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 所変わって渋谷のハチ公前。夏の日差しの下、私も含めた待ち合わせをしている人たちが、日陰に密集している。暑いからと直射日光を避け、日陰にいるというのに、人が密集したことで結果としてとても暑い。
 エマちゃんに連絡を入れたところ、一日空いていたらしく、快諾の返事がすぐにきた。流石にこちらに来てもらうのは悪いので、渋谷のハチ公前で待ち合わせをすることになった。
 額から流れてくる汗をハンカチで軽く拭い、そのまま首元をそれであおぐ。ここまで暑くなるなら、扇子か何か、あおげるものを持ってくればよかったと、少しだけ後悔する。先ほどエマちゃんから『もうすぐ着くよ』と連絡があったので、きっとそろそろここに到着するはずだ。わざわざ呼び出してしまったのだ、早く合流して涼めるカフェにでも入った方がいい。

「お待たせーっ!」
「エマちゃん! ごめんね、急に呼び出して」
「ううん、大丈夫だよ。とりあえずどっかお店入ろっか」
「そうだね。近くのお店、空いてるといいんだけど」

 日向にまで侵食した人混みを、かき分けるようにして進み、近くのデパートへと入る。自動ドアが開くと、室内の冷気が私たちに一瞬吹いてきて、熱気で火照った体を冷やしてくれた。
 案の定、デパートの中は人が多く、近くのカフェを覗けば席はどこも全て埋まっていた。やはり皆考えることは同じということだ。

「うーん、やっぱ空いてないね」
「そうだねー……。うーん。そしたら、ちょっと歩くけど、少し離れたところにある喫茶店に行ってみない?」
「歩くのは全然構わないよ。行ってみよう」

 デパートの中で少し涼んで体力を取り戻した私たちは、エマちゃんの言っていた喫茶店に向かうために再び外に出た。
 やはり一度涼むと、暑さ何割増しかになって襲ってくる気がする。自動ドアから一歩外に出た瞬間、張り付くような暑さが全身にまとわりついてきた。それに加え、頭上から降り注ぐ太陽光がジリジリと頭部を焼いてくる。周りを歩くお姉さんたちが日傘を差す理由は、きっとこの太陽光を防ぐためなのだろうと思った。
 地元ということもあってか、エマちゃんはなるべく日陰になる道を選びながら歩いてくれた。おかげで太陽光に当たる時間が少し短くなり、頭部を炙るような暑さを感じる時間も少なかった。

「着いた! お客さんは待ってなさそうだよ」
「ほんと? これは入れるかもしれないね」
「入れるといいな〜」

 着いた所は地下へと続く、少し急な階段の前だった。エマちゃんがその階段の入り口から下を覗き込む。続いて私も同じように下を覗き込んでみると、待っている人の姿がなかった。入れるかもしれない、という期待を胸に、エマちゃんを先頭にして下へと降りていくと、黒いエプロンを身につけたお姉さんが私たちのところへとやってきた。お姉さんの「何名様ですか?」という問いに、私が「二人」と答えようとしたところ、エマちゃんが先に「三名です」と答えた。

「三名? 私たち、二名だよね?」
「実は、助っ人を呼んでるの! ナマエからの連絡を受けてから、すぐ声をかけたんだ。それで、ついさっき『行けるよ』って返事がきたの。ここの場所はこれから伝えるするよ」
「そうなんだ。……ちなみにその人、私の知ってる人?」
「ううん、多分会ったことないと思う。でもね、すっごく可愛くて強くていい子なんだよ! 来たら紹介するね」

 エマちゃんはとても楽しそうに笑ってから、少し離れたところにいる店員さんに声をかけた。それぞれ飲み物を注文し、これからやってくるという『助っ人さん』を待っていると、一人の女の子がお店のドアを開けて中に入ってきた。その女の子が店員さんに声をかけられると、彼女は店員さん越しに、誰かを探すように店内を覗いて「友達と待ち合わせをしていて」と返答をした。
 女の子の雰囲気的にエマちゃんと年齢が近そうだったので、もしかして、と思い、隣のエマちゃんを見る。彼女は「あの子がさっき話した子だよ」と言い、軽く片手を挙げて振りながら、女の子の方へと声をかけた。

「ヒナ! こっちこっち!」
「あ、エマちゃん! ごめん、お待たせっ」
「お待ち合わせのお客様、ご来店でーす! いらっしゃいませー!」

 可愛らしい、柔らかなピンク色のボブヘアーを揺らしながら、『助っ人さん』がこちらの席へとやってくる。そして、空いていたエマちゃんの向かい側の席に腰掛けた。持っていたカバンを隣の席に置き、一度落ち着いた後、『助っ人さん』は私の方を見て「初めまして」と言い、軽く頭を下げた。とても丁寧な子だ。

「この子がさっき言った『助っ人』のヒナ! で、こっちがナマエ!」
「橘日向です。ナマエさんのことは、エマちゃんからたびたび聞いていました」
「初めまして、ナマエです。今日は来てくれてありがとう。年齢は少し上だけど、そういうのはあまり気にしないで、気楽にしてね」
「うんっ、わかった」

