好きかそうでないかだけ
見た目は普通。特別かわいいというわけでも美人というわけでもない。かといって、不美人というわけでもない。顔は少し丸めだけど、太っているわけではなく、時々腰に当てる手の位置を見る限り寧ろ痩せているのだと思う。背は低い。学年一低い。150ないと聞いたことがある。いつもふんわりと笑っている。性格は基本的には温厚で、周りを見守っているような子だ。善悪の区別がはっきりしていて誰にでも注意できる。ただそれが嫌だという人も少なからずいる。頭は良い。クラスで上位をいつも争っていると思う。けれどそれを鼻にかけることはない。そこをいいという人と見下されてる気分になるという人がいる。運動は嫌いみたいだけど、運動音痴というわけではない。ただ、嫌いなんだろう。人並みに人並みに、で体育の時間を凌いでいる。きっとやる気になればもっとできるのだと思う。他には何があるだろうか。彼女の事をなにもかもを言っていたらキリがない。しかし俺が知ってる彼女のことなんてみんなが知っている程度しか、ない。
彼女と話すきっかけは偶然生まれた物だった。偶然俺の前の奴が欠席したから日直が1日繰りあがって、女子の日直だった彼女と俺がペアになったのだ
「瀬川さんと話すのって初めてだよね」
「そうだっけ?よろしくー」
そうだっけ?とは言うもののまるで記憶を探る気のない返事。よろしくーと伸ばされた語尾。案外適当な人なのかもしれない。
「俺、瀬川さんに聞きたいことあるんだけど」
「なにー?」
瀬川さんは日誌を書き進める手を止めずに話を続ける。
「えっと、」
「なんでも訊けばいいよ。なんでも答えるから」
さらっとそう言った彼女にホントになんでも聞くよ?と言えばなんでも答える、と繰り返された。
「出身中学は」
「南」
「じゃあ家近いんだ?」
「近いから立海に来た」
「今部活やってないよね?中学の時は?」
「美術部。幽霊やってた。」
淡々と返される返事に会話する気は見えず、本当にただ俺の質問に答えてるだけ、だ。
「こんなことでいいならいくらでも話すけど」
日誌から顔を上げた彼女はいつも教室で見るやわらかな笑顔だ。
だけど、俺は知っている。次に顔を逸らした瞬間、彼女は無表情になる。
「じゃー、身長は?」
「148.7」
「…体重」
「40.2」
「…………スリーサイズ」
「上から」
「ストップストップ」
流石にこれを聞くのはいろいろとマズイと思って止めると彼女はクスクスと笑う。
「なんでも答えるって言ったから、なんでも答えちゃうよ、私」
日誌を書き終えた様で、シャーペンの芯をトン、と戻した。
「後は君のとこだけだよ」
俺の方に向きを正して渡された日誌は一言コメントの欄だけが空いている。
「瀬川さんは好きな人いる?」
俺はどうしてそんなことを聞いたんだろうか。
「それは、どういう?恋愛?親愛?友愛?」
俺はどうしてそんなことを聞いたのか。何を意味してなんてまるで考えてない。ただ、どんな意味でも、彼女にとって好きな人がいるのか聞きたかった。
「じゃあ、嫌いな人は?」
嫌いに種類はないはずだと問えば彼女は首を横に振った。
「そんな人いない」
それ以来彼女と話したことはなかったけれど、俺の中で瀬川さんという人物が深く印象に残った。きっと彼女は嫌いという感情を持っていないんだと思った。きっと彼女の世界は好きかそうでないかだけ。
彼女に愛される人が羨ましいと思った。
きっと彼女は人の本質を見抜いてその人自身を好きになるのだろう。そこらにありふれた友達ごっこはない。
彼女はクラスの誰も、好きではない。