分裂の時間 前編


殺せんせーが何者だろうと関係ないと思っていた。元は人間だとか、殺し屋だとか、どうだって良かった。殺せんせーは殺せんせーなのだから、それで良いのではないかと思っていた。だからこそ、冬休み中全く動かないクラスのメッセージを何度か開いては、みんなはもう暗殺をしないのかと少し寂しくなったくらいだ。
誰にも言わずに冬休み中に学校に行ったら、先生は笑顔で迎えてくれた。それを見て、私は泣きそうになってしまった。殺せんせーだって、感情を持っている。1人は寂しい筈だ。なんで誰も来ていないんだと、私の方が寂しくなった。
冬休みが終わり、誰も口を開かない教室でイリーナが言った言葉にみんなそれぞれに思う事があったみたいだが、私は何も変わらない。私の考えは、誰からも影響を受けないだろう。

渚がクラス全員を裏山に呼び出した。
みんなが素直に応じているのが不思議な感じだ。カルマも、寺坂も居るなんて、春なら絶対に無かったことなのに、これが暗殺教室の絆とやらなのだろう。だからこそ、この空気に反吐が出る。

「殺せんせーの命を、助ける方法を探したいんだ。」

あぁ、死んだ。
渚の言葉はこのクラスを分断するには十分過ぎた。
陽菜乃とメグをはじめ、何人かが同意するも、莉桜が反対の声を上げる。当たり前だ、私たちは1年殺すためにやってきたのだ。寺坂とカルマも加わり、口論が始まる。
もう殴り合っちゃえよ、めんどくさい。なんて思っていたら渚とカルマはそんな雰囲気になって、カルマは前原くんと磯貝くんに、渚は杉野くんに抑えられて、空気が死ぬほど気まずくなった。どうすんのこれ、もう、どちらにしても、気まずいままじゃないのか。

「中学生の喧嘩、大いに結構!」

突然現れた喧嘩の原因にみんなは呆気にとられ、間抜けな顔で見上げている。そりゃそうだ、なんのために裏山に来たんだ。コレや烏間先生たちに聞かれないためだろう。
ルールを話す殺せんせーは、自分の行く末が左右されるにも関わらず楽しそうだ。しっかりと自分の意見を述べてから武器を取れ、というのは全く先生らしい。

みんなが順に意見を言って、武器を取っていくのをただ眺める。私の意見なんて誰の意見を聞いても変わらなかった。

「雅さん、貴方の意見を聞かせてください。」

悩んでいる人を除けば、もうみんな武器を持ったみたいだ。先生は私が初めから選んでいる事を分かっているからわざわざ私に声をかけたのだろう。

「私は先生と最後までいたいから、私たちで殺して最後まで見届けたい。」

私の答えはこれだけだ。だから私は冬休みも学校に来た。
赤い箱から拳銃とナイフを取る。この二刀流だって、殺せんせーとの時間の中で試行錯誤の上でたどり着いた最善の装備だ。

「武器1つなんて、言わないよね?」

「勿論です、暗殺に武器の制限はありません。」

ならいいんだ、そう言ってカルマの横を通り過ぎてその場から離れる。さっきの、冷静じゃないカルマは見ていて少し愉快だった。渚と殴り合いでもした方が、いっそ痛快だったかもしれないが、2人だけの喧嘩で決めるのは不味いだろう。多分、この戦いで最後に残るのは渚とカルマの2人だろうけど。




*




赤チームのメンバーに指示を出したカルマはすっかりいつも通りに戻っていた。良かったと言えば良かったけれど、少し残念でもある。

「雅は俺と行動ね。刺し違えてでも俺を生かすこと。」

「はいはい、王子様を護る騎士となって差し上げますよ。」

「うわ、似合わない事言わないで。鳥肌立った。」

身震いするような仕草をして、両腕をこするカルマに大袈裟だなぁと笑う。

「意図せずカルマの弱体化に成功しちゃった。」

「お前、味方ってこと忘れてるの?その頭は飾り?」

「飾りじゃないって分かってるから私をここに置いてんでしょ?」

カルマと話しながら待機するも、一向に人が来そうもない。ウチには移動式砲台と呼ばれる凛香がいるし、千葉もいるし遠距離で複数を消してくれている事だろう。此方には暗殺におけるスペシャリストが多い。男女比的にも、圧倒的有利だ。

