異動願の理由を頂戴


憲兵の仕事は楽だ。
元々兵士になる女は少ないし、その中でも上位10人しか訓練兵から憲兵になる事はできないため、その年唯一女で憲兵団に入団した私は先輩にも同期にも気を使われて、特に楽に新兵の仕事をこなした。
ただ、世間様の見世物として置かれることも多かった。
10番以内の成績と、女である事。それだけの情報で人は私を評価した。纏わりつく視線が鬱陶しい。そう思っても、真っ直ぐ前だけを向き続けることが、私に課せられた使命なのだ。下を向いてはいけない、視線に気付いてはいけない。



どこかのお貴族様が開くパーティーに憲兵団幹部宛に招待状が届き、一般の兵士にも是非来て欲しいと記されていたらしい。兵士を呼ぶなんて物好きなお金持ちだ。同期のみんなは豪華な食事や酒に釣られるかと思いきや、やはり見世物は私の役割らしく誰も手を挙げなかった。

用意されたドレスはシンプルな作りで、ワンピースのような着やすいものだった。初めから私のために用意された、私のサイズの、私に似合う色と形。気持ち悪い。どこの誰が用意したのか分からないけれど、誰かの思うままでしかないこの姿が酷く馬鹿らしい。
人当たりの良い作り笑いを浮かべて、取ってつけたようなお世辞を吐いて。こんなことをするために兵士になったわけじゃないのに。

気分が悪い。

隙を見て、会場の広間から抜けた。 大きく息を吐いて、顔を上げたら人と目が合ってしまった。幸いにも憲兵の上官ではない。よく顔を合わせるお偉いさんでもない。たまたま来てただけの人、ならば私が憲兵団の人間だとは分からないだろうし、セーフだろう。セーフだと言ってほしい。


「あなたも抜けて来たのですか?」


少ししたら戻るつもりだった。呼吸を整えて、真っ直ぐ前だけを見れば私はまた私を取り戻せるのだから、そのまま戻れば良かったのだ。なぜ声をかけてしまったのだろうか。


「あぁ。…随分デカいため息を吐いていたが、オヤジ共にセクハラでもされたか?」

「まぁ、当たらずといえども遠からずですね。」


よく見たら、この人知ってるかもしれない。高くない背、特徴的な髪型、鋭い目付き。記憶の中に1人覚えがある。会うのは初めてであるけれど。


「もしかして調査兵団の、リヴァイ兵長ですか?」

「知っていたのか。お前は…憲兵だろ?」

「はい。」


静かだ。
扉1枚隔てた向こうは何もかもキラキラしていて、ザワザワと、音楽と人の声が混ざって騒がしいというのに。まるで別世界だ。私とリヴァイ兵長ただ2人しかいないこの空間はだだっ広いだけで、物音ひとつしない。


「…今日、憲兵をやめる決心がつきました。」

「ほう。」

「お飾りで立っているのは柄じゃないし、私が憲兵団に居たって折角の技能も宝の持ち腐れだなって。駐屯兵団か調査兵団が受け入れてくれたらいいんですけど。」


憲兵でいることは楽だ。楽ではあるけれど、神経をすり減らしてまで居たいとは思えない。
兵士を辞めたいとは思わない。だけど、憲兵に居た人間をよその兵団が受け入れてくれるだろうか。


「調査兵団はいつでも人手不足だ。特に腕が立つ人間は重宝される。」

「初めから憲兵になんて入らなければ良かったです。そうしたら、無駄に5年もお人形さんなんてしてなかった。」

「お前には自由の翼が似合いそうだ。」


フッ、とリヴァイ兵長が笑った。私にはもう駐屯兵という選択はなさそうだ。でもそれもいいだろう。きっと今日ここでリヴァイ兵長と会ったのも何かの縁だ。


「そろそろ戻ります。ありがとうございました。」


リヴァイ兵長に頭を下げて、扉の方に足を進める。
広間から音が溢れ出て来てしまったけれど、眉を寄せてはいけない。


「待っている。」


後ろから聞こえたけれど、今は振り返らない。最後まで憲兵団の雅を貫いてやる。心無いお人形はなんと言って憲兵を辞めようか。リヴァイ兵長に出会ったから、なんて言ったらどうなるだろう。
自由の翼が背にあるような、今ならなんでも出来るような錯覚に陥る。でも大丈夫、その錯覚が私の背を押すのだから。





2019/01/19


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