あなたへ伝われこの想い
最近、というか割と長い期間にわたって気になっている女性がいる。
名前はナマエさん。オレの店の近くに出来たカフェで働く人で、たまたまそのカフェで昼飯を食べたのがきっかけだった。
何度も店に通って、最近ようやく自然に雑談ができるようになった。そんな彼女の姿を、ある日の夜、人気の少ない路地で見かけた。
その時の彼女の姿は、いつもカフェで見るような動きやすそうな格好ではなく、まるで誰かと会う時のような格好。大人っぽくて、いわゆる“気合が入っている”と言ってもいい格好をした彼女は、オレに気づくこともなく路地にある店へと入っていった。
気になって彼女の後追って店の前に行く。そこはとてもオシャレなバーだった。
「バー、4/7……」
聞いたことも見たこともない店だ、いつからここに店を構えていたんだろうか。
ガラス戸から店内を覗くと、カウンター席に座る彼女の姿を見つけた。彼女が楽しそうな笑顔を向けるのは、カウンターに立つ藍色の髪をしたガタイのいい男。まさか……。
「おにーさんお客さんー?ようこそー!ささっ、ずずいっと中へ〜」
「はっ?!ちょっ!オレはっ」
「1名さまごあんな〜い!いらっしゃいませ〜」
彼女の様子を見て硬直していると、突然店のドアを開けて出てきた白に近い銀髪の男に腕を引かれ、強制的に店内に引き込まれた。
抵抗も虚しく、オレは強制的に彼女の隣のカウンター席に座らされた。あぁぁ気まずい。
「あ、松野さん。こんばんは」
「こ、んばんは……」
「お客さん、ウチのが迷惑かけて悪かった。これはサービスだ」
「えっ。い、いや、大丈夫です……」
「気にすんな、迷惑かけたのはこっちなんだ。受け取ってくれ」
男の申し訳なさそうな声に負け、オレは彼が出した小さなブルスケッタが2つ載った皿を受け取った。
彼女の方を見ると、今オレが受け取ったものと同じブルスケッタが載った皿と、カクテルの入ったグラスが1つ置かれていた。
「はぁいお客さま〜、こちらお手拭きでぇす」
「ど、どうも……」
「あの子はリュウ君って言って、いつもあんな感じなんですよ」
「へぇ……」
「お客さん、よければ何か飲んでかないか?」
「あー、じゃあガルフストリームを」
「かしこまりました」
彼女はこのバーの年単位の常連らしく、店の人たち全員と顔見知りらしい。
オレを店に引き込んだのはリュウ、彼と一緒にフロアに立っている少しおどおどした青年は四季、そしてカウンターに立つ男はマスターの神林さんというそうで、基本はこの3人で営業をしているらしい。そしてたまにふらっと現れる今はいないこのバーのオーナーの西門さんという人の4人でバーの従業員は全員なのだ、と彼女から簡単に説明してもらった。
その後、お酒も入ってかオレの隣で楽しそうに笑いながらマスターと話す彼女を見て、オレは少しだけ胸がもやっとした。
オレよりもずっと長く付き合いがあるのは分かっているから、こんな気持ちを抱くのは少しお門違いな気がするが、それでもやはりもやっとするのはするのだ。
それに気づいたのか、マスターはちらりとこちらを見てふっ、と小さく笑った。なんだよ、好きなんだから仕方ないだろ。
「お待たせいたしました、こちらガルフストリームです」
「どうも」
「マスター、お手洗いお借りしますね」
「あぁ」
彼女が手洗いに行くために席を立つ。残されたオレは気まずさを抱えながら、受け取ったガルフストリームを飲みつつ、サービスとしてもらったブルスケッタを食べた。……カクテルもつまみもかなり美味いな。
気づけば手元のカクテルはほとんどなくなっていた。美味すぎてつい飲む手が進んだようだ。
一呼吸入れようと、テーブルに置かれたお冷を飲んでいると、カウンター越しにマスターが話しかけてきた。
「なぁお客さん。もしかしてナマエのことが気になってんのか?」
「……だったらなんスか」
「やっぱりか。……最近な、彼女の口からよく聞く名前があんだよ。知りたいか?」
「は?!だ、誰ですかそれっ!」
思わず食い気味にそう聞けば、マスターはまた小さく笑った。なんだ、この大人の余裕みたいなやつは。多分オレとそんなに変わらないはずなのに……!