「雅は殺さない派だと思ってた。」

カルマはそう言ってナイフを持つ私の左手を掴む。その掴まれた手には目を向けずに、カルマの顔を向いたまま何故、と問う。

「殺さなくていいんじゃない、とか軽く言いそうじゃん。」

「本当に殺さなくていいなら、ね。」

そんな事ができるなら、私たちはとっくに暗殺の任を解かれているはずだ。殺さなくて済む方法を誰も考えていない筈なんてないのだ。

「で?なんでこんな手が震えてんの?」

真っ直ぐに視線が絡むカルマの瞳は綺麗な琥珀色で、こんな目をしていたのか、なんて場違いにも思った。

「武者震いじゃないよね。」

「後で話すよ、これが終わったらね。」

私の左手はやっと自由になる。掴まれていたから少し手首の感覚がおかしいが、このくらいの違和感ならばナイフを振りかざすのに影響はないだろう。

「ナイフ何本仕込んでんの?」

「あれ、バレてた?」

左手にナイフ、右手に拳銃。基本拳銃での攻撃で、必要に応じてどちらか一方を投げ捨てて戦うのが私のやり方だ。敵が近付く前に仕留めたいので捨てるのはナイフの方が多い。

「いっつもスカートの中に隠してるみたいだけど、超体育着じゃ意表を突くにも限界があるでしょ。」

「そう?何処にでも仕込めると思うけど。」

底の分厚い靴とか、丈の短めのジャケットの裾とか、仕込もうと思えばどこにでも出来る。改造を禁止されてるわけでもないのにやらないなんて勿体ない。

「胸元からナイフ出てくるとかエッロ。」

「お望みなら撃ち抜いてあげるけど。」

会話をところどころ途切れさせては赤チームに指示を送る。何人かはもうやられているが、こんなもんだろう。

「寺坂組の挙動が心配だよ私は。」

「アイツらは思う様に動いてくんないだろうねぇ。」

だから莉桜をアイツらの近くに配置したのかと、今更ながら納得する。護衛はしても、後始末係なんて私ならゴメンだ。

「雅に背中預けてもいい?ってか何かあった時お前の背中のナイフ使っていい?」

「お好きにどうぞ。取られた気配に気付かないほどバカじゃないから勝手に使って。」

背中に仕込んでるなんて言ってないんだけど、バレるような見た目をしているだろうか。
莉桜たちが、青チームの旗に走って行くのを見て、誰が残っていたかを考える。青チームに残っているのは渚と…。

ヤバい。

莉桜たちの様子に気を取られ過ぎた。振り向きざまに右手の銃を捨てて左手を振り上げ、空いた右手で体のバランスを取る。背後でカルマがナイフを引き抜く気配を感じた。私のミッションはクリアだ。

ギリセーフ、といったところか。

私のナイフと前原くんのナイフはそれぞれの色を互いの体に付けた。刺し違えてでもカルマを護るという任務は達成した。前原くんが私とカルマ、どっちを殺るか一瞬迷ってくれたお陰でセーフだったようなものだ。かなり無理な体勢になっていたためそのまま背中から倒れる。腰が痛い。私があと少し反応が速かったら、刺し違えることもなかったのだけれど。そんな後悔は無駄だ。

「瀬川、大丈夫か。」

「うん。」

前原くんは今しがた刺し違えたばかりの私に手を差し伸べるという何とも紳士だ。私に護られたカルマは最早こっちなど見ておらず、渚を呼んでいる。
前原くんに手を借りて立ち上がる。

「ありがとう。」

私の言葉に前原くんは目を丸くして、だけど直ぐに花でも咲いたかのように笑って、どういたしましてと返した。相変わらずどの瞬間を切り取ってもかっこいいな、前原くん。

「カルマの奴、ナイフ何処に隠してたんだ?持ってないと思ったから瀬川の方を先にって思ったんだけど…。」

「アレ、私のナイフだよ。」

「でもそれ…。」

地面に落ちた、さっき前原くんを仕留めたものに視線が行く。

「躊躇なく武器を捨てるのが私のスタイルだから、仕込みまくってるの。」

ジャケットの裾から1本取り出して見せればおお、と驚かれてしまった。そうこうしている間に、みんなが渚とカルマを囲む様に集まってきている。

「前原くんも行こう。」

「おう。」

今度は私が前原くんに手を差し出して、重ねられた手を引く。
前原くんは多分、私のナイフを持つ手が逆手であることを忘れていた。だからこそ、私を先にやってしまおうとしたのだろう。武器のないカルマの方が、本来狙うべきなのだ。たまたまそこに、腕と共に武器を下ろして無防備な女が居たからそっちを先に片そうと思ったのだろう。
振り返りざまに下ろしていた手を上げる力は順手よりも逆手の方が安定する。だから体勢を崩しながらでも正確にナイフを振ることができた。先に前原くんのナイフが当たってはいけなかった。だから、刺し違えるために無理な体勢になったのだ。
私と前原くん、どちらかの行動がひとつでも違えばきっとどちらか片方だけが脱落していただろう。偶然が重なって、あの二人だけが戦うという必然に辿り着いたのだ。運命的過ぎる。彼らはきっと、漫画や小説ならば主人公なのだろう。羨ましいとは思わないけれど、眩しいと思ってしまう。カルマがついさっきまで隣に居たとは思えない程遠い。
いつからこんな事を思うようになったんだっけ。




2021/05/17


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