次は3秒手を取って




!!注意!!
一虎→モブ男への暴力描写があります(直接的な表現は少ないです)




幼馴染と言ってもいい関係の女が1人いる。
そいつ――ナマエはオレよりも2つ歳上で、同じマンションの同じ階に住んでた。
最初こそ“年齢の近い友達”としてよく遊んだりしていたが、歳を重ねるごとにその気持ちは変わって、気づいたらオレはナマエのことが好きになってた。

それから少しして、オレは少年院に入ることになった。
少年院の面会は家族でないとできないため、出所するまでオレはナマエの現状を何にも知らなかった。

オレは外に出てからすぐにナマエを探した。どうやらナマエは近くの高校に進学をしていたらしく、記憶にあるナマエの家の前で待っていたらナマエと出会うことができた。
高校に進学したナマエは覚えている姿よりも少し大人びていて、初めて歳の差を実感した。

「もしかして、一虎君?」
「覚えててくれたんだ。そうだよ、久しぶり」
「久しぶりだね。大きくなったんだね、髪も染めて伸ばしたんだ」
「そう。似合ってる?」
「うん。格好いいよ」

記憶と同じように笑うナマエが可愛くて、ずっと触れたくて、思わずナマエの手を掴もうと手を伸ばしていた。
しかし、伸ばしたオレの手がナマエの手を掴むことはなかった。

「……オレのこと、嫌いになった?」

彼女は掴まれる前に、小さく後ろへ引いてオレの手から逃げたのだ。
ずっと待っててくれたと思っていたのに、オレのことを迎えてくれると思ってたのに、そんな思いがドロドロと溢れてくる。

「ち、違うの。私、男の人に触られるのがダメになっちゃって……。こうやって話すことは出来るんだけど、近づかれたり触られるのはダメなんだ……」
「なんで?なんかあった?」
「……ごめんね」

ナマエは無理矢理作った微笑みをオレに向けた後、オレの横を足早に通って家へと入って行ってしまった。
確実に何かがあった証拠だ。多分誰かがナマエのことを傷つけた。だからナマエは男に近づかれたり触れられるのがダメになったんだ。

「ぜってぇ潰す」

それからオレはナマエを傷つけた奴のことを探し回った。
あちこちの奴らに聞いて、ナマエの友達だって女にも聞いて、ようやく突き止めた。
あいつを傷つけた本人は、あいつに一方的に好意を寄せていた男。その思いがエスカレートした結果、今ではあいつのストーカーとなっていた。
そしてそいつは、少し前にあいつを襲おうと、暗い路上で捕まえ押し倒したそうだ。

――殺してやる。

そのストーカー男は未だナマエのストーカーらしいので、ナマエの近くにいれば簡単に捕まるだろう。
そう思ってナマエのよく通る通学路に先回りして、人が隠れられそうな場所などを見て回った。

「見つけた。お前だろ、ナマエのこと傷つけたやつ」
「ひっ!」

物陰に隠れていた男は、オレよりもナマエよりもずっと年上のおっさんだった。
こんなやつに好かれるなんて、ナマエも大概ついてねぇな。なんて思いつつ、そいつにもう一度声をかける。

「なぁ、お前なんだよな?ナマエのことストーカーしてて傷つけたのは」
「ち、違うっ!アレはナマエちゃんが可愛くて抱きしめようとしたら、勢い余って倒れちゃっただけなんだ!」
「その時点でオレが許さねぇっての」

確信を持ったオレは、男の腹部に思いきり膝を入れた。腹部を抑えながら地面に倒れ込んだそいつを、今度はひたすらに蹴って踏みつけた。
こんな奴がいなければ、こんな奴がナマエに触るから、ナマエはオレのことすらも怖がったんだ。そう思ったら、足元の男を蹴る脚にさらに力が入った。

「一虎君?!何してるのっ!」

男の意識が絶え絶えになっていて、あと一発入れたら片付くかな。と思いながら、最後の一発のために脚を上げたところで、後ろからナマエの声が聞こえた。
脚を下ろして振り返ると、そこには焦ったような顔をしてこちらを見るナマエの姿があった。

