クールなあの子
ちょっと捏造入ってます。
※きっと中学生は夜のライブハウスに出演者としては出れないと思いますし、一人だったらお客さんとして入ることもできないと思います。
彼女は特別目立つような存在ではなかった。
同じクラスだから名前と顔くらいは知っていたが、それ以上のことは知らない。
成績も目立つほど良いわけでもなく、かといって悪いわけでもない。部活には入っているらしいが、どの部活に入っているのかも何をしているのかも知らない。
そんな彼女に強く惹かれたきっかけは、ある場所で彼女を見かけたことだった。
その日は東卍の集会日だった。
心地よい夜風を浴びながら愛車に乗って帰っていると、ちょうど赤信号で停車した時に見えたライブハウスに知っている姿を見つけた。
それが彼女――ナマエだった。
学校での雰囲気とは全く違い、いわゆる“ロックミュージシャン”を彷彿とさせるような黒を基調とする服を纏い、黒くて縦長のバッグを背負っていた。
よく見れば、髪も格好良くセットされている上に彼女の顔にはしっかりとしたメイクが施されている。服と合った、クールな印象を持たせる黒系のメイクだ。
彼女の周りには彼女よりも少し歳上であろう男が2人と女が1人いた。何を話しているのかは分からないが、4人は仲良さげに談笑をしながら自分のいる側へと歩いてきていた。
普段学校で見ていた彼女の姿との、あまりのギャップに思わず目が離せなくなっていると、その視線に気づいた彼女が一瞬こちらを見た。
彼女とオレの視線が重なり、同時に目が見開かれる。その一瞬、時が止まったように思えた。
彼女は綺麗に描かれ整った眉を下げ、唇に自身の人差し指を当てて“しーっ”とジェスチャーをした。
その後オレと彼女の視線は違い、それと同時に信号が青に変わったので愛車を発進させた。
家に帰って寝る支度をしている最中でも、脳裏にはあの時見かけた彼女の姿が焼き付いて消えなかった。
なんだこれ……。
次の日、部活の時間に合わせて学校に顔を出しに行くと、ちょうど彼女と鉢合わせた。
彼女はオレを見るや否やあからさまに慌てて、そそくさとオレの横を通り過ぎようとした。
「ちょっと待て」
「へっ!?」
声をかけると同時に彼女の腕を掴んだ。
腕を掴まれた彼女の体はクッと後ろに引かれ、オレのすぐ後ろで立ち止まった。
「あー……悪ぃ。ちょっとお前と話がしたくて引き止めた。これから少し時間あるか?」
「あるにはある、けど……」
「じゃあこれからちょっと、オレに付き合ってくんね?」
「……分かった」
彼女を連れて行った先は、人気がない屋上へ続く階段の先にある屋上に出ることができる扉の前。目的地に辿り着くと、掴んでいた彼女の腕を離して向かい合うように立った。
彼女は困惑した顔をしてオレの方を見ていた。そりゃそうか、いきなりこんなところに連れて来られたんだ、無理もない。
「それで、東卍の隊長さんとして有名な三ツ谷が私に何の用があるの?」
「へぇ、知ってんのか。そのこと」
「そりゃ有名ですから」
「そりゃ嬉しいな。でだ。お前、昨日の夜この辺のライブハウス近くにいたよな?後ろに大きな黒いバッグ背負って」
そう言うと彼女はあの時と同じように一瞬目を見開いたが、すぐに目を元に戻して小さく溜息を吐いた。
「やっぱあれ、三ツ谷だったんだ」
「気づいてたんだな、オレだって」
「その目立つ見た目だったら、例え普段と違う格好してたとしても分かるよ」
“それで、そのネタで脅したりするの?”なんて言いながら、どこか諦めたように笑う彼女を見て、少しだけイラッとしたオレは、ニヤリと口端を上げて彼女に言葉を放った。
「お前があそこで何してたのか教えてくれたら、黙っといてやるよ」
「マジで脅す気?冗談だったのに」