 遅れてやってきた『助っ人さん』ことヒナちゃんの飲み物がやってくるまで、自己紹介も兼ねて雑談をしていた。どうやらヒナちゃんの恋人さんは、一度イザナと喧嘩をしたことがあるらしく、イザナと鶴蝶が大怪我を負ったあの抗争の場所に、少しだけだがいたらしい。二人が病院に運ばれてからのことは、万次郎くんから話を聞いた彼氏さん伝てに聞いてはいたそうだ。だが、実際自分の目で見ていないから、あの後どうなったのか、今は元気なのか、と心配をしてくれていた。

「あの大怪我も治って、元気になったみたいで良かった」
「二人のこと、心配してくれてありがとう。帰ったら伝えておくね」
「お待たせしました〜。オレンジジュースです」

 ヒナちゃんの注文した飲み物が到着したのを合図に、エマちゃんが「それじゃあ本題に入るよ」と言って私の方を見た。なんだろう、改まってこのことを話すとなるととても恥ずかしい。

「えっと、ですね……。実は――」

 *

 年頃の女の子は恋バナが好き、というのはやはり事実なようだ。もっとも、私自身もまたその『年頃』に該当する年齢だと思うが、どうにも二人の会話に混ざることができない。大した年齢差ではないと思っていたが、二人と私の間には年齢以外の差があるのかもしれない。

「でもさ、バイクで二人乗りして夜景見に行くとかいいよね〜! 憧れちゃうっ」
「横浜って、確か海の近くに観覧車あったはずだから、そこに乗って見る夜景はすっごい綺麗だと思うな!」
「ヒナ、ロマンチック〜!」

 私が『初めて行くデートの場所で、いい場所が思いつかない』という話をすると、二人は目をキラキラさせて色々なデートの話をしてくれた。ゲームセンターで一緒にプリクラを撮る、千葉の方にあるテーマパークに行く、映画を観に行くなど、定番らしいデートの話から始まり、――自分の恋人が暴走族のメンバーであることもあり――バイクでデートに行く話にまで発展した。そして現在は、二人で夜景を見に行く話になっている。

「ナマエちゃんは、どこか行きたいって場所はないの?」
「私? 私はー……まぁ、彼と一緒に行けるならどこでもいいかな、って思ってるよ」
「ナマエって、ほーんとニィのこと大好きだよねぇ〜」
「そう改まって言われると、ちょっと恥ずかしいな……」
「えっ、『ニィ』って……。もしかして、ナマエさんの彼氏って」
「あぁ、なんとなく名前を出しづらかったんだけど……私の恋人は、イザナだよ」

 そう言うと、ヒナちゃんは片手で口を隠し、絵に描いたような驚き方をした。どうやらエマちゃんは、私の恋人が自分の『ニィ』――つまりイザナであることを話していなかったようだ。

「そう、だったんだ」
「ちょっと、気まずい……?」
「ううん。全然! ただ、エマちゃんのお兄さんが、まさかナマエさんの彼氏だなんて思わなくって。少しビックリしちゃった」
「まぁ、そりゃあ驚くよね」
「ウチ言ってた思ったけど、言ってなかったかー」
「言ってないよ〜!」

 二人は楽しそうに笑い合った後、それぞれ私の方を向いて微笑んだ。その雰囲気はとても優しくて、どうしてか「大丈夫」と背を押されているように思えた。

「ウチね、思うんだ。ニィはほんっとうにナマエのこと大好きだから、ナマエと同じように『二人でいられるならどこでもいい』って思ってるよ」
「ヒナは、ナマエさんと一緒にいるイザナさんのことを見たことないけど……。でもきっと、エマちゃんの言う通り、二人でいられることが一番大切なことじゃないかな、って思うよ」
「でもニィ、きっとうるさいところとか、人がいっぱいいるところ好きじゃないと思う。だからね、二人で夜景を見に行くのはどうかな?」
「夜景、かぁ……。確かにいいかも。場所によっては静かで、あんまり人がいないかもしれないし」

 夜景。確かに横浜は海が近いこともあってか、夜景スポットがいくつもある。それこそ海の近くは遊園地などもあるため、夜は電飾などが輝き、それが海の水面に反射してとても綺麗な夜景だ。赤レンガ倉庫のところも、イベントを行っていることもある。ホテルの展望フロアも、有名な夜景スポットとして紹介されていることが多い。

――夜景なら、場所さえよければ、きっとイザナも行ってくれるかもしれない。

「二人とも、ありがとう。おかげで少し場所を絞れたよ」
「どーいたしまして! 初デートの話、待ってるね」
「楽しいデートになるといいね、ナマエさん」
「うん。ありがとう!」

 *

 なんだかんだ話が盛り上がっていたこともあり、会計を済ませて外に出ると、日が傾き始めていた。それでも太陽の暑さはまだまだ地上に残っていて、じとりと汗が滲んだ。
 エマちゃんとヒナちゃんは行きたいお店があったらしく、時間的にも帰らなければいけない私は、カフェの前で二人と別れた。一人になった私は、イザナが一緒に行ってくれそうな夜景スポットはどこか、と考えながら駅へと歩き出した。

「ナマエ」

 駅に向かって数歩歩いたところで、ふと前に人の姿が見えた。考え事をしていたことで、その姿が誰なのか全く分からなくて、そのまま横を通り過ぎようとしたところで、手を掴まれ声をかけられた。びっくりしてそちらを見れば、涼しそうな格好をした万次郎くんが立っていた。