2話





青い絵が飾られていた方の廊下へ進むと、壁一面に青色で“お い で”という文字が書かれていた。
一体誰が何の目的で“おいで”なんて言ってるんだ。そもそもオレは“イヴ”じゃないから、呼ばれる理由もないはずなのに。
薄暗くて気味の悪い青色の廊下を急いで進む。少し歩くと、やがて壁が見えてきて、それと同時に壁の手前に小さな置物が見えた。近づいて見ると、それは置物ではなくて小さなテーブルだった。そしてそのテーブルの上には、オレンジ色のバラが活けられた暗い灰色の花瓶が1つ置かれていた。

「バラ……?」

よく見るとバラの棘は綺麗に取られていたので、花瓶からそっと取り出して手に持った。
その時、ドクンと少し苦しいくらいに心臓が脈打った。

「な、んだ……?」

鼓動はその一瞬だけで、後は特に何もなかった。
一体何だったんだろうか、と思いつつバラを持ったまま辺りを見回した。
花瓶とバラに目を奪われていて気づかなかったが、このテーブルはオレの左手側にある青色の扉を塞ぐように置かれていた。
試しにテーブルを少し押してみると動いたので、そのまま扉が開けられるところまで退かした。

ドアノブに手をかけ慎重に扉を開ける。中を覗いて見ると、そこには青色の小部屋があった。壁の中央には白い服を着た、青緑色の長い髪を持つ女の上半身だけが描かれた大きな絵が、正方形の額に入った状態で飾られていた。表情は笑顔だが、それがまた不気味だった。
よく見ると、女の髪の一部が額縁から出ているように見える。やはりただの絵ではないようだ。

未だ入らずに部屋の様子を見る。すると、部屋の床の中央、ちょうど女の絵の前に小さい何かが落ちているのが見えた。
目を凝らしてみるが、部屋が薄暗いせいで上手く見えない。

「入るしかない、か……」

明らかに“ヤバい”のは分かるが、入るしかない。深呼吸をし、意を決して中に入る。
すぐに逃げられるように扉を開けたままそっと中に入る。数歩進んだところで、後ろからバタンと大きな音がしたので振り返ると、開けていたはずの扉が閉まっていた。
開けていても意味がないんだな。と察し、再び前を向く。数歩歩いたところで、床に落ちていた何かは青色の鍵だったことが分かった。それと同時に、女の絵の下に紙が貼られているのが見えた。

鍵を拾おうと思ったが、その前に紙の内容を確認することにした。もしかしたら何かのヒントがあるかもしれない。そして、鍵を拾ったらまた何かが起こり、紙の内容が読めないかもしれない。そう考えた結果だった。

鍵をスルーして紙に近づく。やはり女の髪は額縁から出ていた。なんで絵なのに額縁から出てるんだ。まるで絵の中の女が実際に存在しているみたいじゃないか。
嫌な汗が背中を、そして首筋を伝うのが分かる。貼られた紙には一行程度の短い文が書かれていた。

「“そのバラ 朽ちる時 あなたも朽ち果てる”……バラってもしかして、このバラのことか……?」

手に持っていたオレンジ色のバラを見る。触った感触も見た目も本物のバラであるこれが、もしもこの紙に書かれている“バラ”だとするならば、このバラが朽ち果てた時、オレ自身も朽ち果てる……つまり死ぬということだ。

「死ぬ……?は、はは……んなわけ……」

そう呟いたが、頭ではそれを何となく理解していた。
バラを持った時に感じたあの鼓動。おそらくあの時に、このバラとオレの命が結びついたのだろう。
バラが朽ちる、ということは、このバラを枯れさせてはいけないということだ。しかしこのバラは生花だ、水に挿しておかないといずれ枯れてしまうだろう。今のように生身のまま手で持っているなんて、それこそ枯らす一途しかない。

「……もしかして、あの花瓶に挿せば……?」

ふと、このバラを手に入れた時のことを思い出す。そういえばこのバラは一輪挿し用の花瓶に活けてあった。
ということは、あの花瓶に活ければこのバラが朽ちることはないということなのだろうか。

