5話
赤い廊下をまっすぐ進んでいると、前方の方で一瞬、黒い何かが見えた。気になったので少し早足で前方にある曲がり角まで行くと、左手に続く廊下を黒い何かが高速で駆けてどこかへ行ってしまった。
「なんだったんだ?」
よく分からないまま先へと進む。この廊下はどうやら一本道のようで、道なりに進んでいけば、赤い扉の前にたどり着いた。
扉の手前にあるノートにこれまでのことを記入し、赤い扉の先へと進んだ。
扉の先には先ほどの廊下と同じ、赤色一色の大部屋が広がっていた。目の前には青色の大きな女性の像、その右側には壁に飾られた何かの絵が見える。
青色の像、うん≠フ前を通り絵がかけられた壁の方まで行くと、壁の隣にうん≠ニ鏡映しのような形をした赤い像、あ≠ェあった。
「うん≠ニあ=c…あぁ、阿吽≠チてことか」
一人納得しながらあ≠フ横を通って部屋の奥へと進む。手前の壁には青色の背景に矢の刺さった青色のハートが描かれている絵が飾られており、その隣の、奥の壁には黒い背景に真っ赤な服を着た女の上半身が描かれていた。
青い絵心の傷≠見てみたものの、大して何もなかったので奥の赤い服を着た女の絵の方へと向かった。
「赤い服の女=Aか……そのままなんだな」
この絵にも特に何もないな、そう思って歩き出すとパリンとガラスが割れる大きな音がした。
振り返ると赤い服の女≠ノ描かれていた女が、某有名ホラー映画のお化けように上半身だけを額縁から出し、這うようにこちらに向かってきた。
「や、やべぇっ!!」
ズズ、と硬いものを床に擦る音がこちらに近づいてくる。とにかく捕まってはいけないと思い、この部屋の出入り口である赤い扉へと向かって走り出した。
「っはぁ、はぁ……。あんなのアリかよ」
急いで扉から外に出て廊下に戻る。緊張と走ったせいで乱れた呼吸を整えつつ、この先のことを考えた。
このままでは先に進むことができない。まだ探索ができていないが、おそらくあの部屋のどこかに先の部屋へ続く扉か廊下があるはずだ。
「……どうしたもんかなぁ」
下手に部屋に入れば、さっきの女に見つかって追い回されることになる。かといってこのままずっとここにいるわけにはいかない。先へ進むにはあの女から逃げつつも先へ続く道を見つけないといけない……。
「……ナマエがこの先にいるかもしんねぇんだ。ここでひよってられっかよ」
両頬をパチンと叩き気合を入れる。あの女のスピードはそんなに速くはなかったから、展示物などを利用すれば逃げることも容易いだろう。
出入り口すぐにはあ≠ニうん≠ニいう大きな像がある。きっとあれを使えば、探索をしつつも上手いこと逃げられるかもしれない。
横にあったノートに先ほどのことを書き留め、いざ部屋の中へ。
遠くにはあの女が徘徊していた。どうやらまだこちらには気付いていないようだ。
見える範囲を見渡すと、孔雀模様≠ェ飾られている壁の後ろ側に何かが見えた。少し移動して見ると、それは赤い扉だったことが分かった。
扉に鍵がかかっているかどうか、これで今からの行動が大きく変わる。もし鍵かかっていないのであれば、そのまままっすぐ扉に進めばいい。しかしもし鍵がかかっていたら、扉にたどり着いた時にあの女に捕まるかもしれないという危険と、鍵を探すためにあの女から逃げつつも部屋を探索しなければならないという危険がある。
「……二択、か」
これまでの部屋のことを思い出しながら赤い扉の状態を考える。鍵が開いていると仮定して扉に直行するか、それとも鍵を探しに行くか――。