マスターは動かしていた手を止めると、楽しそうな笑みを口元に浮かべた。
「“松野さん”。彼女、最近店に顔出してはいつも“松野さん”の話ばっかりすんだよ」
「えっ……?そ、れって……」
「お客さんのことだと思うぞ。良かったな」
「あら、マスターと松野さん、もう仲良くなったんですか?」
ちょうどいいタイミングで彼女が手洗いから帰ってきた。マスターの方へちらりと視線をやると、“頑張れよ”と言わんばかりの目を向けてきた。
席に戻った彼女は、グラスにちょうど一口分残っていたカクテルを飲み干すと、カウンターに立つマスターに声をかけた。
「松野さん、もう一杯飲めそう?」
「あぁ、飲めますよ」
「それじゃあ私から一杯奢らせてください。マスター、“ロブ・ロイ”を彼に」
「そういうことか、かしこまりました」
注文を受けたマスターは少し微笑んでカクテルを作り始めた。というか“そういうことか”ってどういうことだよ。今ので何が分かったんだ。
そっと隣を見ると、彼女はフロア担当のリュウと四季の2人と話をしていた。
「おや、ナマエさん。こんばんは」
「あー!ぼすー!きゅうけー?きゅうけーしにきたのぉ?」
「オーナー!こんばんは、息抜きですか?」
「あぁ、そんなところだよ。おや、お隣の方は初めて見る方だね。初めまして、オーナーの西門と申します。今夜は当店にお越しくださり、誠にありがとうございます」
「お名前は先ほど彼女から伺いました。初めまして、オレは松野です」
「松野さん……あぁ、あなたが」
「え……オレ、そんなに有名なんですか……?」
「お、オーナー!」
「ははっ、すまない。つい、ね」
「お待たせしました、ロブ・ロイです」
ちょうど話の切れ目でマスターがカクテルを出した。オレの前に置かれたのは、さくらんぼが1つ入った透き通った綺麗な赤茶色のカクテルだった。
これがロブ・ロイか。飲んだことがないからどんなものかよく分かってなかったが、多分これはウィスキーを使ったカクテルだろう。
オレがそのカクテルの入ったグラスを手に持つと、オーナーが“おや”と小さく声を漏らして微笑んだ。
「そのカクテルは彼女からかい?」
「え?あぁ、はい。そうです」
「君も中々大胆なんだね、ナマエ」
「どういうことですか?」
「カクテルにはな、“カクテル言葉”ってのがあるんだ。スマホ、持ってんだろ?それでロブ・ロイのカクテル言葉を検索してみな」
「カクテル言葉……」
ポケットからスマホを取り出し、検索エンジンで“ロブ・ロイ カクテル言葉”と検索をする。すると、検索結果の一番上にロブ・ロイのカクテル言葉が表示された。
それを見たオレは、驚いて思わず目を見開いた。まじかよこれ、期待していいってことか?