「取り敢えず、このバラは枯らしちゃいけねぇってことだな……」

絵に背を向けて部屋の中央に落ちている鍵の元へと戻る。もう一度辺りを見回して、他に見落としていないかを確認した。……うん、見落としはなさそうだ。

そっとその場にしゃがみ、足元に落ちている鍵を拾う。その瞬間、突然背後に視線を感じた。
背中に悪寒が走る。今後ろを振り向いてはいけない、すぐにでもここから離れなければ。そう思ってはいるものの、後ろを振り向くこと以前に呼吸の仕方を忘れる程、恐怖で身体が硬直していた。

「……お、ちつけ、落ち着け、オレ……」

浅い呼吸の中、必死に自分を落ち着かせようと繰り返し“落ち着け”と呟く。浅く乱れた呼吸を整えるために、意識してゆっくりと呼吸をすると、少しずつ身体の感覚が戻ってきた。
感覚が戻ってきたところで、オレは無理矢理足を動かして出口である青色の扉まで歩き出した。
相変わらず背中には突き刺さるような視線を受けているが、視線以外は何も感じないので、部屋を出ることだけを頭に置いて必死に歩みを進めた。

後ろ手で扉を閉める。改めて思うが、一体ここは何なんだ。本当に現実なのか?
念のため、扉を開けるために退かしたテーブルを再び扉の前まで運んだ。これで仮に何かが扉から出てこようとしても、音で分かる上に少しは時間が稼げるはずだ。
そうだ、ここを離れる前にバラを花瓶に活けてみよう。そう思い、手に持っていたバラを花瓶に活けた。すると、先ほどよりもバラが少しだけ元気になったように見えた。それと同時に、少しだけ身体が軽くなったような感じがした。

「やっぱりそういうことか」

ふぅ、と息を吐いてふと視線を上に上げた。すると視線の先にある壁に、今度は血のような赤色で“か え せ”という文字がいくつも書かれていた。
思わずヒュッと小さく喉が鳴った。“かえせ”って、まさかあの部屋で拾った鍵のことか……?
だが、おそらくこの鍵を部屋に戻したとしても、オレがナマエと合流してこの不気味な美術館から脱出できるとは到底思えなかった。

――鍵を持って進むしかない。
オレは足早に廊下を歩き始めた。早くナマエと合流したかったのもあるが、ここから1秒でも早く離れたい、という思いも理由の1つだ。
急いで足を進めていると、前方に壁と同じ赤色の“かえせ”という文字が音もなく現れた。
一瞬ビビって足が止まったが、すぐに足を動かしてその文字の上を通り過ぎた。

「は……?なん、で……」

最初に辿り着いた赤色と青色の絵が飾られた場所まで戻ってくると、あったはずの階段がまるで初めからなかったかのように消え去っていた。
慌てて階段があったはずの部分に触れてみる。押しても叩いても、そこは何の変哲もないただの壁のままだった。

“閉じ込められた”。その一言が頭に過ぎる。
だがそれと同時に“この先にナマエがいるのかもしれない”という考えも浮かんだ。
ああも探し回ったというのに未だに彼女と再会出来ていないということは、オレがここに来るよりも先に彼女がこちらに来ていて、ここのどこかにオレと同じように閉じ込められているのかもしれない。

「……ビビってねぇで行かなきゃな。あいつだって、怖い思いとかしてるかもしれねぇし」

深く息を吐き、赤色の絵が飾られている方の廊下を見る。相変わらず薄暗いので先はよく見えないことには変わりないが、それでも目を凝らせばうっすらと壁らしきものが見えるので、おそらく青色の絵が飾られた方の廊下よりは短いのだろう。

赤色の絵が飾ざれている方の廊下はやはり短く、歩き出してすぐに壁が見えた。
壁を見てみると、先ほどの赤文字はなく、代わりに一枚の絵が飾られていた。絵のタイトルは“幾何学模様の魚”。
それは一見するとただのモノクロの魚の絵だが、角度を変えて見てみると、モノクロのはずの魚の体に少しだけ色が見えた。