「鍵を、探すか」
考えた結果、出した答えは鍵を探す≠セった。
鍵を探すためその分の時間がかかり、同時にその分の危険も発生する。だが、扉にたどり着いても開かない。というリスクよりはずっとマシだと思った。
「そういえばあの女が出てきた時、女と一緒に何か床に落ちた気がするな……」
女が壁から床に降りてきた時、ほんの一瞬ガラスとは別の何かが落ちたように見えた。見間違えかもしれないが、もしかしたらそれが鍵かもしれない。
「っし。行くか……」
意を決してあ≠フ像がある方――あの女が徘徊している方へと進む。孔雀模様≠ェ飾られた壁を抜けた瞬間、女がこちらに気付いて追ってきたので、女がこちらに近づく前にあ≠フ横を通って心の傷≠フ方へと逃げた。
あの女はこちらの動きに合わせて動くため、女の位置を調整しながら逃げればあ≠壁にして女を足止めできると考えたのは大成功だった。
心の傷≠フところに向かっている時、女が飾られていた壁の前に小さな何かが落ちているのが見えた。これも予想通りだ。きっとあれが鍵だろう。
あとはどうやって鍵を取り、女に捕まらずに扉まで行くかだ。
「……今いるところじゃダメだから、アイツを扉がある方の側面に移動させれば行けるか?」
心の傷≠フ前から移動して女を所定の位置まで誘導すると、急いで鍵を拾いに行った。そこから再びあ≠フ方へと戻ると女がこちらに向かってきていたが、急いで女の前を通り過ぎて赤い扉に向かい、鍵を開けて中に入った。
扉の先にはたくさんの本がしまわれた本棚が左右に四つずつ、横一列に並んで置かれていた。そして部屋の奥には赤い扉があった。
扉の前へ行きドアノブを捻るも、鍵がかかっているようで開かなかった。
「……閉じ込められた?」
戻ればあの女がいる、だが進もうにも鍵がない。正直前の部屋にはもう戻りたくないが、もしかしたら探索し損ねたところにもう一つの鍵があったのかもしれないと考えると、やらかしたなと思った。
「そういえば、本って今まで見なかったな。もしかしたらこの場所について何か書かれた本があったりするかもしんねーな」
どんなことでもいい、ヒントが欲しい。そう思ったオレは早速本棚に並べられた本を見てみることにした。
「うごくえほん うっかりさんとガレッド・デ・ロワ=c…?知らねぇ絵本だな……」
近くの本棚を調べると、変わった絵本を見つけた。タイトルはうっかりさんとガレッド・デ・ロワ=B見たことも聞いたこともないその絵本はどうやらクレヨンで描かれたもののようで、表紙に触れるとクレヨン特有の少しベタつくような感触がした。
本をめくると、絵本に描かれた絵が文字通り動き℃nめた。舞台でよく見る赤色の大きなカーテンの上に、黒い文字で書かれた絵本のタイトルうっかりさんとガレッド・デ・ロワ≠ニいう文字が数秒浮かんだあと、カーテンが開いた。
そこでは四人の子供たちが、テーブルの上に乗ったホールケーキらしきものを囲んでいた。
『お誕生日 おめでとう!』
『ありがとう!』
どうやらこの日は水色の髪をした子供の誕生日らしく、皆で誕生日パーティーをやっているようだ。
『今日は あなたのために ガレッド・デ・ロワを作ったの!』
「ガレッド・デ・ロワ≠チて、この茶色いケーキの名前だったのか」
ガレッド・デ・ロワ≠ニいうのは、パイの中にあらかじめコインを仕込んでおき、食べたパイの中にコインがあったらその人は幸せになれる、んだそう。というかこれ、ケーキじゃなくてパイだったんだな。どうりで茶色いわけだ。