「よぉ、ナマエ。今コイツのこと片付けるから待ってて」
「ダメっ!」

ナマエは泣きそうな顔でオレの腕を掴んだ。なんで止めんだよ、コイツがいなくなればナマエはもう怖い思いをしなくて済むし、オレのことを怖がることもないはずなのに。

オレの腕を掴むナマエの手が震えている。特別力が入っているような感じはしないので、別の理由で震えているのだろう。オレはその手にそっと自分の手を乗せて握った。

「もう、やめて……。これ以上は、いいから……」
「なんで?コイツのせいでナマエはオレのことも怖くなったんだろ?なら、コイツがいなくなれば――」
「これ以上やったら死んじゃう……!私は、そんなこと一虎君にしてほしくないっ」

握ったナマエの手が更に震える。心なしか呼吸も荒くなっている気がした。
オレはどうすればいいのか分からず、ナマエの手を握っていた手を離し、一瞬迷ったもののなるべく優しくナマエの肩に手を置く。その瞬間ビクリ、とナマエの体が大きく跳ねた。

「確かに、その人のせいで怖くなった、けど……。でも、だからって……一虎君に手を、汚して欲しくない……。だから、も、う……」
「ナマエ!?」

ナマエは言葉の途中でその場に崩れ落ちた。口からヒューヒューと浅い呼吸音が聞こえる。
明らかに様子がおかしいのはオレにも分かった。どうすればいいのか分からなかったが、とりあえず肩を掴み左右に揺すりながらナマエの名前を呼んだ。そうでもしないと、今すぐにでもナマエが消えてしまいそうな気がして怖かったのだ。

「ナマエ、ナマエっ!なぁどうしたんだよ!」
「かば……。ふ、くろ……」
「カバン?!袋ってなんだよ!」
「ふくろ……はい、って……から……ちょ、だい……」

ナマエの足元に落ちていたカバンを開けると、教科書やノートなどの文房具などが綺麗に入れられていた。その中でオレは彼女がナマエが言っていた“袋”を探した。
中身をひっくり返してようやく見つけたのは、折り畳まれた茶色の紙袋だった。それをナマエに見せてこれのことかと確認すると、小さく頷いた。

「これどうすりゃいいんだ……。開けばいいのか?」
「ひら……て……。くち、に……」
「開いて口に当てればいいんだな?分かった」

急いで袋を開いてナマエの口元に当てると、ナマエはそのまま深呼吸をし始めた。呼吸に合わせて紙袋が縮んだり膨らんだりしている。本当にこれで治るのか?
そう思ったが、オレの考えとは反対に、ナマエの呼吸はだんだん落ち着いて元に戻っていった。

「ナマエ……?」
「……ごめんね、もう大丈夫。袋、ありがとうね」
「本当に?もう大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。それより救急車呼ばないと……」
「なんで?やっぱりまだどこか悪いの?」
「ううん、私じゃなくて後ろの男の人。ボロボロだから」
「……アイツはオレが何とかしとくから、帰ろう?送ってく」
「う、うん……分かった」

立ち上がろうとするナマエに手を貸そうとしたが、先ほどのことを思い出して伸ばしかけた手を引っ込めた。多分さっきのは、無理にオレに近づいて腕を掴んだから。もうあんな姿は見たくないし、オレだってナマエを苦しめたりはしたくない。
ナマエは少しふらつきながらもカバンを持って立ち上がり、無理矢理作った笑みをオレに向けた。その顔色はまだ悪い。そんな顔は見たくない、なんて言えなくてオレも少しだけ微笑んだ。

一定の距離を保ちながら黙ってナマエの家へと向かう。少しだけ気まずかったけれど、それでも別に良かった。距離があっても、ナマエがオレの視界にいてくれるから。
家の前に着くと、ナマエはくるりとこちらを向いた。見えたその顔は先ほどよりも少し色が良くなっている。