慌てて隣に座る彼女を見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。……これは、そういうこと、なんだよな。
「あの、お手洗いお借りしてもいいですか?」
「あぁ、構わないよ。四季、彼の案内を頼んでもいいかな?」
「は、はいっ!どうぞ、こちらです……」
四季に案内してもらった先でオレは急いで返事となるようなカクテル言葉を探した。
求めていたカクテル言葉はすぐに見つかったので、その言葉を持つカクテルの名前を忘れないように目に焼き付け、席へと戻った。
「マスター、彼女に“スクリュードライバー”を」
「かしこまりました。……よかったな、ナマエ」
少ししてお互いが相手に向けて頼んだカクテルのグラスを手に持ち、小さく持ち上げた。
それをオーナーとマスターが優しい表情をして見ていた。これはこれで気恥ずかしい。
「ねぇねぇますたー、ぼすー、ナマエとこのお客さまが頼んだカクテルの言葉って、なんなのー?気になる気になるー!」
「僕も、気になります……。お2人はお互いにどういう言葉を送ったんですか?」
「あぁ、それはな――」
ロブ・ロイ 貴方の心を奪いたい
スクリュードライバー 貴方に心を奪われた
名前はナマエさん。オレの店の近くに出来たカフェで働く人で、たまたまそのカフェで昼飯を食べたのがきっかけだった。
何度も店に通って、最近ようやく自然に雑談ができるようになった。そんな彼女の姿を、ある日の夜、人気の少ない路地で見かけた。
その時の彼女の姿は、いつもカフェで見るような動きやすそうな格好ではなく、まるで誰かと会う時のような格好。大人っぽくて、いわゆる“気合が入っている”と言ってもいい格好をした彼女は、オレに気づくこともなく路地にある店へと入っていった。
気になって彼女の後追って店の前に行く。そこはとてもオシャレなバーだった。
「バー、4/7……」
聞いたことも見たこともない店だ、いつからここに店を構えていたんだろうか。
ガラス戸から店内を覗くと、カウンター席に座る彼女の姿を見つけた。彼女が楽しそうな笑顔を向けるのは、カウンターに立つ藍色の髪をしたガタイのいい男。まさか……。
「おにーさんお客さんー?ようこそー!ささっ、ずずいっと中へ〜」
「はっ?!ちょっ!オレはっ」
「1名さまごあんな〜い!いらっしゃいませ〜」
彼女の様子を見て硬直していると、突然店のドアを開けて出てきた白に近い銀髪の男に腕を引かれ、強制的に店内に引き込まれた。
抵抗も虚しく、オレは強制的に彼女の隣のカウンター席に座らされた。あぁぁ気まずい。
「あ、松野さん。こんばんは」
「こ、んばんは……」
「お客さん、ウチのが迷惑かけて悪かった。これはサービスだ」
「えっ。い、いや、大丈夫です……」
「気にすんな、迷惑かけたのはこっちなんだ。受け取ってくれ」
男の申し訳なさそうな声に負け、オレは彼が出した小さなブルスケッタが2つ載った皿を受け取った。
彼女の方を見ると、今オレが受け取ったものと同じブルスケッタが載った皿と、カクテルの入ったグラスが1つ置かれていた。
「はぁいお客さま〜、こちらお手拭きでぇす」
「ど、どうも……」
「あの子はリュウ君って言って、いつもあんな感じなんですよ」
「へぇ……」
「お客さん、よければ何か飲んでかないか?」
「あー、じゃあガルフストリームを」
「かしこまりました」
彼女はこのバーの年単位の常連らしく、店の人たち全員と顔見知りらしい。
オレを店に引き込んだのはリュウ、彼と一緒にフロアに立っている少しおどおどした青年は四季、そしてカウンターに立つ男はマスターの神林さんというそうで、基本はこの3人で営業をしているらしい。そしてたまにふらっと現れる今はいないこのバーのオーナーの西門さんという人の4人でバーの従業員は全員なのだ、と彼女から簡単に説明してもらった。
その後、お酒も入ってかオレの隣で楽しそうに笑いながらマスターと話す彼女を見て、オレは少しだけ胸がもやっとした。
オレよりもずっと長く付き合いがあるのは分かっているから、こんな気持ちを抱くのは少しお門違いな気がするが、それでもやはりもやっとするのはするのだ。
それに気づいたのか、マスターはちらりとこちらを見てふっ、と小さく笑った。なんだよ、好きなんだから仕方ないだろ。
「お待たせいたしました、こちらガルフストリームです」
「どうも」
「マスター、お手洗いお借りしますね」
「あぁ」
彼女が手洗いに行くために席を立つ。残されたオレは気まずさを抱えながら、受け取ったガルフストリームを飲みつつ、サービスとしてもらったブルスケッタを食べた。……カクテルもつまみもかなり美味いな。
気づけば手元のカクテルはほとんどなくなっていた。美味すぎてつい飲む手が進んだようだ。
一呼吸入れようと、テーブルに置かれたお冷を飲んでいると、カウンター越しにマスターが話しかけてきた。
「なぁお客さん。もしかしてナマエのことが気になってんのか?」
「……だったらなんスか」
「やっぱりか。……最近な、彼女の口からよく聞く名前があんだよ。知りたいか?」
「は?!だ、誰ですかそれっ!」
思わず食い気味にそう聞けば、マスターはまた小さく笑った。なんだ、この大人の余裕みたいなやつは。多分オレとそんなに変わらないはずなのに……!