ピンクの髪の子供がナイフを持ってきてパイを四つに切り分け、皆に好きなものを選ぶように言った。
せーので一斉に食べ始める。少しして水色髪の子供があっ、と声を上げた。
『何か かたいもの…… 飲み込んじゃった!』
『あはは うっかりさーん!』
「いやうっかりさーん≠ナ済むことじゃねぇと思うんだけどな……」
パイに仕込まれていたコインは、主役である水色髪の子供に当たったようだが、口から出す前に間違って飲み込んでしまったようだ。飲み込んでしまったその子は、少し不安げにしていたがピンク髪の子供がコインは小さいから大丈夫、と言った。
そこから場面が変わり、今度はピンク髪の少し大人っぽい人が赤い扉の前で何やら困った様子で立っていた。そこに皿とナイフを片付けにやってきたピンク髪の子供がやってきた。
『ママ どうしたの?』
『書斎のカギを 知らない?』
『しょさいのカギ?』
どうやらテーブルの上に置いておいた書斎のカギがなくなってしまったらしい。困った顔のまま母親がそのテーブルの前を通り過ぎると、そこには黄色の小さな何かが置いてあった。
『……あれ?コインだ……』
「コインって、確かさっき水色髪の子供が……」
そう、少し前に水色髪の子供がコイン≠ェ入ったパイを食べたが、間違って飲み込んでしまっていた。だが、パイに入っていたはずのコインは今、テーブルの上にある。ということは、あの子が飲み込んでしまったのはもしかすると――。
『もしかして……』
『お父さんに 怒られちゃうわ』
皿から滑り落ちたナイフがカラン、と音を立てた。
『わたしってば うっかりしてたわ』
落ちたナイフを拾い上げたピンク髪の子供がどこかへと歩いていく。
直後、舞台のカーテンが閉まったかと思えば、その隙間から所々赤黒い汚れが付いたピンク髪の子供が、赤い何かを片手に持ってひょっこりと姿を現した。
『カギ みつけたよ!今ドア 開けるね!』
そこで絵本の話は終わり、動いていた絵も止まった。そして鍵のかかっていた赤い扉の方から音が聞こえた。
「……まさか、な」
嫌な想像が頭をよぎったが、気のせいだと思いたかった。
オレは持っていた絵本を本棚にしまい、扉の方へ向かおうとしたが数歩歩いたところで立ち止まった。
本当であればこの先にすぐに行きたいところだが、まだ他の本棚を調べられていなかった。もしかしたら他にも何かあるかもしれない。
「探してみるか……」
それからいくつかの本棚を調べた結果、赤い服の女の特徴を知ることができた。どうやらあの女は扉を開けることができないらしい、そして花占いが好き≠セそうだ。おそらくあの女に捕まっていたら、オレが持っているこのバラで花占い≠されるところだったということだ。
逃げられたことに改めて安堵を感じつつ、そろそろ先へ進もうと奥の赤い扉を開けた。
扉の先にはまた小さな部屋があり、左右に伸びる廊下があった。
部屋の奥の壁には水色のビンの絵が飾られており、その絵の左側には絵と同じ水色のビンが置かれたテーブルが、右側にはノートと羽根ペンが置かれたテーブルがあった。
ひとまずノートにこれまでのことを記載してから絵の前に立ってプレートを見る。プレートに書かれていた文字は永遠の恵=B
うーん、よく分かんねぇな。でもきっとこのビンと何か関係があるってことなんだろう。そういえば今まで見たビン、というか花瓶は全部灰色で、一度使ったら中の水がなくなっていた。永遠の恵≠チて、もしかして何度でも使える花瓶≠チてことか?
