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いつからそう思っていたのかも、もう覚えていない。きっかけも覚えていない。だけど気づいたら存在していた『コレ』は、この先もずっと、叶うものではないし叶うべきものではないのだということだけは、初めから分かっていた。
でも後悔なんてしていない。こんな感情を知ることができたのも、誰かに向けてこんな思いを抱けたのも、悪くなかった。むしろよかったとさえ思う。全部、アイツのおかげだ。
そんなアイツは今、この世界の汚れなど一つも知らない真っ白なドレスを身にまとい、薄いレースで顔を覆った姿でオレの少し先にいる。その隣には、オレが地獄の果てまでも着いていくと決めた王の姿があって、今の二人は誰が見ても幸せに見えるだろう。
「おめでとう、二人とも」
この言葉を素直に言えるまで、本当に長かった。今日この日に至るまでに、色々なことがあった。辛いことも、苦しいことも、そして楽しいこと、幸せを感じること……本当に、色々あった。そのどれもが今この時につながっているのだと考えたら、どれか一つも欠けてはいけない出来事だったのだと思う。
神様なんか信じちゃいないが、今だけは願う。この先もずっと、オレの大切な二人が幸せであるように、と。
そんな子供じみた願いをしながら、オレはここまでの道のりを思い出していた。
◆◆◆ ◇◇◇
「……ナマエはどうしてイザナのことをそこまで好きになったんだ?」
ある日、ずっと気になっていたことを聞いてみた。何度も冷たくあしらわれているのに、どうしてそこまで好きでいられるのか、オレには分からなかった。
女についてはオレも詳しいわけではないし、まともに話したのはナマエが初めてだ。でもこれまで見てきた女たちは皆、気づいたら別の男と歩いていることが多かった。どいつも皆、口では「好き」だの「愛してる」だの言っていたが、それは飾りだったのだろうと、知らないなりに思った。
だけどナマエは違った。イザナがどれだけ冷たくあしらおうと、構わずとも、置いていこうと、変わらず「好き」だと言っていた。悲しんだり寂しがる様子はあっても、決してそれをイザナに言うことはなく、いつでも微笑んでいた。
オレも、そして他のヤツらも、人によって理由は違うとしても皆何かきっかけがあって、イザナと共に行くことを決めたヤツらだ。それも一般人じゃなく、札付きの。
だがコイツは違う。ナマエはオレたちがいる世界を少しも知らなかった。コイツはオレたちが知る汚れを少しも知らなかった。その手は他人の血なんて知らなくて、人を殴った時の痛みも知らない。
真っ直ぐオレたちを見る瞳は、オレたちの身体に付いた汚れなんてちっとも見えちゃいなくて、ただただ、一人の人としてオレたちの姿を映していた。
言うなればナマエは『真っ白』だった。どこまでも真っ白で、この世界の汚い部分なんて知らないまま育った、そんな印象だった。だからこそ、なおのこと不思議だった。どうしてそんなヤツが、真反対にいるでだろうイザナのことを好きになったのか。
ナマエはオレの質問に対して、少し悩んだ様子の表情をしながら答えた。
「え? うーん……どうしてだろう。でも初めてイザナと出会った時に心を奪われちゃったから……多分その時からずっと、ここまで好きなんだと思う」
「一目惚れ、ってヤツか」
「うん、きっとそう」
そう答えたナマエの顔には優しい微笑みが浮かんでいた。それを見てオレの心臓辺りに、キュッと軽く絞められたような苦しさが走った。それが一体なんなのか、当時のオレには分からなくて、その苦しみに対して小さな引っかかりを覚えた程度だった。
でも今なら分かる。きっとこれが、ナマエに対して抱いてしまった感情が芽吹いた瞬間だろう。
オレはなんて言葉をかければいいのか分からず、でも気になる気持ちもあり、少し言葉を選びながら更に問いかけた。
「……外野のオレが言うのも何だが、毎日あんな……その、冷たくあしらわれてるだろ? オレも恋愛とかそういうのはよく分からないが、アレだけ冷たくされてもずっと好きだと言えることがオレには不思議なんだ」
「……そうだね、私も不思議だなって思うよ」
そう言ったナマエだったが、その瞳はどうしてか何か決定的なことを知っているようで、直感で『何か隠している』と思った。しかしどうしてかそれ以上追求して聞くことは戸惑われた。その瞳がどうしても悲しげで、寂しげに見えたからだった。
ナマエは本当に優しいヤツだった。普通なら怖がったり偏見を持つであろうオレたちに対して、いち友人のように接してくれた。そして、どうしようもなくイザナのことを愛していた。あれはもう恋愛なんてものではなくて、ただひたすらに真っ直ぐで純粋な愛そのものだっただろう。
愛を知らないオレでも、そう思うほど、ナマエのイザナへ向けていた思いは強く、大きく、そして深いものだった。
だが、オレたちはいつまでもナマエと一緒にいるわけにはいかなかった。大切だからこそ、好きだからこそ、気に入っているからこそ、オレたちはコイツを手放すようなことをしなければいけないのだ。
眩しいほど綺麗なナマエに、汚れ一つ、傷一つ、付けたくないから。
「……近々、大きな抗争が始まる」
それを聞いたナマエは、眉を下げ、不安と寂しさの入り混じった表情で「そう」と呟いた。こんな顔など、させたくなかったが仕方がない。オレは小さく息を吐いてから言葉を続けた。
「オレたちの近くにいるのは、今まで以上に危険だ。だから、抗争が終わるまではオレたち天竺に近づくな」
「……分かった。邪魔にならないようにするね」
「抗争が終わったら連絡する。それまでは、安全なところでイザナの帰りを待っていてくれ」
オレたちのことも待ってくれていたら、とそんな欲が過ぎった。だがオレたちよりもイザナの方を待っていて欲しかった。アイツにはナマエが絶対必要だから、アイツの帰る場所として、『イザナが無事帰ってくる』と信じて待っていて欲しかったのだ。
それなのに、コイツは『鶴蝶たち皆のことも待ってる』と言った。そういうところがコイツの良いところではあるのだが、それがこの時ばかりはオレの胸を酷く締め付けた。だがそれに気づかぬふりをして、オレは彼女に一言礼を言った。そしてオレは密かに誓った。必ず、イザナも皆も一緒に生きてナマエのところに戻ろう、と。