「自分で言うのも何だけどよ、お前、オレが“不良”だってのによくそんな普通でいられるな?」
「まぁ、少しは慣れてるんで。……で、あそこでやってたことを話せば黙っててくれるの?」
「あぁ。約束は守る男だぜ、オレ」
「それ、自分で言う?まぁいいや。分かった、なら教えてあげる」
どうやら彼女は実の兄、そして兄の友人たちとともにロックバンドを結成して活動しているらしい。
彼女はそのバンドで“ベーシスト”をやっており、昨日は夜ライブを行っていたそうだ。そしてその帰り道をオレが見かけた、ということだった。
「そういえば部活やってるよな?ここって軽音部はなかったと思うけど、何してんだ?」
「部活?美術部だよ」
「えっ!?美術部とは、また意外だな」
「私、絵を描くのも好きなんだよね。デザインセンスはないからアレだけど……。レタリングとかデッサンとか好きでさ。だから美術部にいるの」
「多才なんだな」
「ありがと、でもそうでもないよ。三ツ谷みたいに賞取ったりとかってしてないし」
そう言って困ったように笑った彼女を見て、オレは胸をぎゅっと掴まれるような感覚を覚えた。
あぁ、多分そうだ。これは“恋”ってやつだ。まさかオレがそんなものをするとはな。
「で。教えたんだから約束、守ってよねー」
「……あぁ、おう」
「なんでちょっと間が開いたの?」
「ちょっとぼーっとしてただけだ」
「そう。まぁそういうことで、宜しくね」
片手を立てて自身の顔の前に持ってきて、“お願い”とポーズをしてからこの場から去ろうとする彼女を再び引き止める。
もう聞きたいことは聞いたはずだ。それなのにオレの体は勝手に動いて、去ろうとする彼女の手を掴んでいた。
「まだ何か聞きたいことがあるの?」
「あーえっと……。なんで学校の奴らにバレたくねぇんだ?別に隠すようなことじゃないだろ」
「学校で目立ちたくないんだよね。……ってライブしてる人間が言うのも変だけどさ。マイナーだとしても、中学生でライブやってるなんて目立つし……。それに、バンドやってるってだけで色々言われやすいから嫌なんだよね」
「ふぅん」
「まぁ三ツ谷にはバレちゃったから話したけどさ。そういうことで!」
ふと頭に過ぎった悪い思いつき。
でもそれは彼女が嫌がっていることだというのは分かっていた。だから口に出さずに飲み込んで、手を離そうと思った。――思っていた。
「……もしかして、ライブに行きたいとか言う?」
「えっ。いや、そんなことは……」
「あんたって意外と分かりやすいんだね、私でも分かる。仕方ない、いーよ。次の土曜日の夜にライブがあるんだ。チケットは今持ってないけど、明日持ってくる」
「いいのか?」
「うん。だってもう三ツ谷にはバレちゃってるし。“行きたい”ってそんな分かりやすく顔に書かれてちゃあねぇ」
悪戯っ子のような笑いをしている彼女がまた可愛くて、再び胸に甘い苦しみが走る。
彼女ともっと話したい、もっと知りたい。そんな思いが溢れてくるのが分かる。
それらを必死に理性で押さえつけて、彼女の手を掴んでいた自身の手を離す。
彼女は笑って、さっきまでオレが掴んでいた手をひらひらと振ってその場から去っていった。
「あー……くそ」
思わずその場にしゃがみ込んで頭を抱える。
まさか自分がこんなにも、それこそ漫画やアニメ、小説の中でしかないだろうというような恋をするとは思わなかった。
それらに書かれている“心が奪われる”とか、“胸が苦しくなる”とか、そんな感覚とは縁遠いと思っていたのに。
「土曜日、か」
土曜日、彼女のいるバンドのライブに行く。その事実を噛み締めるかのように心の中で呟いた。
それだけで今から楽しみで仕方がなくなった。残り数日が早く過ぎ去って土曜日になってくれないだろうか。
