シンデレラはスマホを持たない
これが一目惚れでないならば、私は一生一目惚れなんかしないだろう。それくらい突然、それくらい胸が高鳴るのを感じた。こんな事、チームのヤツらには口が裂けても言えない。奴らなら絶対笑う。
チームのマネージャーである私は、当然情報としての彼、美馬総一郎くんを知っていた。名前も、その野球技術も、足の速さも。顔だってビデオで見たことがある。だけど現実の彼を見た瞬間に、漫画とかの表現で言えば雷に打たれたような、そんな衝撃が私の身体中に走った。まさに一目惚れだ。
これから試合する相手チームの人間に惚れるなんて、死んでも御幸には知られてはいけない。盛大にからかってくるか、へぇ、と言ってニヤニヤ笑うのだろう。とりあえず倉持には即情報共有される事間違いないだろう。アイツらは何だかんだで仲良しなのだ。他に友達がいないとも言う。
とりあえず落ち着こう。スコアブックに打順でも書き込んでおこう。
「あれ、今日記録員瀬川?」
「そー。沢村担当。」
「え、先発で梅本と入れ替わりなの?」
ようやく私の動揺が落ち着き、ベンチの中で試合の準備をしていたら御幸に声をかけられた。
「どうせ公式戦になると固定になるから、どっちかで統一してもいいんだけどね。御幸は幸子と私のスコアブックどっちが読みたい?」
「どっちもどっち。」
「言うと思った。」
貴子さんの以外は見にくいと言っていた去年の秋よりマシではあるけど、どんなに部長らしくなってもこういう所は相変わらずだ。
「ゴールデンウィーク終わったら私は2軍の方につくよ。」
「へ?何で?別にお前でもいいじゃん。梅本でもいいけど。」
矛盾したこと言っている自覚はないのだろうか。
「うわー、なんか向こうのベンチめっちゃこっち見てんじゃん。」
御幸の言葉につられてベンチを見れば真っ先に目に入る監督と、その隣にいる美馬くん。確かにこちらのベンチの方を見ているがその対象が誰かまでは分からない。しかしまぁ、私の視線は気付けば美馬くんだけに向かい、目が合っているような錯覚に陥ってしまう。静まったはずの鼓動が、再び加速する。
*
御幸が美馬くんと話しているのがみえる。羨ましいなこの野郎。初回見事な三振したくせに、なんて無駄に記憶に残っている試合記録を思い起こす。
2人の横を通り過ぎようとした所で御幸は私の存在に気付いたようだけれど、私は御幸に用はないのでそのまま通過する。
「瀬川。」
呼び止めるなら通過する前にしろよ、と思いながら振り返る。ちょいちょい、と手招きをされたので御幸に近づく。御幸の目の前には美馬くんがいて、当然私と美馬くんの距離も近づく。あ、これ直視できない。御幸ガン見しとこう。
「なにガン飛ばしてんだよ、そんなにあの三振にキレてんの?」
「御幸が三振しても他のみんなが打ってくれるから痛くも痒くもないよ。」
「ひでぇ。」
呼び寄せといて用件はないのか。チラリと美馬くんを盗み見れば、バッチリ目が合った。そのまま逸らすのはあれなので軽く会釈してみる。美馬くんは驚いたように少しだけ目を見開いて、会釈を返してくれた。
「ほら、呼んでやったんだから自分で訊け。」
御幸はその言葉を美馬くんに向けて言った。一瞬、私の異変に気付いたのかと思ったけれどその辺は御幸クオリティらしい。ただし、その言葉が美馬くんに言ったのならば、美馬くんは私に何か聞きたい事があるような言い方だ。
どうせ試合の話をしていて、通りすがりの記録員がいたから確認とかそういう話だろう。
「LINE、やってる?」
「え?」
LINEやってる、とはどういう事だろうか。LINEは分かる、やっているか、それは誰の事だろうか。私に聞いているのだから私?
「私、ですか?」
恐る恐る訊いてみれば、頷いて返された。
「やってます、けど…。」
どういう事だと、LINEやってない代表、ガラケー使いの御幸一也に視線を移す。何故か御幸まで頷いてくる。こいつは話にならん。
「あっ、でもごめんなさい!スマホ鞄の中だから持って行かれちゃって何もできないです…。」
もし誰かのLINE聞きたかったとかだったら本人を呼んでくるから許して欲しい。誰の連絡先が知りたいんだろうか。倉持か、倉持ならここから大声で呼び戻せるぞ。
「お前ホント期待裏切らねぇな。」
「は?」
御幸の言い方が馬鹿にした感じなので思わずは、と言ってしまったけれど美馬くんの前だった。やってしまった。
ただ御幸に言われっぱなしなのは癪なので何か考えなければいけない。
「あー、おもしろ。」
御幸はそれだけ言って笑いながら、美馬くんに何かを囁いて私たちを置いて行ってしまった。この流れで普通置いて行くか?
美馬くんと2人取り残されて、目の前の美馬くんをただ見上げる。
あぁ、背が高いな。降谷くらいかな?どうして御幸がここにいる時にものさしとして見ておかなかったんだ私は。
「そんなに見られると、流石に恥ずかしい。」
美馬くんが少しだけ顔を背けてしまった。見過ぎ、と言われても1対1では美馬くん以外を見る選択肢はない。顔を見ないようにすればいいのだろうか。
「さっき、御幸に直球以外は通じないと言われた。」
下げかけた視線を再び上げる。今日の試合展開はそんな感じだっただろうか。御幸の打席は最早三振しか記憶にない。あれは確かインコースに…。
「好きだ。」
視線を上げたばかりだというのに、顔ごと徐々に下がって行く。美馬くんの真剣な眼差しを真っ直ぐに受けるのは心臓に悪い。顔が上気していくのが分かる。幻聴じゃないよね。これが夢とか、そんな落ちはないだろうか。
「一目惚れと言うのだろうか、信じられないかもしれないだろうが、本気だ。」
直球って、そういう事。確かに私には変化球だとダメだろう。恐らくLINEのくだりからそういうこと、だったのだろうから、今更気付いた地点でお察しだ。
「私も…、一目惚れ、しました。」
返事を返さなきゃと慌てて口を開いたものの、言葉にすると恥ずかし過ぎる。一目惚れしました、なんて本人に言うの難易度高過ぎる。美馬くんの反応が気になって、恐る恐る視線だけを上げれば、顔を真っ赤にした美馬くんとしっかりと目が合った。
「…名前を、聞いてもいいか?」
さっきの御幸の言葉的に、御幸は美馬くんの私への感情を知っているっぽい感じだった。名前くらい教えてあげればいいのに。奴がやっていないLINEはともかく。
「瀬川雅です、はじめまして。」
「美馬総一郎だ、よろしく。」
あぁ、落ち着いてきたら視界の端に青道の面々が見える。というか、白龍の選手もいる。 戻ったら何を言われるのだろうか。
しかしまぁ、美馬くんと話をさせてくれた御幸には感謝の言葉くらい言おうか。
2019/09/23