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倉持と雅ちゃんの関係は何なのだろうか。
噂が立つくらいには2人の間には何かがあって、だけど教室での接点は全くと言っていいほどにない。俺は2人が話している姿を、1度だって見たことが無い。目が合うようなシーンもない。どうして噂が立って、消えないくらい根付いてきているのか不思議でしかない。こういう時に噂を深掘りできるような友人がいないのでお手上げだ。


「御幸くん、何かあった?」


俺が雅ちゃんに絡む事はあっても、雅ちゃんから俺に話題を振るのは滅多にない。だから素直に驚いた。


「雅ちゃんってエスパー?」


俺の言葉に今度は雅ちゃんが目を丸くして、カラカラと笑う。これは初めて見る笑い方かもしれない。


「毎日会う御幸くんの様子がおかしかったら流石に分かるよ。」


多分雅ちゃんはクラスの誰がそうでも気付くのだろう。だけど、今の言葉をそのままに受け取れば俺だから分かるような言い方で、浮かれそうになる。


「雅ちゃんの予想通りゾノと揉めてる。」

「あー…、なるほど。」


雅ちゃんは納得したように頷きながらちらりと視線をよそに向けて、直ぐに姿勢を変えて机に肘をついた。取り立てて気にする様な仕草ではないけれど、何となく気になってしまった。


「この間監督に怒られて、今度はチームメイトと口論なんて、御幸キャプテンは前途多難だねぇ。」


どうでも良さそうに言われてしまったけれど、まだ2ヵ月でこれなのだからこれから先を考えるとマジで無理な気しかしない。
雅ちゃんの事を会長に向いていると言った時、雅ちゃんは褒め言葉だと笑っていた。その自信が少し羨ましい。


「何があったの?」


ナベの名前を出さないで、ありのままを話す。雅ちゃんは真剣に聞いてくれて、ひとつひとつに相槌を打ってくれる。


「改めて思ったけど、御幸くんはとことんキャプテンには向いてないねぇ。」


全てを話し終えたところでしみじみと呟かれた。そんな事分かりきっている。グサグサと突き刺さる言葉のナイフが傷口を抉る。


「私は御幸くんの言った事も、前園くんの言った事もどっちも間違ってないと思うよ。」

「どっちもってのはねぇんじゃねぇの。」

「あるよ。仲良しこよしをしに青道に来た訳ではないっていうのは分かるけど、1人で野球はできないでしょう?」


あぁ、そうか。目から鱗とまでは言わないが、そうだった。野球はチームでやるものだ。それは、そうだ。


「個人の意見を尊重するというのも良いけれど、御幸くんの問題点はその考え方よりも、ちゃんと話を聞いてない事だと思う。多分その彼は御幸くんに話を聞いて欲しかったんだよ、意見が欲しかったんじゃなくてね。その彼も野球好きなのは変わらないはずだから、話せばちゃんと理解し合えると思うよ。」


部活を辞めたいという相談ではなく、ただ聞いて欲しかっただけ。確かにあの時、俺は何かを言いたげなナベの話をちゃんと聞いてやらなかった。話を聞くくらいなら、俺でもできる、と思いたい。そんな事で良かったのか。


「御幸くんは自分が間違ってないと思うならそれを貫けばいいよ。それをおかしいと思ったら前園くんが止めてくれるし、足りない所は補ってくれる筈だから。良い副キャプテンで良かったね。」

「その言い方じゃ倉持は何もしねぇみてぇじゃん。」

「それが倉持くんの役割なんじゃん?」


何もしない事が倉持の役割。アイツだけ楽過ぎねぇか。


「キャプテンの御幸くんと副キャプテンの前園くんが揉めてる時にもう1人の副キャプテンの倉持くんまでそこに加わっちゃったら周りはどうしたらいいか分からなくなるからね。どちらかに傾いてはいけない、常に公平なポジションでいなきゃいけないのは難しい事だと思うよ。」


例え倉持がどちらかに片寄った考えを持っていたとしても、それを表に出さないでどちらの意見も認めて、ダメな事は否定しているのか。アイツにそんな大人なことができるのか。というか、そんな事を思ってしまう自分の子供っぽさに呆れてしまう。
いつからアイツはそんな先輩らしくなったんだ。元からその素質はあるのだろうけど、最早俺たちの保護者の域だろそれは。


「前園くんが後輩を盛り立てて、御幸くんが同学年に火をつけて、倉持くんが2人を尻を叩くくらいが丁度いいバランスなんじゃないの。」

「えー、俺たちケツ叩かれんの?」

「こうやってうじうじしてるのをサクッと背後から蹴られた方が早いと思うんだけど、違う?」

「蹴られたくねぇよ…。」

「じゃあさっさと切り替えなきゃ。さっき言ってた子の話をちゃんと聞いて、それでも同じ事を思ったならまた同じ事を言えばいいよ。御幸くんはもう少し自信を持つといいよ。上が揺らげば下も不安定になっちゃうからさ。」


俺と雅ちゃんは似ていると思うが、こういうところは正反対だとも思う。少なくとも、対人関係においては雅ちゃんには絶対敵わない。


「雅ちゃんをキャプテンに欲しいわ…。」

「私は野球部の部外者だからともかく、御幸くんよりだったら幸子の方が余程ポイかもしれないね。」


確かに。マネージャーの梅本の快活な感じは、運動部の先輩としては頼り甲斐のあるに違いない。ムードメーカーの夏川と併せて頼りになりすぎる。後輩の吉川が失敗しても怒って、その次がきちんとある。
なんかどんどん自信を失ってきた。
上が揺らげば下も不安定になる。哲さんにも似たような事を言われている。どうすればいいんだ俺は。


「本当にどうしようもなくキャプテンの重圧に耐えられなくなったら、元キャプテンの先輩に話を聞くとか、いっそ副キャプテンに泣きついてみたら?」


雅ちゃんの提案は割りと突拍子もない。哲さんに話を聞くのはまだ分かるけれど、副キャプテンに泣きつくって、ゾノか倉持に泣きつくってことだぞ。どう考えても絵面が惨たらしい。てか想像したくねぇ。
雅ちゃんは肘をついていた手を伸ばして、話は終わりだとでも言うように伸びをした。その動作に紛れて、またどこかに視線をやって直ぐに戻した。
あぁ、倉持か。
さっきは特定できなかったけれど、さっきも今もその視線の先に居たのは倉持だ。
多分雅ちゃんは俺の様子がいつもと違うのを気付いたと同時に、何もしないが俺の様子を気にする倉持の事も気付いたのだろう。
勝ち進んでいる野球部のレギュラーが揃って変ならそりゃ気付くってな。
雅ちゃんの特別になれたら、周りをよく見ているその視線も独り占めできるのだろうか。


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