結局絵にはそれ以上の仕掛けがなさそうだったので、先へ進むことにした。
行き止まりである壁までやってくると、そこには先ほど花瓶が置いてあったテーブルと同じ見た目のテーブルがあり、その上には羽ペンとノートのようなものが置かれていた。
そしてそのテーブルの横には、先ほど鍵を手に入れた部屋の出入り口と同じ、青色の扉があった。

まずはテーブルの方へと近づく。置かれていたノートをパラパラとめくってみたが、全てのページが真っ白で何も書かれていなかった。
羽ペンを手に取ってみる。ペン立てから取り出すと、ぽとりとペン先から黒いインクが一滴ペン立ての中へと落ちた。

「なんだこれ?」

結局この2つがここに置かれている意味が分からなかったが、何となく、真っ白なページに試し書きをするようにグルグルと弧線を描いて羽ペンをペン立てに戻した。

テーブルの前から少し右に移動して青い扉の前に立つ。ドアノブのところには鍵穴らしきものがあった。その穴に、ポケットに入れていた青色の鍵を差し込んで捻ると、ガチャリと鍵の開く音がした。鍵が開いたので鍵穴から青色の鍵を引き抜こうと思ったが、どう頑張っても鍵が穴から抜けることはなかった。
仕方ないので鍵を挿した状態のままドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。扉の先には壁も床も全てが緑色一色になっている空間が広がっていた。

どうやらここは最初にいた美術館のような部屋の作りのようで、前方と右手側に廊下があった。
前方の廊下の入り口中央には柱が一本あり、そこには何かが書かれた紙が貼られていた。
右手側の廊下には、縦長の額縁に入った絵が飾られている。1枚に1つの虫が描かれており、手前からてんとう虫、ハチ、チョウ、クモの絵が並んでいるのが見えた。

まずは張り紙を見てみる。そこには“はし に ちゅうい”とだけ書かれていた。

「“はし”……?“はし”って、“端”のことか?」

注意書きの内容を頭に置き、右手側の廊下の壁に飾られている虫の絵の前へと移る。
てんとう虫から順に見ていくと、クモの絵の隣には虫か何かの生物の進化過程が4枚の絵として描かれ、それぞれ飾られていた。
“第一章”から始まり、“エピローグ”で終わるその4枚の絵の隣には、緑色の扉があった。
ドアノブを見てみるが特に鍵穴などは見つからなかった。

試しにドアノブを捻ってみる。やはり鍵はかかっていなかったようで、前に押してみると扉が開いた。
そっと扉の奥に入ってみると、どうやらそこはただの廊下のようだった。数歩先に進んでみると、右手側に道が続いていた。しかし、その廊下の中央には廊下を寸断する大きな穴が空いていた。

これ以上は進めないと判断したオレは、そのまま部屋へと戻りUターンして来た道を戻ることにした。虫たちの絵が虫の絵が並ぶ壁のところまで戻ると、その壁の反対側の壁付近に小さな何かが動いているのが一瞬見えた。
近寄って見ると、それは小さな黒いアリだった。

「なんでこんなところにアリが……?」

しゃがみこみ、足元をうろつくアリを見ながらそう呟くと、アリがこちらを向いた。

「ぼく、アリ」
「し、しゃべった?!」
「ぼく、絵、だいすき。ぼくの絵、かっこいい。ぼくの絵、見たいけど、ちょっと遠いとこにある」

アリはそう言って、再び足元をうろつき始めた。
なんだったんだ、今のは。幻聴か?
しかし、もしもアリが言うことが正しいのであれば、どこか、おそらくこの部屋の中にアリの絵があるようだ。
喋るアリ、どう考えても怪しい存在だ。ということは、おそらくアリが言っていたことは何か重要なことなのだろう。

右側の廊下の探索は終わったので、いよいよ前方に続く廊下の探索をすることにした。
中央に立つ柱のところまで戻り、柱の後ろに続く廊下を見る。廊下の先が上手く見えないので、おそらくそれなりに距離があるのだろう。