なんて思っている自分がまた意外で、気恥ずかしくて、それを誤魔化すように深い溜息を吐いた。
次の日の放課後、宣言通り彼女からライブチケットを手渡された。
チケットには、よく壁に描かれているのを見かけるグラフィティーに似たフォントで、開催されるライブの名前が書かれていた。いかにも“ロックライブのチケット”という感じだ。
それをバッグの内ポケットにしまって家庭科室へと向かい部活動を行っていたのだが、その最中に後輩から“何か嬉しいことでもあったんですか?”と聞かれ、初めて自分がそこまで浮かれていると気付かされた。
あぁほんと、格好つかねぇなぁ。
それから少ししてようやく待ちに待った土曜日となった。
ちゃっかり事前に連絡先を交換していた彼女のメアドにメールを送る。
“今着いた。”
何分ライブというものはこれまで行ったことがないため、ライブの勝手というものがよく分からなかった。そのため事前に彼女に“少し早い時間に着くから少しライブについて教えて欲しい”と頼んでいたのだ。
少しして黒いTシャツを着た彼女が何かを持ってやってきた。やっぱり学校とは全然雰囲気が違うんだな。
「お待たせー!はいこれ、良かったら」
「なんだこれ?」
「ライブTシャツ。今私が着てるのと一緒のやつ。ライブでこれ着るとテンション上がるよ」
「ふーん……。今ここで着てもいいか?」
「勿論!あ、今着てる服の上から着ちゃうのが楽だと思う。終わったら脱げばいいしね」
彼女から受け取ったライブTシャツを被る。あの時のナマエたちの格好を思い出して“きっと黒系がいいだろう”、と思って黒い長袖にしておいて良かった。
ライブTシャツを着たオレを見て、彼女は“おぉ〜!”と感嘆の声をあげながらキラキラした瞳でオレを見た。
はー、可愛い。……こんな一瞬の表情にすらそう思うなんて、オレもだいぶ惚れてんだな。
「似合ってるじゃん!格好いいね」
「ありがとな。んで?ライブが近くなったらどうすりゃいいんだ?」
「三ツ谷、ライブ初めてだって聞いてたから、お店の人にお願いして“関係者スペース”を作ってもらったよ。あそこにある大きな扉が出入り口なんだけど、開場したらあの扉の手前でチケットのもぎり……そのチケットの一部を切り取って“チケット確認しました”ってしてくれる人がいるから、その人とかに“ナマエの知り合いです”って言えば案内してもらえるよ」
「わざわざ気ぃ遣ってくれてありがとな。助かるわ」
「いーえ、誘った人に大変な思いをさせるのは嫌だからね。今回は場所取りしなくていいから、大体開場10分前とかにこの扉の前に作られる列に並べばいいと思うよ」
「ライブ会場って席があるもんじゃねぇのか?席があんのに場所取りなんてすんのか?」
「このハコもそうだけど、大体のハコって席があるわけじゃないの。いわゆるスタンディングってやつ。だから、早く入れれば最前列を取れる。その最前列を取るために開場時間のずっと前から並ぶ人もいるんだよ」
「へぇ……。すげぇんだな……」
「私が話すよりも、実際に見て聞いて体験するのが一番だよ。ってことでそろそろ戻るね。今日は目一杯楽しんでってくれると嬉しいな!」
彼女はキラキラした笑顔でその場を去った。
どれもこれもオレが知らない世界だ。だけどその分沢山の刺激を受けることができるだろう。
そしてそれらはきっと、今後オレが服などを作るときに必ず役に立つはずだ。
何より、学校じゃ絶対に見ることができない彼女を見ることができるのが楽しみだった。
彼女と別れた後、その辺で適当に服などを見ながら時間を潰し、彼女から聞いていた通り開場10分前にライブハウス前に戻った。
「こりゃすげぇな」
そこには離れる前とは違って、沢山の人たちが列を作っていた。
パッと見100人以上はいる。ライブハウスの出入り口である大きな扉の前から始まり、建物の壁沿いに長蛇の列が構成されている。
