幼き頃の初恋にはもう二度と逢えない




幼い頃、夏の間だけ遊んだことがある子供がいた。
その子供は当時のオレと同い年くらいの女だった。彼女はオレが一人で森の中を歩いていたときに見つけた小さな神社で出会った。
それからオレは毎日こっそりその神社に行っては彼女と二人で遊んでいた。誰かに紹介しようかとか考えたこともあったが、なんとなく彼女のことをオレ以外の人に知られるのが嫌で、ここでは二人だけでいたくて、結局最後まで彼女のことは誰にも言わなかった。

今思えばあれがオレの初恋だったのだろう。今では縁遠いものとなってしまったせいなのか、あの頃を思い出す度に眩しさを感じる。

『じゃんけんぽん!』

二人だけで鬼ごっこをしたこと。

『わっ!すごーい!おっきいねぇ』

二人だけで花火を見たこと。

『あっ。鼻緒、切れちゃった……』

彼女の履いていた下駄の鼻緒が切れたから、オレが背負ってあげたこと。

「もう、会えねぇんだな」

彼女との日々は鮮明に覚えている。顔だって声だって匂いだって覚えている。それなのに彼女はオレが東卍を創設した時期から姿を消した。
毎日神社に行ったし、辺りも探した。だけど彼女は一度も現れることはなかった。

彼女を探すため、彼女と一緒に撮った写真を探した。だが見つけた写真に写っていたのは誰かの肩を抱くような仕草をして笑うオレだけだった。そこに彼女の姿はなかったのだ。
そのことにショックを受けたオレは彼女のことをじいちゃんに話した。するとじいちゃんはその神社のことを知っていたようで、神社にまつわる話をしてくれた。

『あの神社に祀られている神様は、神社にやってきた子供の前に子供の姿で現れることがあったらしい』

その神様の姿は、ある年齢を境に見ることができなくなると言い伝えがあるのだと聞いた時、オレはなんとなく“彼女とはもう二度と会えない”ということを理解した。

それでも時折神社に足を運んでは参拝をしていた。それは彼女のことを忘れたくなかったのと、またもう一度だけ会いたいと思ったから。
それでも今日に至るまで彼女はオレの前に姿を現すことはなかった。

昔と比べて変わり果てたオレの姿を見て、彼女はなんと言うのだろうか。そんなことを考えながら、崩れ落ちた石の階段を上がり、境内まで続く砂利道を進む。
拝みに来る人はオレ以外誰もおらず、ここに遊びにくる子供もいないせいか、一歩砂利道に入っただけでここに長らく人気がないことが分かった。

「なぁ、神様」

今にも朽ち果てそうな拝堂を見上げて呟く。神様なんて信じちゃいないが、ここの神様だけは信じていたかった。

「さいごにお前の姿が見たいんだ」

木々を揺らす風の音と、風に揺られた枝葉の鳴らす音、そして森に住む鳥やヒグラシなどの虫の鳴き声。それらが鳴り響く中、オレはしゃがみ込んで持ってきたものを使ってあるものの準備を始めた。

“迎え火”。本来は盆の初日に行うもので、基本は先祖の霊を迎え入れたりするもので、神霊を迎えるためにも使われることがある。
これをしたら、もしかしたら神霊であろう彼女が再び現れてくれるのではないか。そう考えたのだ。
そんなこと、あり得ないと思った。だがそれでも、もう一度だけ彼女に会いたかった。

パチパチと音を立てて燃える火をぼんやり見つめながら、彼女を思う。そこにもう恋や愛などというものはない。だから彼女にもう一度会いたいと思う明確な理由もよく分かっていない。ただそれでも、もう一度だけ彼女に会いたいという思いは明確にあるのだ。

「……送り火は、これと一緒にさせてくれ」

結局何も変わらなかった。彼女は姿を現すことはなかった。
分かっていたことだったが、どこか胸が重く感じる。持ってきていたペットボトルの水を迎え火の上にかけて火を消す。

立ち上がり、腐食し崩れかけた賽銭箱に小銭を入れてボロボロの鈴を少し鳴らした。
そっと手を合わせて目を閉じる。もう願うことなんてない。彼女はこの先も、きっと最期までオレの前に現れてはくれないのだ。

「じゃあな」

一言別れの挨拶をして踵を返す。その時、ふわりと懐かしい香りが鼻腔を掠めた。忘れもしない。この匂いは――

「ナマエ?」

彼女が名乗っていた名前が口から零れる。後ろを振り返ってみても誰もいない。辺りを見回してもオレ以外誰もいない。だが一瞬鼻腔を掠めたあの香りは間違いなく彼女の、ナマエの匂いに間違いない。

「……会えてよかった」

誰もいなかった。でもきっと、彼女はここにいるのだろう。オレの目には見えないだけで。

「またきっと、きっと遊びに来てね。マイキー」

神社の入り口。崩れかけた石段の前に立つ少女が、去り行く彼の背を見つめながらそう呟いた。