「“はし に ちゅうい”だっけか……」

おそらくは“端”のことだろう。そしてその注意書きが書かれていた柱は、この廊下の入り口中央に立っていた。
ということは、この廊下の”端“に注意しろ、ということなのだろう。

「端に注意しろってことは、要は真ん中を歩きゃいいってことだろ?」

柱の横を通って柱の裏側に回る。パッと見はどう見ても何の変哲もない廊下だ。だがここは何かがおかしいところ、きっとこの廊下でも何かが起こるのだろう。

「……慎重に、慎重に、だ」

バラを持つ手が少し力む。空いている片手を心臓付近に当て、落ち着けるように軽く叩きながら深呼吸をした。

「よし……」

意を決して一歩前に踏み出した。その時――

紙を破くような音と共に、左側の壁から黒い手がオレに向かって伸びてきた。だがその手は今オレが立っている廊下の中央にはギリギリ届かない距離で止まっていて、うねうねと腕が動き、何かを掴もうと指が蠢いていた。
もしもオレがあの紙の指示を無視して”端“を通っていたら、この手に当たっていたのかもしれない。そう考えるだけで脂汗がドッと噴き出た。

「そういうことかよ……」

張り紙の意味を理解したオレは、急いで廊下を突っ切った。
途中何度かあの黒い手が壁を突き破って出てきたが、中央に居たおかげで当たることはなかった。
最後、曲がり角に差し掛かったところで前方の壁から黒い手が出てきた時は流石に心臓が止まりかけた。

「こえぇ……。んだよ、本当に……」

何とか黒い手たちを回避して、道なり、つまり右手側に曲がると左側の壁に絵が飾られているを見つけた。
壁に飾られていたのはアリの絵。やはりあのアリが言っていたことは正しかったようだ。

絵から離れて辺りを見回すと、この部屋に入る前に見つけたあの羽ペンとノートが置かれたテーブルがあった。
近づいて見ると、開かれたページには先ほどオレが何となく書いたあの弧線が書かれていた。

「もしかしてこのノートに書けば、別の場所でこれを見つければ、前に書いたものを見ることができんのか?」

まるでゲームのセーブポイントのようだ。なんて思いつつ、先ほど同様に羽ペンでノートに文字を書いた。
“現在地は緑色の部屋。今はアリの絵を見つけたところ。ここまで来る廊下は、左右と正面から黒い手が出てくるが、中央にさえいれば問題ない。”

「取り敢えずこんなもん、か?」

記載を終えてペンを戻す。アリの絵を見てみたが、特に変わったところはなかった。
今オレにある選択肢は2つ。1つはオレの左側にある緑の扉を調べ、開きそうだったらその先に進む。もう1つは一度戻り、再びあの喋るアリに話しかける。
悩んだ末、あの喋るアリが何かまたヒントを出してくれそうな気がしたので、後者の選択肢を選んだ。

相変わらずあの黒い手がうねうねと動いているのが恐ろしいが、中央にさえいれば問題ないことは分かっていたので、さっさと廊下を通り過ぎてあのアリの元へと向かった。

「よお。お前の絵、見たぞ」

そう声をかけてみたものの、返ってきたのは先ほどと同じ言葉だった。
無駄足だったか、と思い深いため息を吐く。ということは、あの緑の扉の先へ進むのが正解だったと言うことだ。

「慎重になりすぎたか……」

再びあの黒い手がうねうねと動く廊下を突っ切り、アリの絵があった場所まで戻ってくる。すると、飾られているアリの絵が少しだけ傾いているのに気づいた。

「もしかして、取れる……のか?」

そっと額縁に手をかけ、少しだけ上に持ち上げる。すると、カタンと小さな音と共にアリの絵が壁から取れた。
慌てて戻そうとするも、上手く引っ掛からなかったので壁に戻すことは諦めた。

ふとアリの絵を手に持って気づく。この絵の大きさは、先ほど見つけた廊下を寸断する穴を塞ぐにはぴったりの大きさじゃないか?

