ブルーベリーの片想い


抑えられない苛立ちを呼び出しチャイムを連打することでぶつける。ここはやっすいアパートで、インターホンは押す度に部屋の中で鳴っているだろうけれど、私のいるこの場には一切の音がない。それを知っているからやっているのだけれど、こんなことやられたら私なら通報する。


「うっせぇよ!」


扉が開かれる前にドタドタと足音が聞こえていたから渋々チャイムのボタンから指を離してドアがぶつからないように横にズレた。


「近所迷惑だよ、倉持。」

「俺に対する迷惑を棚に上げんな。」


トーンを落とした声で返した倉持は私が意味もなくチャイムを連打したと思っているのだろうか。普通に中に戻って行った倉持に続いて部屋に入る。スニーカーを適当に脱いで、最低限揃える。前にそういうところはキッチリしてるよなと言われた。そういうところ以外はキッチリしてないということだ。


「知らない間に私が倉持の彼女になってたんだけど。」


既に座ってだらけモードの倉持に立ったまま用件を言う。


「は?」

「沢村が『ついに倉持先輩と付き合ったんですね』だって。」

「どっからそんなガセ掴んだんだあいつ。」


倉持とは高校で3年間同じクラスで、奇しくも大学まで同じで、ただの腐れ縁で、悪友だ。高校の時にマネージャーなんて物もやってたから程々に信頼関係はあるけれどそれだけだ。


「なんか最近、外堀から埋められてる気がすんだよな。」

「誰が埋めてんの?」

「御幸と亮さん?」

「最悪な組み合わせじゃん。」


あの二人は別に仲が良いわけではなかったと思う。亮介さんと倉持は二遊間の絆があったし、意見は合わないけど御幸と倉持は何だかんだで仲良かった。そこから考えると2人の余計なお節介だろう。倉持仲良し隊が結託したのだ。余計過ぎて困る。どういう思考が働いて倉持と私をくっつけようと思うのだろうか。
倉持は私にとりあえず座れと促した。いつまでも立っているつもりもないし、いつも通り倉持の隣まで歩いて座る。テーブルの対面じゃなく、テレビが見やすい方に並ぶのがいつもの位置だ。


「…マジで付き合ってみる?」

「頭打った?」


倉持が飲んでいるのは水じゃなくてお酒なのだろうか。何を血迷ったことを言っているんだ。しかし、私の返答がお気に召さなかった様で、思いっきり眉間にしわを寄せられた。倉持のどことなく漂う元ヤン臭に箔がかかってる。


「お前さ…。」


あぐらをかいて座っていた倉持が体を捻ってこちらを向いた。


「ホントに気付いてねぇの?」


グイと近付けられた顔は普段と違い私の顔よりも下にある。窺うような上目遣い。普段とは違う倉持の表情に心臓がおかしな音を鳴らす。


「瀬川のこと好きなんだけど。」


ビックリしすぎて言葉も出ない。マジで?と聞き返したいけどそんな空気ではない。逃がさんとばかりに私を貫く倉持の視線は熱っぽい。マジかよ、と心の中で呟くことしかできない。外堀から埋められたせいか、それとも元々そうで永遠に進展も何も無いのを見かねた2人が外堀から埋めにかかったか。倉持の言い方的に後者な気がする。となると、一体いつから。


「気付いてなかったって顔だな。」


返す言葉が見つからないから、ゆっくりと頷く。私の事が好きな倉持と、倉持の部屋で2人きり。よく考えたら危ない状況なのだけれど、これまでなにか起きた事はない。いつもこうやって並んでいたけれど、それだけで…。果たして本当にそれだけだっただろうか。


「…そうやってしばらく頭を悩ませてくれ。」


限界だとでもいうように倉持は元の体勢に戻って、天井を仰いだ。対照的に私は頭を抱えて俯くのだ。
だって、こんな、全然考えたこともなかった。倉持が私を好き?私は倉持をどう思ってる?そんなものは上気した顔と、早まったまま落ち着かない鼓動で分かりきっているのだけれど。さあ、なんと言って仕返ししてやろうか。
いつの間にか消えた苛立ちはもう忘れた。





2019/04/25


back
top