取り敢えず最後尾に行こうと思い、壁に沿って続く列を遡っていった。
「こちらが最後尾でーす!」
このライブハウスのスタッフであろう人が、“最後尾”という文字が書かれた紙が貼られた看板を片手に叫ぶ声が聞こえた。
やっと見つけた列の最後尾に並ぶと、すぐに後ろに女2人組が並んだ。
見た目的にはオレよりも数個歳上だろう。
「今日さ、ナマエちゃんのいるバンドがトリをやるんだよね?」
「そうだよ!もうすっごい楽しみ!」
「ナマエちゃんとナマエちゃんのお兄さん、掛け合いするみたいな弾き合いしてくれるじゃん?あれすっごい好きなの!トリってことは、あの曲やるから絶対その掛け合い見れるかな!?」
「多分見れると思う。うわ〜やばいね!緊張してきちゃった!」
“トリ”というのは何だろうか。聞き覚えがないから分からないが、多分かなり目立つことをやるのだろう。
オレの前にいる男3人組も、どうやらナマエのいるバンドが目当てできているようで、今日演奏される曲の予想を言い合っていた。
少しして列が動き出した。携帯を見てみると、ちょうど開場時間だった。
数歩ずつ進んでいき、ようやくオレの前の男3人組が入場した。
「チケット拝見いたします」
「はい。あ、オレ、ナマエの知り合いなんスけど……」
「あっ、貴方がナマエさんのご友人さんですね!では中に入ったら、案内役のスタッフに再度お声がけください」
「はい」
チケットの下側が千切られ中へと入る。入るとすぐにチケットに描かれたものと同じ絵が描かれた紙を渡された。
どうやら今回は複数のバンドが参加するものらしく、渡された紙には数組のバンド名が書かれていた。
人波に流されるように歩きライブステージのある会場の出入り口まで辿り着くと、出入り口のすぐ横にスタッフの人が立っていた。
「すみません。ナマエの知り合いって伝えてくれって言われて……」
「ナマエさんのご友人さんですね!ようこそ!ただいま案内しますので少々お待ちください」
そう言ってスタッフはすぐ近くのカウンターの中へと入っていった。
カウンター前にいるお客さんの注文を聞いてドリンクなどを提供しているスタッフに声をかけた。そのスタッフは一瞬手を止め、入ってきたスタッフからの耳打ちを受けると、軽く頷いてからドリンクの準備を再開した。
「お待たせしました!こちらはナマエさんからのサービスドリンクです」
「え?」
「“彼、ドリンク買うの忘れそうだから、私の自腹でドリンクを奢ります。彼が来たら宜しくお願いします”と受けていまして。ではお席に案内しますね!」
スタッフから手渡されたジンジャエールの入ったプラスチックコップを受け取ると、すぐに会場内に案内された。
案内された場所はステージ全体がよく見える後方の一角だった。
椅子はなかったものの、他の人が入ってこれないようにと周りが柵で覆われていたため、周りには余裕があった。
もらった紙を適当に折り畳んで持っていたバッグの中に突っ込む。これで片手が空いた。
周りを見て見ると、オレと同じように片手にドリンクの入ったコップを持った人たちがぞろぞろと入ってきていた。
良く見ると、少し離れたステージのすぐ前は既に沢山の人たちが立っていて、その後ろにも詰め込まれたように人が並んで立っていた。
人が沢山いる、というだけで会場内の空気が少し暑く感じる。
出入り口の方を覗いてみると、まだまだ人がいるのが見えた。
もしかして、この会場内が人で埋め尽くされるんじゃないか?そんなオレの予想は見事的中し、開演3分前には会場内が人でごった返していた。
オレのいる関係者スペースを確保するために置かれた柵のすぐ手前まで人がいる。すげぇ、ライブハウスってこんなに埋まるもんなのか?
