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万次郎くんを誘ってやってきたのは、病院近くのファミレスだった。先月のバイト代をあまり使っていなかったこともあり、少しお金に余裕があったため、私の奢りでファミレスに寄ることにしたのだ。

「好きなのをどーぞ。……あ、でもあんまり多いと流石に厳しいので、多くても二、三品にしてくれると助かるかな」
「なんでもいいんだよな?」
「いいよ」
「じゃあ――」

それぞれ注文する料理が決まったため、席に設置されたベルを鳴らす。少しして男性のウェイターさんが注文を取りにやってきた。
注文を終え、お互い頼んでいたドリンクバーを取りに行く。私はアイスティーを、そして万次郎くんはオレンジジュースをグラスに注いだ。

「ずっと気になってたことがあったの。聞いてもいい?」
「ん、いーよ」
「イザナと万次郎くんは、どういう関係なの?」
「……イザナは、オレの――兄貴だよ」

彼は一瞬何かを言いかけたが、それを飲み込みそう言った。『兄貴』……そうか、彼も独りではなかったのか。そう思ったら物凄い安心感が私を襲ってきて、思わず涙が零れた。

「なんで泣いてんの?」
「ごめん、なんか安心しちゃって……。イザナは独りじゃなかったんだ、って思ったら」
「……兄貴イザナは、最初から独りなんかじゃねーよ。兄貴イザナにはちゃんと『家族がいた』から」

万次郎くんの言い方が少し気になる。どうして万次郎くんは『家族がいた』と言ったのだろうか。だって万次郎くん自身も、イザナの『家族』のはずだ。それなのに、まるで自分をイザナの『家族』と数えていないような、そんな言い回しだ。

兄貴イザナにとっての『家族』は、カクチョーだけだった」

彼のどこか寂しそうな口調と眉を下げた笑みを受け、私は何となく察した。きっと、イザナは万次郎くんのことを『家族』と認めなかったのだ。万次郎くんは彼のことを『家族』だと思っていたのに、イザナは鶴蝶だけを『家族』とし、自分に差し出された万次郎くんの手を払ったのだ。

――馬鹿だなぁ、本当に。

「やっぱオレ、次の面会からは行かねーや。送ってって言うなら送ってってやるけど、オレは外か中の待合席とかで待ってる」
「どうして?」
「……きっと、兄貴イザナはオレと会いたいとは思ってねーと思うし。それに、オマエとオレが知り合いって知ったら、すげー怒ると思うから。……そしたら、傷に響くだろ」

万次郎くんの話が一度区切れたタイミングで、注文していたフライドポテトが席に運ばれてきた。万次郎くんは、ついさっきまでの憂いを帯びた表情を元の表情に戻し、揚げたてのフライドポテトを食べ始めた。

「イザナはさ」
「ん?」
「イザナは、愛をよく知らないと思うの。自分が誰かを愛する時の愛も、自分が誰かから愛される時の愛も……。渡す愛も、受ける愛も、よく知らない。だから実際に愛を受けた時、どう受け取ればいいのか、どう処理すればいいのか、そういうのが分からなくて、拒絶をしているんだと思うの」

そこで私はアイスティーをストローで一口飲み、フライドポテトを頬張りながら、私の方を見ている万次郎くんを真っ直ぐ見た。

「と言っても、これはただの私の憶測だけどね。でもね、鶴蝶がイザナにとっての『家族』っていうのは、私も納得できるの。だって彼、鶴蝶に対してだけ、呼び方や対応が他の人たちと違ったから。彼は鶴蝶だけを『下僕』と呼んでた。私は二人の過去のことをよく知らないけど、きっとその呼び名は、私たちの知っている『下僕』の意味とは別の意味があるんだと思う」

二人の間には、確かな主従関係のようなものがあったのは明白だった。だけどイザナが鶴蝶にだけ使う『下僕』という呼び名には、言葉の本来の意味とは別に、二人の確かな絆を示すものではないかと思っていた。

万次郎くんから「イザナにとっての『家族』は、カクチョーだけだった」という言葉を聞いた時、その情報がストンと私の中に落ちた。だから彼は、鶴蝶だけを『下僕』と呼んでいたのだ。彼が鶴蝶に対して使う『下僕』には、『家族』という意味もあったのだと、一人勝手に納得した。

