。辞めれなかったら次の壁外調査で巨人に食われに行こう。誰かが生きるための犠牲となって死ぬのは嫌だから、みんなが死んでからにしようか。あぁでも、リヴァイ兵長の班じゃそんな事できないか。


「…調査兵団を辞めたらどうするつもりだ?」

「…そんなの、決まってるじゃないですか。」


辞めたって辞めれなくたって、やる事は同じだ。


「とりあえず、人知れぬ土地に行きます。」


そして、死にます。

この世界に未練はない。ただ1つあるとすればあの子と普通に楽しく暮らしたかった。それだけ。
あぁ、なんでこんな世界に生まれてしまったのだろう。生きていたいと思える理由が欲しかった。しあわせになりたかった。
なんだか未練タラタラみたいになっちゃうじゃないか。
こんな世界からさっさと離脱できて嬉しいよ、バーカ。

引き止めて欲しいなんてこれっぽっちも思ってないんだから。





2019/01/17


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