少しして会場に流れていた曲が止まり、少しだけ暗くなった。
その瞬間、バンッ!とオレの全身に音が打ち付けられた。それと同時にステージの上に吊るされたライトが光って、ステージ上にいる人たちを照らした。
ステージ上にいる人たちの奏でる音は、今までヘッドホンで聴いていたのとは全く違って、全身の、特に内臓を揺らしてくるような音だった。
“音で殴られている”という表現が正しいかもしれない。全身が、脳が、内臓が、そして心が揺れる。
今流れている曲は全く知らなかったが、それでも興奮して全身が熱くなるのを感じた。
すげぇ、ライブってこんなにもすげぇもんなのか。音で殴られるなんて初めてだ。
数組のバンドの演奏が終わり、いよいよ最後のバンドの出番となった。
ここまででナマエの姿は見ていない。ということはこれから彼女のいるバンドが出てくるのだろう。
片手に持っていたジンジャエールは半分を切っている。周りに合わせて腕を振ったり、掛け声をしたことで体が熱くなり喉が渇いたため、ガンガン飲んでいた結果だ。
これから彼女たちの出番だというのに、果たして持つだろうか。なんて考えていると、空気が引き締まるのを感じた。
待ち望んでいた、今日一の楽しみであるナマエのいるバンドが登場したのだ。
「こんばんはー!」
ボーカルの男がマイク越しに叫ぶ。それに合わせて会場内にいる人たちが腕を上げて声を上げた。
先ほどまでも、バンドが挨拶をしたら皆盛り上がっていたが、最後だからから会場内の空気がさっきよりも熱く盛り上がっているように感じた。
彼らは挨拶も程々に演奏を開始した。
そういえば彼女はベーシストだっけか、なんて思い出しながら彼女の姿を探す。
皆が腕を上げて音に合わせて振っているので中々ステージ上が見えなかったが、一瞬ステージの右側に彼女の姿を捉えた。
格好良くセットされた髪を揺らしながら、彼女は楽しそうに演奏をしていた。
彼女の奏でるベースの低音がオレの体に響く。ドラムが内臓を揺らし、ギターとボーカルの声が脳に刺さってきた。
ライブが終わっての感想は“最高だった”、の一言だった。
コップの中のジンジャエールは氷まで綺麗に飲み干されている。それだけ声をあげたし腕を振ったし、なにより熱くなったという証拠だ。
スペース内で余韻に浸りながら柵の向こうにいる人たちの動きを見る。今は各バンドの物販が行われているようで、対角線上のスペースでバンドメンバーたちがお会計をしたり、ファンと一緒に写真を撮ったりしていた。
「三ツ谷!」
不意に後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには首に自身のバンドのタオルをかけたナマエがいた。
彼女は裏方の方からこちらへとやってきて、オレのすぐ前に立って笑った。
「どうだった?初ライブ」
「すっげぇ楽しかった。ライブって初めてだったから、正直楽しめるか不安だったんだが……めちゃくちゃ楽しめたわ、ありがとな」
「ほんと!?よかったー!」
彼女は嬉しそうにはにかんだ。あぁそうだ、その顔が好きなんだ。
学校ではしない笑顔、聞かない歌声、見れない姿。それら全てがオレの心を掴んで離さないんだ。
「ナマエ」
「ん?」
「……また、ライブ見に行ってもいいか?」
「勿論!三ツ谷なら大歓迎だよ!」
一瞬仲間を誘おうかなんて考えたが、その考えはすぐさま消えた。
こんなにも可愛くてキラキラ輝く、ここだけでしか見れない彼女をオレ以外の奴に見せるのは、例え仲間であっても嫌だった。
……意外と独占欲があんだな、オレも。
「あ、そろそろ行かなくちゃ!それじゃあ――」
「待ってくれ」
彼女の手を掴んで自分の方へ引っ張る。バランスを崩した彼女はオレの胸にぽすんと倒れ込んだ。
途端にふわり、と彼女から汗と彼女自身の匂いが混ざった匂いがした。
あ、これはやばい。かなりやばい。クるものがある。
「少しだけ、こうさせてくれないか」
そう言ってコップを持った方の腕で彼女を抱きしめる。再びあの匂いがふわりと香る。
自分はこんなにも余裕のない人間だっただろうか、なんて自問しながらも彼女を抱きしめる腕に力を込める。
もう少し、あと少しだけでいいからこうして彼女を抱きしめていたかった。
「み、三ツ谷?どうしたの?」
「好きなんだ、ナマエのことが」
「はっ?!」