でも、ずっと自分に付き従っていた鶴蝶が、自分にとっての『家族』であったと気づいたのであれば、彼はきっとこれから少しずつ変わっていくと思う。自分は独りではないのだと気づいたのだ、きっとこれから変わっていくはずだ。私はそう信じたい。

少しずつ変わって、やがて周りからの様々な愛、好意に触れられていけるようになって欲しい。そんな私の身勝手な願望も多少含まれているが。

「最初はきっと、万次郎くんのことを受け入れられないかもしれない。でもどうか諦めないで欲しいの。鶴蝶も彼の家族だけど、あなただって立派なイザナの家族なんだから」
「……でも兄貴イザナはオレのこと、すっげー嫌ってるよ? オマエがどこまで聞いてんのかは知らねーけど」
「そうかもしれないね。でもそれで万次郎くんはイザナのことを諦めるの? 家族ではない、って思うことにするの?」
「……しねーよ。オレはイザナのことを兄貴だって思ってるし、兄貴イザナのこと、好きだから」
「そうでしょ? なら、これからも一緒にお見舞いに行こう?」

そう言うと、万次郎くんは小さく頷いてくれた。

◆◆◆ ◇◇◇

それから数週間が経ち、季節は冬から春に移り変わる境目となった。しかし今年の春はどうやら早いようで、天気予報では「例年より早く、桜が開花しています」と言われていた。
私と万次郎くんはあの日から週に二、三回ほど一緒に面会に行った。相変わらず目は覚さないけど、お医者さんの話によると二人は快方に向かっているらしい。

「ごめんお待たせ!」
「おせーよ。何かあったんじゃないかって心配したじゃん」
「途中でお婆ちゃんに道を聞かれちゃって……」
「……ま、何事もなかったならいーけど。行くぞ」
「うん」

万次郎くんから投げ渡されたヘルメットを受け取り、頭に被る。流石に十回近く一緒に面会に行っているから、少しばかりベルトの締め方を覚えた。まだまだぎこちなかったり締め切れていなかったりするが、最初よりはずっとマシになったと思う。

「どうかな」
「んー。もうちょい締めた方がいい」

最後の調整をしてもらった後、こちらもまた少し乗り慣れた万次郎くんの後ろに乗り、腰に腕を回す。当初から思っていたことだけど、万次郎くんって見た目の割に、体つきが結構しっかりしてるんだよね。男の子って凄いなぁ。

「じゃ、行くよ」
「うん」

今日も二人でイザナと鶴蝶の面会へと行く。二人は、もう少ししたらHCUから一般病棟に移るらしい。私としては、一般病棟に移る前に目が覚めて欲しいところだけど、相変わらず病院から「二人が目を覚ましました」という連絡はない。いつになったら二人は目を覚ますのだろうか。そろそろ目を覚ましてもいいと思うのだけれど、まだ二人とも起きたくないのだろうか。

しかしそれは突然やってきた。いつも通る道の信号に捕まってしまい、信号待ちをしている時、私のカバンから突然微かな振動を感じた。ヘルメットをしているので、音は分からないが、おそらくこの振動の正体はカバンの中に入れている携帯だ。

「万次郎くん! あそこのコンビニに寄って!」

信号待ちの間に電話に出るのは少し怖かったので、私はこの信号の先すぐにあるコンビニを指差し、そこに寄ってほしいと万次郎くんに言った。万次郎くんは返事として頷き、信号が青になったところで指定したコンビニへと向かってくれた。

「どうした?」

コンビニの駐車場に停まってから、万次郎くんが私にそう声をかけてきた。私は急いでカバンから携帯を取り出し、画面に表示されている不在着信を確認した。そして万次郎くんにも、携帯の画面を見せた。

「さっき信号待ちしてた時、携帯が鳴った感じがしたんだけど、出るに出られなくて。今確認したら、病院からの電話だったの!」
「――! ってことは、もしかして……!」
「うんっ、もしかしたら! 今折り返してみる!」

私は喜びと興奮で少し震える手で、不在着信履歴の一番上にある電話番号に電話をかけた。数コール鳴り響き、電話が取られる音がする。

「あ、あの! 先ほどお電話をもらった、ミョウジですが――」