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最近やたらと御幸の奴が瀬川に絡んでいるのを見かける。新しいおもちゃを見つけたような御幸を、見事に躱す瀬川は少し面倒そうな顔をする。
夏休み明けから表情が消えた瀬川に、少しの色が付く。
そんなことで、どこからともなく2人をそういう関係だと噂する声が生まれ、更に瀬川は顔を歪める。
あぁ、そんな顔もすんのかと、人には当たり前にある筈の表情さえ、彼女には何となく新鮮に感じる。


「な〜に雅ちゃんに熱い視線送ってんの?」

「…御幸。」


雅ちゃん、なんてこいつはいつからそう呼んでいるのだろうか。なんとなく、瀬川が面倒くさそうな顔をする瞬間を思い出す。あの顔はこいつがさせてんだよな。


「雅ちゃんに振られて傷心中だから慰めてくれてもいいんだぜ?」

「は?」


こいつは今振られたと言ったか。それはつまりこいつは瀬川の事が好きなのか。そして、告ったのか。いつから?いつの間に?訊いてもいいが、話が長くなるのは目に見える。夏休み明け以降、つい最近、という事は確定しているようなものだし、こいつに聞くより瀬川に聞いた方がよっぽど速い。


「今のあいつにそんな余裕ねぇだろ。あんま構ってやんなよ。」

「は?」


今度は御幸が同じ反応を返した。何か誤解していそうな反応だ。そのまま放置しても構わないが、後々面倒になるのは御免だ。


「瀬川、来月から生徒会長になんだろ。引き継ぎとかで毎日忙しい筈だ。」


まぁ、御幸の誤解している内容も、きっと全てはハズれていないだろう。俺は瀬川がそれ以外の理由で余裕が無い事を知っているのだから。




*




「やっぱここに居たか。」


西校舎の屋上に繋がる階段。そこに居ると分かっていて来た。恐らくは夏休み明けてから何度も来ているのだろうが、人が来ないからここに居るのであろう瀬川の元にわざわざ出向くなんてしてやるほど野暮ではない。今日来たのは御幸の話を聞いたからだ。
俺が瀬川から聞いている理由以外で、御幸のせいでここに来ているのならば解決の手助けができるかもしれない。


「倉持。」


教室では倉持くん、なんてわざとらしく呼んでくる癖に、ここに来ればいつもこうだ。壁に背中を預け体育座りのような形でいる膝の上にスマホを置いている。


「スカートの中、見えんぞ。」

「スパッツ履いてるから。」

「そういう問題じゃねぇだろ。」


俺が来ると、雅は必ずスマホをしまう。見られたくない物があるのか、それとも俺と話すためかは分からない。


「キミんとこのキャプテン何とかしてよ。」

「…御幸が瀬川に告ったってマジ?」

「あれが告白って言えるなら、マジ。」


御幸は振られたとしか言っていなかったが、それは告白したものだと思っていた。告白と言えるかも分からないようなしょうもない事しか言えなかっただけか、御幸がわざと暈したか。そもそも2人の接点も知らねぇのにそんな事を考えるだけ無駄だ。


「なんて言って振ったわけ?」

「私に御幸くんは必要ない。」

「うわ、キツ。」

「それでまだ絡んでくるって、あの人ドMなの?」

「アイツの性癖まで知らねぇよ。」

「むしろ知ってたら引くわ。」


瀬川との会話は、どんな内容でも淡々と進む。感情の起伏が全くないわけではないが、どうも単調になる。それでも、教室で見せていた目まぐるしく変わる表情が偽物だと思わせるくらいこちらの方がしっくりくるのだ。


「…もうすぐ、四十九日なの。」

「…おう。」

「そろそろ切り替えなきゃって、思うんだけど、思うんだけどね…。」


あの日、8月2日の夜の事はよく覚えている。スタッフルームに監督から呼ばれた後、珍しい奴からの着信と、第一声の震えた音に理解が追いつかなかった。
瀬川の言う親友、確か、りっちゃんだったか。彼女が亡くなったと、どうしたらいいと、あの日泣きながら瀬川は言った。俺と瀬川の関係は、たまにここで駄べるだけの関係であったけれど、瀬川は俺に助けを求めてきた。あの日俺が瀬川に何を言ったのかは覚えていない。ただ、泣いている瀬川をらしくないと思った事だけは覚えている。
早すぎる親友の死を、乗り越えるのは容易い事ではないだろう。


「もうすぐ生徒会選挙だけど大丈夫なのか?」

「それは大丈夫。副会長やった人間はほぼ自動的に会長になれるみたいな感じだし。今年は戦う相手もいないから、信任投票で落ちる事はないでしょ。」


今の瀬川の状態を、クラスには会長選挙が近く余裕が無いのだろうと思い込もうとしている奴もいる。瀬川はその程度じゃ揺らがないだろうと思う。だけど、そんな彼女をいつも通り振る舞わせないくらい、瀬川にとっての親友は大きな存在だったのだろう。


「あの日、急に電話してごめん。」

「オフだったし別に問題ねぇよ。」

「…そっか、ありがと。」


瀬川は、自分に御幸は必要ないと言った。ならば俺はどうなのだろうか。少なくとも、あの日俺に電話をした事実がある。御幸よりはマシな位置に居るのだろうか。


「もうすぐ予鈴が鳴るね、戻ろうか。」


腕時計なんて付けていたのか。
チラリとそれに視線をやった瀬川は制服の袖で直ぐに隠してしまった。見えないならば分からない筈だ。


「今2人で戻ったら、余計噂が面倒になるんじゃねぇの?」

「倉持さえ良ければ問題ないよ。」


噂なんていくら立っても気にしねぇってか。俺も御幸も、どっちも相手にされてねぇって感じでムカつくな。


「御幸くんとのは所詮誰かが作り上げた噂。倉持のは多くの目撃情報がある事実によるもの。さぁ、みんなはどちらを信じるでしょうか?」

「…俺を巻き込む気かよ。」

「だから言ったじゃん、倉持さえ良ければって。」


別に俺だって噂なんて気にしないが、御幸の対処がめんどくせぇ。


「私は誰かに何かを聞かれたら『倉持くんが優しいから、気分転換につきあってくれた』ってだけ言うよ。関係性については適当に暈すけど許してね。」

「ここの事知られる方が困るからそれでいいけどよ、ぜってー御幸はめんどくせぇ事になんぞ。」


瀬川は御幸の事を全然知らないだろうから、あいつの面倒加減を知らないだろう。誰かが野球以外クソ、と言っていたがその通りだと思う。それは恐らく恋愛においても同じだろう。


「じゃあいっそ手でも繋いで教室に行く?」


瀬川とは話せば話す程不毛な気がしてくる。
勘弁してくれと言いながら、さっさと階段を降り始める。いつもより遅い歩調で歩いて、結局並んで教室に向かう事に変わりないのだ。


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