「今日は迷惑かけてごめんね」
「迷惑だとか思ってないから、大丈夫」
「それから、ありがとう」
「え……」
「ちょっとやりすぎなのは看過できないけど……それでも、助けてもらったことには変わりないから」
「……連絡先、交換しよ。そしたら、何かあってもすぐオレに連絡できるだろ」

そういうと、ナマエは瞳を見開いて数回パチパチと瞬きした後、慌ててカバンから携帯を取り出した。
紙に書いて渡すでもよかったけれど、ナマエの状況からして手渡しの距離すら難しそうだと考えた結果、赤外線通信で交換することにした。

「……大丈夫?」
「うん、なんとか」

携帯を差し出すように前へ突き出し、その上で少しだけ上体を逸らして、なるだけ距離を取ってみたもののやはり距離は近い。
少しして通信が完了し、携帯を確認する。連絡先にはナマエの名前が追加されていた。その事実が嬉しくて、噛み締めるように携帯を閉じた。

「じゃあ、帰るね」
「待って!」

ナマエに背を向けてその場を去ろうとした瞬間、ナマエがオレを呼び止めた。振り返ると、携帯を握りしめたナマエがほんの少し赤い顔でオレを見ていた。

「どうしたの?」
「連絡……何かなくても、していい?」
「別に頻繁じゃなければいいけど、どうして?」
「……恐怖症、治したいから……。ちゃんと、昔みたいに一虎君と一緒にいたいから……」

そんなことを言われたら頷くしかねぇじゃん。なんて言えず、オレは微笑んで“分かった”と答えた。

それからというもの、時たまナマエから出かけの誘いが来るようになった。最初は並んで歩くのもやっとくらいだったが、日を重ねるごとに並んで歩くだけなら何とかできるようになっていった。

ある日の帰り道、ナマエから“新しく出来たカフェに一緒に行かないか”と誘われた。断る理由もないので“いいよ”と返答すると、ナマエは嬉しそうに笑った。
――そろそろいいんじゃないか?

「ねぇナマエ」

その場で立ち止まり、ナマエを呼び止める。立ち止まったオレに気付かず数歩先に進んだナマエは、“なに?”と言ってこちらを振り向いた。

「手、繋いでみねぇ?」
「えっ……」
「取り敢えず指掴むだけでもいいからさ。ほら」

そう言って手を差し出す。ナマエがオレの隣を歩けるようになって何日も経った。そろそろ少し触れ合う練習をしてみてもいいんじゃないかと思ったのだ。
無理強いをするつもりはないから、無理だったらそれはそれでよかった。でも、そろそろ少しは触れたいと思ったのも事実で。

「掴まなくてもいい、触るだけでもいいから」
「……やってみる」

ナマエは一度深呼吸をしてから、一歩オレの方へと近づいた。そして――

「……触れた!」
「一歩前進だな」
「うんっ!」
「じゃあ次。指、掴める?」
「……つ、か……めない」
「じゃあ今日はここまでな」
「うん……」
「そんな落ち込むなよ。オレとしては、触れるようになっただけでも十分だと思うけど?」
「……ありがとう」
「焦んなくていいよ。オレはいつでもナマエの隣にいるし」
「うん……!」

この日から、なるべく触れ合う時間を増やすようにした。少しずつ慣れてもらうために。
本当だったら手だって繋ぎたいし、抱きしめたいし、その先だって。でもオレが焦って動いたら、それこそあの野郎と同じことになるのは分かっていた。
だから今はまだ、触れるだけで我慢。ちゃんと手が繋げるようになったら、会った時ずっと繋いでやろ。

「いーち、にーい」
「……もう無理っ!」
「今日は2秒だったな。お疲れ様」
「つ、次は3秒目指す……!」
「だーから無理すんなって」
「ううん、私がそうしたいの」

“早く一虎君と手を繋ぎたいから”。そう言ってナマエは笑った。
ずりぃだろ、そんなの。でも手を繋ぎたいって思っているのがオレだけじゃなくてよかった。
オレは微笑んで“じゃあ次会う時は3秒目標でやろうな”と返した。