【こぼれ話】『弟』と『下僕』の内緒話



 これは彼の『弟』と『下僕』の、二人だけの内緒の話。

 ◆◆◆ ◇◇◇

 ナマエからの一押しもあり、鶴蝶と共に病室を出た万次郎は、鶴蝶の座る車椅子を押して廊下をゆっくりと歩いていた。
 廊下には二人よりもずっと幼い子どもが、鶴蝶と同じデザインの患者服や、子ども用であろうキャラクターの描かれたパジャマを着て、歩いたり話をしたりしていた。

「あんな、小さいガキもいんだな」
「あぁ。あんなに小さくても、オレたちよりもずっと長く入院してるヤツもいるらしい」
「ふぅん。……で、なんでオレのこと連れ出したんだよ。イザナのこと以外にも理由があるんだろ?」
「少し、話がしたかったんだ。ちょうどいい、そこの角を曲がった先に自販機とベンチがある。そこで話そう」

 万次郎は鶴蝶が指差した角を曲がり、その先にある休憩スペースへと向かった。
 スペースは人がまばらにいるだけで、ほとんどのベンチが空いていた。それでも、二人はどうしてか一番後ろの列の角の方へと向かった。一番後ろの列は、大きな窓が目の前にあり、綺麗に磨かれたそこには、うっすら二人の姿が映っていた。
 ベンチと窓の中間にあるスペースに車椅子を止め、ベンチに浅く腰掛けた万次郎は、静かに鶴蝶の方を見た。その視線を受けた鶴蝶は、少し緊張した面持ちで小さく息を吐いてから話を始めた。

「あの時も少し言ったかもしれないが、オレとイザナは同じ施設で育ったんだ」

 鶴蝶は、自分とイザナが出会いやイザナに着いていくと決めた理由を話し始めた。両親を失い、自身に残った消えない大きな傷跡のせいで孤立していた鶴蝶に、少し乱暴ながらも声をかけ『下僕』としたイザナ。それ以降いつでも二人でいるようになり、鶴蝶は孤独ではなくなった。そして『自分たちと同じ境遇の子どもたちが集まって暮らす国を作る』というイザナの夢を聞き、それに賛同した鶴蝶が『これからは一回も負けてはいけない』と、誰にも負けない強さを手に入れることを決めたのだ。

 鶴蝶が静かに語る中、万次郎はそれをただ黙って聞いていた。視線は、終始鶴蝶の方を向き続けていたが、その瞳は時折震えるように少しだけ揺れることがあった。鶴蝶はそれに気づいてはいたが、気づいていない振りをして話を続けた。

「――っていうのが、オレとイザナの関係の始まりだ」
「そう、だったんだな。話してくれてありがとな」
「だからと言って、イザナがしてきたことが許されるわけじゃないことは、オレも分かっている。ただ、知ってほしいと、思っただけなんだ」

 その言葉を受けた万次郎は、黙ったまま視線をずらし、前にある大きな窓の方を見た。
 窓の先に見えるのは、向かい側の病棟。真っ白に塗られ、汚れなど知らなそうな壁が、空から降り注ぐ太陽光を反射していた。その壁に設置されている窓には、時折ナースの格好をした人や、患者服を着た人が通るのがかすかに見えた。

「オレさ」

 黙っていた万次郎が、不意に口を開いた。鶴蝶は静かに万次郎の方を見て、次の言葉を待った。万次郎は、かすかに口元をほころばせて言葉を続けた。

「まだガキだったころは、イザナのことをほとんど知らなくてさ。でも、一度だけ真一郎から聞かれたことがあったんだ。『もしもう一人兄がいたら、どう思う』って」
「それって、もしかして」
「あぁ。その『兄』が、きっとイザナだ」

 鶴蝶は一瞬目を見開き、その後少しだけ視線を左右に泳がせてから、再び万次郎の方へ戻した。そして、ふと思った疑問を口にした。

「その時、なんて答えたんだ?」
「『きっと好きになる』、そう答えたんだ。……色々あったけど、それは今も変わらねェ」
「……そうか」

 そこで二人はそっと口を閉じた。その瞬間、先ほどまで二人の耳には届いていなかった、周りの喧噪が戻ってきた。面会にきた両親と楽し気に話す男の子の声、ナースに何かを話している女の子の声、誰かがペタンペタンと鳴らすスリッパの音。それらの音により、先ほどまでは少し硬い空気が二人の間にあったが、今はほぐれていた。

「多分、イザナはこの先もオレのことを良くは思わないかもしんねェけど……それでもオレは、この先もずっとイザナのことを『もう一人の兄貴』だと思う。血のつながりなんて関係ねェ。イザナはオレと、そしてエマの、兄貴で家族だ」
「……それを聞けて安心した。イザナはオレにとって、この先もずっと、一生着いていくと決めた王であり、同じ孤児院で育った家族だ。だけど、それはそれとして、ほかの誰でもないオマエから、その言葉が聞けて良かった」

 鶴蝶はそう言って笑えば、それに応えるようにして万次郎もまた、鶴蝶の方を向いて微笑んだ。つい数ヶ月前は敵対していたが、今の二人からはその事実を想像することもできないだろう。そして二人もまた、こうして笑い合える関係になることも、そしてお互いがイザナについて話をするということも、想像していなかっただろう。

「イザナはオレじゃなくてオマエを、鶴蝶を『家族』だって言った。オレじゃなくて、オマエを選んだ。……さっきも言った通り、オレもエマもイザナのことは家族で兄貴だと思ってるけど、イザナはそう思ってないだろ。だから、ダチみてェな関係になれたら、って思うんだ」

 その言葉の後、万次郎は鶴蝶に向けて軽く拳を突き出した。

「もちろん、オマエともな。鶴蝶」
「ありがとな、マイキー」

 そう言い、二人はお互いの拳を突き合わせて笑った。

 ◆◆◆ ◇◇◇

「オマエ、最近よく誰かと連絡取ってるよな」

 携帯を手に取った鶴蝶に向け、イザナがそう声をかけた。その言葉を受けた鶴蝶は、一瞬体の動きを止めた後、少しだけ気まずい表情をしてイザナの方を向いた。

「誰と連絡取ってんだよ」
「いや、これはー……」
「オレに言えねぇってのか?」
「そうじゃない! そうじゃなくて、だな……。聞いたらイザナ、絶対携帯壊すだろ」
「……ってことは、その連絡相手はオレがオマエの携帯を壊したくなるくらい、嫌いなヤツってことだな」

 自身の発言により墓穴を掘ることになった鶴蝶は、その後、メール相手が万次郎であることを知ったイザナによって携帯を真っ二つにされたのであった。