マスターは動かしていた手を止めると、楽しそうな笑みを口元に浮かべた。
「“松野さん”。彼女、最近店に顔出してはいつも“松野さん”の話ばっかりすんだよ」
「えっ……?そ、れって……」
「お客さんのことだと思うぞ。良かったな」
「あら、マスターと松野さん、もう仲良くなったんですか?」
ちょうどいいタイミングで彼女が手洗いから帰ってきた。マスターの方へちらりと視線をやると、“頑張れよ”と言わんばかりの目を向けてきた。
席に戻った彼女は、グラスにちょうど一口分残っていたカクテルを飲み干すと、カウンターに立つマスターに声をかけた。
「松野さん、もう一杯飲めそう?」
「あぁ、飲めますよ」
「それじゃあ私から一杯奢らせてください。マスター、“ロブ・ロイ”を彼に」
「そういうことか、かしこまりました」
注文を受けたマスターは少し微笑んでカクテルを作り始めた。というか“そういうことか”ってどういうことだよ。今ので何が分かったんだ。
そっと隣を見ると、彼女はフロア担当のリュウと四季の2人と話をしていた。
「おや、ナマエさん。こんばんは」
「あー!ぼすー!きゅうけー?きゅうけーしにきたのぉ?」
「オーナー!こんばんは、息抜きですか?」
「あぁ、そんなところだよ。おや、お隣の方は初めて見る方だね。初めまして、オーナーの西門と申します。今夜は当店にお越しくださり、誠にありがとうございます」
「お名前は先ほど彼女から伺いました。初めまして、オレは松野です」
「松野さん……あぁ、あなたが」
「え……オレ、そんなに有名なんですか……?」
「お、オーナー!」
「ははっ、すまない。つい、ね」
「お待たせしました、ロブ・ロイです」
ちょうど話の切れ目でマスターがカクテルを出した。オレの前に置かれたのは、さくらんぼが1つ入った透き通った綺麗な赤茶色のカクテルだった。
これがロブ・ロイか。飲んだことがないからどんなものかよく分かってなかったが、多分これはウィスキーを使ったカクテルだろう。
オレがそのカクテルの入ったグラスを手に持つと、オーナーが“おや”と小さく声を漏らして微笑んだ。
「そのカクテルは彼女からかい?」
「え?あぁ、はい。そうです」
「君も中々大胆なんだね、ナマエ」
「どういうことですか?」
「カクテルにはな、“カクテル言葉”ってのがあるんだ。スマホ、持ってんだろ?それでロブ・ロイのカクテル言葉を検索してみな」
「カクテル言葉……」
ポケットからスマホを取り出し、検索エンジンで“ロブ・ロイ カクテル言葉”と検索をする。すると、検索結果の一番上にロブ・ロイのカクテル言葉が表示された。
それを見たオレは、驚いて思わず目を見開いた。まじかよこれ、期待していいってことか?
慌てて隣に座る彼女を見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。……これは、そういうこと、なんだよな。
「あの、お手洗いお借りしてもいいですか?」
「あぁ、構わないよ。四季、彼の案内を頼んでもいいかな?」
「は、はいっ!どうぞ、こちらです……」
四季に案内してもらった先でオレは急いで返事となるようなカクテル言葉を探した。
求めていたカクテル言葉はすぐに見つかったので、その言葉を持つカクテルの名前を忘れないように目に焼き付け、席へと戻った。
「マスター、彼女に“スクリュードライバー”を」
「かしこまりました。……よかったな、ナマエ」
少ししてお互いが相手に向けて頼んだカクテルのグラスを手に持ち、小さく持ち上げた。
それをオーナーとマスターが優しい表情をして見ていた。これはこれで気恥ずかしい。
「ねぇねぇますたー、ぼすー、ナマエとこのお客さまが頼んだカクテルの言葉って、なんなのー?気になる気になるー!」
「僕も、気になります……。お2人はお互いにどういう言葉を送ったんですか?」
「あぁ、それはな――」
ロブ・ロイ 貴方の心を奪いたい
スクリュードライバー 貴方に心を奪われた