終わらない追いかけっこ


俺の幼馴染みは鳴の事が大層お気に入りで、てっきりあいつと一緒に稲実に行くものだと思っていた。それを本人に言えば、鳴は推しであって近くで支えたい幼馴染みは俺だけだと当然のように笑いやがった。
中学シニア時代、雅は俺の試合を必ず観に来ていた。そこで雅と鳴は出会い、俺を蚊帳の外に置いて一瞬にして仲良くなっていた。雅と鳴はタイプが違うし、雅はあまり他人に興味がないから意外だった。


「お前、ホント鳴の事好きだよな。」


稲実のビデオを観ながら情報を書き出している雅は、鳴のピッチングが完了してようやくその視線をこっちに寄越した。
鳴が投げる瞬間は決して目を逸らさない。瞬きさえない。本人はそれに気付いているのだろうか。


「私の知りうる限りの最高のピッチャーだから。あと声が好き。」


前半は納得しない事もないが、付加情報が余計過ぎた。鳴は割りと女子に騒がれる顔をしてる、と思う。多分。しかし、顔じゃなくて声ときた。


「顔じゃねぇのかよ。」

「顔はほら、我が幼馴染み様の御幸一也の方がいいじゃん?」

「…は?」


こいつはそういう事をサラッと言うから嫌だ。思った事は何でも言うタイプなのは知っているけれど、際限ないのはよろしくない。
再生中のビデオを止めて、雅はリモコンをカタと音を鳴らして置いた。


「二人共性格はサイテー、どんぐりの背比べだけど。」

「それは雅もだろうが。」


俺の言葉にケタケタと肩を揺らして笑う。その度に高い位置で結われた髪が少し大袈裟に波を打つ。俺と長年幼馴染みの関係で居られるくらいには性格があれで、だけどこいつは見目が良い。更に頭も良ければ運動神経まで良い。
野球部ではその長い髪を纏めあげて思った事は何でも言う雅であるけれど、どうもクラスでのこいつは盛大に猫をかぶっているらしく下ろされた真っ直ぐな髪の様な真面目な優等生キャラらしい。それを聞いた時俺と倉持は腹を抱えて笑った。
何が言いたいかと言えば、こいつは滅茶苦茶モテる。告白される数だって少なくないが、彼氏いない歴=年齢という、それを知っているのは恐らく幼馴染みの俺だけだ。


「雅ビデオ止めんな!」

「ごめんごめん。」


礼ちゃんからビデオを借りて来たのは雅だけれど、他の部員も一緒に観るのはよくある事だ。雅よりも特等席、テレビの真ん前で見てる奴からの野次を適当に流して雅はテーブルに置いたままのリモコンに指を突き刺した。


「雅のタイプって俺の顔面で鳴の声?」


再び流れ始めたビデオは稲実の攻撃に移った。雅は1度画面に向けていた顔を俺に向けて、少し考える素振りをする。


「私のタイプは、御幸一也以上に頭が良くて、御幸一也以上に運動ができて、御幸一也以上に顔が良くて、御幸一也以上に野球が好きで…、後は、御幸一也以上に私の事が好きな人かな。」

「…は、」


比較対象が俺しかねぇ。鳴の欠片も出てこねぇ。てか、俺以上に雅の事が好きなやつ、って…。


「一也、私の事大好きでしょ?」


さっきから御幸一也とフルネームでばかり呼んでいたくせに、突然名前で呼んでくるのだから本当にズルい。俺が雅の事が好きだとずっと前から知っているかのような言い方だ。


「ずっと御幸一也が隣にいる私の身にもなってよね、この世の男が御幸一也基準になっちゃって誰に告られても少しもときめけないんだから。」


雅は言うだけ言って、チラりと他の奴らが画面に釘付けなのを確認して俺に顔を寄せた。


「一也にもときめいた事なんてないけど。」


少しでも期待した俺が馬鹿だった。そうだ、雅はこういう奴だ。絶対にタダじゃ捕まらない。離れて行く雅に、今度は俺の方が顔を寄せて俺が今出来る最大限の言葉を囁いてやる。


「一生かけて口説いてやる。」


雅はまたケタケタと、陽気に笑う。


「期待しないで待ってるよ。」


挑戦的な視線はそのままに、流れ続けているビデオの画面へと移された。いい加減無駄話は終わりだと強制終了されたようだ。
まぁ、ここまでの事を考えれば今ここで決着が着くなんて思っていなかったし、知られていたのなら気長にアプローチしよう。


「あ、言い忘れたけど…、鳴にも絶賛口説かれ中だから。」


聞いてないというか、本当にいつの間にそんな仲良くなってんだよ…。気長になんてやってられないなと、ため息をひとつ吐いた。





2019/04/02


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