「……いやいや、絵だぞ?橋になるわけ……」

そう思いつつも、もしかしたらと思ってその絵をあの廊下まで持っていくことにした。
この場所はそもそもオレの知る常識や当たり前から外れてることが多々あるのだから、絵を橋にすることくらいはできそうじゃないか。
黒い手の廊下を突っ切り、足早に穴の元へと向かう。

「やっぱ、ぴったりだったな」

穴の上にアリの絵を置いてみると、綺麗に穴を塞いだ。まるでこのために存在していたかのようだった。

「これでこの先に行ける、か?」

おそるおそる片足を絵の端に乗せ、少し強く押してみる。どうやら大丈夫そうだ。
少し足がすくんでいるが、そのまま急いで絵の上を渡った。
絵の上を渡った瞬間、絵のアリが小さな音を立てて崩れた。まるでそれは何かに踏み潰されたようだった。
それもまた不気味で、だけど少しだけアリに申し訳なさを感じつつ先へ進む。右側に緑色の扉があったのでそれを開いて先に行くと、また小部屋があった。

小部屋はオレから見て左側に空間があり、その奥には赤いドレスとヒールを履いた頭のない黒いマネキンが立っていた。
扉側の壁には何かの絵が飾ってあり、ちょうどその絵の前には小さい何かが落ちている。おそらくアレが次に使う鍵なのだろう。ということは、今回も何かが起きるということだ。
この部屋にあるのは、鍵とオレを除けば頭のない黒いマネキンと何かの絵のみ。

「……まさか、な」

嫌な予感がする。だけどあの鍵を手に入れなければ、オレは先に進んでナマエを探すことができない。
だが、どう見ても不自然に置かれているあの黒いマネキンが怪しく不気味だ。

「悩んでる暇なんてねぇっての」

自分を奮い立たせるため、両手でパチンと頬を叩く。こんなところでビビってんじゃ男の名が廃るし、東卍の弐番隊隊長の名も廃るというもの。
というか、さっきから何ビビってひよってんだよ、オレ。こんなのマイキーたちに見られたら笑いものにされるじゃねーか。

何が起きてもビビらねぇで冷静に対処する。そう心の中で言い聞かせながら、オレは先に進んだ。目的地は鍵が落ちているところだ。

鍵の手前までやってきたところで一度止まり、あたりの様子を見る。まだ絵にも目の前のマネキンにも変わった様子はない。
辺りを警戒しながらゆっくりとしゃがみ込み、そっと鍵を手に取って立ち上がる。
すると、目の前に立っていた黒いマネキンが一歩、こちらに近づいてきた。やはりそうだ、今回は“こいつ”なんだ。
こちらが一歩後ずさると、相手も一歩こちらへ近づいてきた。これは走って逃げるべきだ。そう思い、オレはヤツに背を向けて全力で扉まで走った。
乱暴に扉を開き、潰れたアリの絵の上を走って通り抜けると、流石に重さに耐えきれなかったのか、オレが渡り切ったところで絵に大きな穴が開いた。
これではもうオレも、そして今向こう岸にいるヤツもこの穴を渡ることは不可能となった。マネキンは穴の開いた絵の前で右往左往しながら、諦めずにこちらに向かってこようとしていた。

今のうちだ。そう思い、オレは走ってその廊下から飛び出た。全速力で虫たちの絵が飾られた廊下を突っ切り、黒い手がうねうねと蠢く廊下の中央も突っ切り、もう1つの扉の前まで戻ってきた。

「念のため、これも書いておくか」

再びテーブルの上のノートに向き合う。先ほど自分が書いたところの下に“アリの絵を使って廊下の穴を塞いで渡った。その先で緑色の鍵を手にれた。だが黒いマネキンに追いかけられた。黒いマネキンには気をつけろ。だけどもう一度絵の上を通れば穴が開くから、マネキンは追ってこれなくなる”

「っし、じゃあ先に進むか」

緑色の鍵をポケットから取り出し、目の前にある、先ほどとは違う緑色の扉の前に立ち、鍵穴に鍵を挿して回した。ガチャンと音がして鍵が外れた。

「ナマエ……無事でいてくれよ」

そう祈りながら、次の部屋へと進む扉を開いた。