「物は試し、だな」
そっと青い花瓶に差し込むと、バラが生き生きと咲き誇り散っていた花びらも元に戻った。バラを取り出して中を覗いてみると、微かだが光を反射する何かが見えた。やっぱりそうだ、これは何度でも使える花瓶なんだ。
「いいもん見つけたな。取り敢えず書いておくか」
花瓶のことをノートに記載したところで、右と左、どちらの廊下に進むかを考え始めた。
正直どちらでもいいのだが、やはり選択肢があると悩むもの。数分考えた結果、右に進むことにした。
右の廊下を進んで少しして、前方に誰かが倒れているのが見えた。その姿はオレがずっと探していたナマエだった。
「ナマエっ!!」
急いで駆け寄り声をかける。彼女は酷く苦しそうに呻いており、オレの方を見ることすらできないようだった。なんだよこれ、まるで死にかけてるじゃねぇか。
「ナマエ、しっかりしろ。何があった?」
「…………うぅ……」
少し肩を強く叩いてみると痛い、と苦しげに呟いたので触れるのをやめた。何かできることはないか、と彼女の周りを見ていると彼女の手に何かが握られているのを見つけた。
「ナマエ、痛かったらごめんな……」
そっと彼女が握っていたものを取る。握られていたものは小さなカギだった。
「こんなところに寝かせっぱなしにはしたくねぇけど、動かすのはキツそうだよな……。ごめんナマエ、すぐ何とかしてやるから少しだけここで待っててくれ」
オレはカギを手に持って立ち上がると、奥へと続く道に進んだ。もしかしたらその先に何か手がかりがあるかもしれないと思ったから。だが進んだ先には赤い扉と、それを塞ぐように立つあの黒いマネキンしかなかった。
どうにかマネキンを退かそうとしたがビクともしなかった。ということはこっちではなく反対側、さっき選ばなかった左側の廊下の先に何かがあるのだろう。
全力で廊下を駆け抜けて左側の廊下の先へと行く。そこにはまた小部屋が広がっていた。手前には短い階段があり、その先には今まで何度か見てきた灰色の花瓶が置かれたテーブルと、何かが書かれた紙が貼られていた。
おそらくそこには何もないだろうと判断し、奥へと進む。一番奥のスペースには先ほどと同じく短い階段があり、その先には絵のタイトルが書かれたプレートが貼られていた。
「青い服の女=c…。ここにさっきの赤い服の女と同じような絵が飾られてたってことだよな。なのになんで何もねぇんだ……?」
不思議に思いつつも辺りを見回すと、足元に何かが落ちていた。よく見るとそれは青色の花びらだった。よく見れば通ってきた階段にも、血のようなものが付いている。
青色の花びらが落ちている。階段に血液が付いている。彼女が死にそうなくらい苦しんでいる。飾られていたはずの青い服の女がいない。これらから推測した結果に、思わず血の気が引いた。
「まずい。多分ナマエのバラが青い服の女に取られて千切られてるのかもしんねぇ……!」
慌ててその場から離れ、周りを見回す。さっきは前にしか気を取られていなかったのか気づかなかったが、中央の壁に大きな窓があり、その横には赤色の扉があった。もしかして、さっきのカギはこの扉のカギなんじゃないか?
扉の前へ行き、鍵穴にカギを差し込んで回す。案の定扉のカギが開く音がした。ゆっくりとドアノブを回し奥へと入る。
扉の先の部屋には緑色の布がテントのように設置され、その下に青緑色の何かが設置された展示品があった。
「ここにも……。ってことはこの先にナマエのバラを奪った青い服の女がいるってことか……」
よく分からない展示品はよそに、辺りを見回せばすぐ近くの床に青色の花びらが落ちていた。
ゆっくりと壁伝いに進んでいくと、そこには青色の服を着た女が何かをむしっていた。きっとあれがナマエのバラだ。
「どうすっかな……。このまま突っ込んでも奪えるとは限らねぇし……」
この狭い部屋の中、大した武器も防具もない状態で得体の知れないやつから無事にバラを奪うことはかなり難しいだろう。下手をすればオレまでバラを奪われてしまうかもしれない。
女に気づかれないようにしつつ周りを見回して何か使えるものがないかと探す。すると、ちょうど壁に設置された窓の近くに小さな木の椅子があった。
「……確かアイツらは扉を開けられねぇんだよな」
先ほど小部屋で読んだ本を思い出したオレは、一つの案を思いついた。少し危険だが、丸腰で正面から行くよりはマシかもしれない。