「これから物販に行くんだろ?他の奴らと喋ったり、写真撮ったりするんだろうから、今だけ……少しだけお前のことを独り占めしたいんだ。嫌ならオレの腕を退かしてくれ」
そう言って力んだ自身の腕から力を抜いた。今なら押すだけで彼女を抱きしめるオレの腕は退かすことができる。
彼女がこの腕を退かして抜け出したのなら、この恋は諦めようと思っていた。
だけど、オレの腕は一向に退かされる気配がなかった。
「期待、していいのか?」
「……よ」
「ん?」
「いいよ、って言ったの……!」
真っ赤な顔をした彼女が腕の中にいる状態でこちらを見る。
オレより身長が低いのもあって自然と上目遣いになっていて、それがまた可愛らしかった。
彼女の手を掴んだままだった手を離して彼女を抱きしめる。恥ずかしいのか腕の中でもぞもぞと身じろぐ彼女だったが、近くにいたスタッフの人が“熱いねぇ”なんて声をかけてきたことで、耳の先まで真っ赤になって動きを止めた。
「……私、中学生だからもうそろそろ帰らないといけないんだよね」
「兄ちゃんたちと帰るんじゃねぇのか?」
「今日は打ち上げするみたいで、1人なんだ」
「そう、なのか」
「だから、さ……。も、もしっ!良ければ、だけど……その、一緒に帰らない?」
願ってもない話だ。メットは確かあったはず。
オレはそれに対して了承の返答をすると、目を見開いてこちらを見ると、赤い頬のまま嬉しそうに微笑んだ。
あー、まさかこうも上手く行くとは。嬉しすぎる。
「いいぜ、送ってく」
「ありがとう……!それじゃあ、物販行ってくる!すぐ戻ってくるから!」
「その前に――」
一瞬の、触れるだけのキスを彼女の唇に落とす。
彼女は顔を真っ赤にし、片手で自身の口を隠した。
「な、なっ!」
「行かなきゃいけねぇのは分かってっから、これくらいはしとこうかなってな」
「ぜ、全然理由になってない気がするけどっ!」
「まぁまぁ、別にいいじゃねぇか。ほら、行ってこいよ。オレは出入り口で待ってっから」
「……後でちゃんと説明してよね!じゃあ行ってくる!」
「おうおう、行ってらっしゃい」
物販から早めに抜けてきた彼女を、バイクで家まで送って行く。
家に着いて彼女を降ろした時、改めてキスの理由を聞かれたので“オレがしたかったから”と答えたら、彼女はまた顔を真っ赤にした。
ステージ上ではあんなに格好良くて強い音を奏でて煌めき、学校では目立たずどこにでもいそうな女子生徒として生活し、そしてオレの前ではすぐに顔を真っ赤にする可愛い女の子。
飽きることのない要素が多くて、その全てが可愛くて、未だ顔を真っ赤にしている彼女の前で少し微笑んだら“何笑ってるの!”と怒られた。
「悪ぃ悪ぃ。あんまりにもお前が可愛いからつい、な」
「か、かわっ……!?あ、あんまりそういうこと言わないで、恥ずかしくて死んじゃう」
「なら、これからもっと沢山言ってやるよ」
「なんで!?」
「そうやって顔を真っ赤にするお前も好きだから」
そう言ったら、彼女は今にも煙が出そうなくらい、耳の先まで真っ赤にしてその場にうずくまってしまった。
流石にちょっとやりすぎたかもしれない。だけど反応が可愛いもんだからついやってしまうんだよな。オレもまだまだガキだなぁ。
「む、むり、はずかしい」
「悪かったよ、からかいすぎた。でも言ったことは全部本気だぞ?」
「う、れしいけど……学校では絶対にこういうこと、しないでよね」
「昼休みに話しかけに行ったりとかは?」
「……少しなら」
「じゃあ遠慮なく。……んじゃあそろそろ帰るわ。今日はライブお疲れ様。最高に格好良かったぞ」
「こちらこそ、今日は来てくれてありがとう。格好良く見えたなら良かった。そう見えるようにしてたから。……帰り道、気をつけてね。送ってくれてありがとう」
「おう、ありがとな。んじゃまたな」
来週の登校日がこんなにも楽しみなことは初めてかもしれない。
月曜日、オレが声をかけたらどんな反応をするんだろうなぁ。
あんまりからかったりするのはしたくねぇけど、やっぱり好きな奴なら朝から顔合わせたいし、挨拶から雑談までできることはしたい。
「慣れてもらいたいけど、慣れないでくれるのもいいなぁ」
そんな独り言を呟きながら、来週月曜日のことを考えたのだった。
あ、そうだ。今度の土曜に彼女たちの衣装を見せてもらえるか聞いてみるか。
月曜日から、話すネタが多くなりそうだ。