一度深呼吸をして緊張をほぐす。ビビってる暇はねぇ、オレがやらなきゃ彼女が死ぬ。
「……っし、行くか」
◆◆◆ ◇◇◇
案は成功した。
内容はこうだ。まずあの女の前に姿を現し、意識をバラからオレの方に向ける。そしてバラを手放してこっちに来たことを確認して扉から外に出る。すると女は椅子を使って窓を叩き割り、部屋の外に出たオレを追ってくるので再び扉から小部屋に入り、女が手放した彼女のバラを手に入れる。
「危ねぇ、あともう少し遅かったらやばかったな……」
無事回収した青いバラは、ほとんど花びらがむしり取られており、残っていたのはほんの数枚程度だった。
あとはこのバラを花瓶に活ければ、きっとナマエも回復するはず。
「確かこの部屋に花瓶があったよな。……でもこの部屋で回復するのはちょっと危ねぇよな……」
悩んだ結果、オレは中央の部屋まで戻って青い花瓶にこのバラを活けることにした。
割れた窓からそっと外の様子を見る。あの女は扉の近くを彷徨いていたが、きっと振り切って逃げられるだろう。
「あの部屋まで来ないことだけを願うしかねぇな」
頼むから中央の部屋まで来ないでくれ。そう願いながらオレは部屋を出た。
追ってくる女を振り切って中央の部屋まで急ぐ。脇目もふらずに中央の部屋まで戻って後ろを振り返る。どうやら女はここまでは追ってこれないようだ。
散りかけた青いバラを花瓶に差し込む。バラは瞬く間に散らしていた花びらを再生し、一分も経たないうちに美しく咲き誇った姿に戻った。
「これでナマエも回復してるはず……」
回復した青いバラを片手に彼女の元へと走る。
倒れていた彼女に声をかけると、彼女は先ほどとは違い、少し疲れたような声色で唸り、ゆっくりと起き上がった。
「ナマエっ!大丈夫か?苦しいところとか痛いところとかねぇか?」
「……あれ、タカちゃん?……さっきまでは苦しかったり痛かったけど、今は大丈夫みたい」
「よかったっ……!」
オレは思わず彼女を思い切り抱きしめた。抱きしめた彼女にはちゃんと温もりを感じ、服の上から微かな鼓動も感じる。よかった、ナマエはちゃんとここにいる。生きてる。それだけで勝手に涙が出てくるくらい嬉しかった。
「なぁナマエ、ここに来るまでのことは覚えてるか?」
「えっと……私もよく覚えてなくて……。気づいたらあっちの、青い花瓶が置かれた部屋の奥の部屋に倒れてたんだ。あちこち調べてたら青い服の女の人に襲われて、バラを奪われて……。必死に逃げたのはいいんだけど、あのバラ、花びらをちぎられると身体がすっごい痛くてさ。ここで力尽きそうになってたって感じかなぁ」
「そっか……大変だったな。本当に生きててよかった。……あ、そうだ。どこか怪我したりしてねーか?さっき奥の部屋に行ったとき、階段に少し血が付いてたんだけどさ」
「うん。タカちゃんが来てくれてなかったらどうなってたか……。怪我は、多分襲われたときに階段で転けて膝をちょっと擦りむいたからかも」
「……大した怪我じゃなくてよかった。今手当てできるようなもん持ってねぇから、ここから出たら手当てしてやるな」
「ありがと。でも、ここってどうやったら出れるんだろうね……」
「……オレもここに来るまであちこちの部屋を見てきたんだけど、どこにも出口がなくってさ。取り敢えず先に進めば何かあるんじゃないか、とは思う」
「先、かぁ。……よしっ、行こ!先に進んで、さっさとここ出ようよ!」
彼女はその場でバッと立ち上がると、力強くそう言ってオレに笑いかけた。オレも何の不安もなかったわけじゃない、それなりに不安や恐怖を抱えていた。だがきっと、オレ以上に彼女の方が怖い思いも辛く苦しい思いもしてきたはずだ。それなのに、そんなのを見せずに笑ってそう言った彼女に勇気をもらったオレは、その場で立ち上がると彼女の手を強く握った。握ったその手は震えていた。
やっぱり顔や声には出さなかっただけで、怖かったんだな。変に気を遣わせちまうとか、彼氏失格だな。
「……あぁ。この先は何があってもオレがナマエのことを守るから、先に進んでこんなところ出ちまおうぜ」
「うん!あ、でも私も何かあったらタカちゃんのこと守るから!」
「ありがとな。でも無茶はすんなよ、絶対」
「うん、もちろん!」
握った彼女の手の震えはもうない。震えるくらい怖かったのに、自ら先へ進もうと言ってくれた彼女の思いを受け止めるという意思、そしてこの先は絶対に彼女を守るという意志を込めて、彼女の手を握る自身の手に少し力を入れた。