拙い想い合い




「なんで一人で抱え込んじゃったの」

 冷たい石の前に一人の女性がしゃがんでいる。彼女は寂しげな表情をしながら静かに佇む墓石を見つめていた。

「私に出来ることはなかったかもしれないけど……でもさ、君の周りにはたくさん、強くて頼れる仲間がいたじゃん」

 石は何も答えてはくれない。そんなの彼女だって分かっていた。それでも彼女は石に、その墓に齢十四で収まることになってしまった想い人に、言葉を投げ続けていた。
 静かにぽつぽつと言葉を投げていた彼女だったが、次第に言葉が詰まるようになり、そのうち声が震え、墓石を見つめる瞳が涙で潤んで揺れた。

「どうして……」

 震えが伝わったのか、彼女の瞳に溜まった涙が溢れて頬を静かに伝った。それを気にも留めず、時折鼻をすすりながら彼女はただ真っ直ぐ墓石を見つめた。
 墓石は静かに彼女を見下ろしている。冷たいそれは、彼女に何もすることなく、出来ることもなく、静かに啜り泣く彼女を見つめることしかできない。

「わ、たし……また会えるって、信じてたのに……」

 彼女が声を上擦らせながら今まで抱えていた思いを吐き出した。
 彼女を置いて行った彼は、一人でたくさんのものを抱え込んでいた。その大きくも幼い背中で全てを背負おうとした。強く逞しく、そして子供である体で大切なものを守ろうとした。
 彼の判断と行動は、齢十四の少年が到底できるそれではなかった。それだけ彼は成熟していたのかもしれない。強かったのかもしれない。それでも、彼はまだ十四歳の少年に過ぎなかった。
 彼は多くの大切なものを守るため、一人で行動をした。かつて笑い合った仲間たちから「裏切り者」と後ろ指を指されていても、可愛がっていた後輩を踏み絵≠ニしてたくさん傷つけたとしても、事の後ろにいる黒幕を一人で叩こうとした。そうして一人で解決しようとした。
 だけど彼は共に罪を背負っていくと約束した友人に刺され、その後彼に罪を背負わせまいと自分で腹にナイフを突き立て、そして帰らぬ人となった。

「ほんと、バカだよ。バカ……ばかっ……!」

 彼女はとめどなく零れ落ちる涙を拭うこともせず、墓に眠る彼に「バカ」と言った。彼女が彼に「バカ」と言うのは今回が初めてだ。
 彼女は彼と同じクラスで隣の席だった。とても真面目そうな雰囲気をしているのに勉強がてんでダメで、周りからバカ≠ニ言われていたが、彼女は彼が毎日努力していることを横で見ていたからこそ、彼にバカ≠ニ言えなかった。

 だけど今は違う。彼は確かにバカだ。勉強ができないとかそういう意味ではない。自分と対して年齢が変わらないくせに周りを頼ろうとせず、何でも一人で解決しようとして帰らぬ人となってしまった。どうしてそこまで抱えてしまったのか、仲間に、友人に、信頼していた後輩に、なぜ一言も言わなかったのか。
 やるせない気持ちが彼女の中をぐるぐる巡って回って、他にもたくさんあった彼への感情と一緒に混ざり合う。そして言葉にできない感情が涙となって流れ落ち、「バカ」という言葉で吐き出された。

 彼女は自分が何もできない立場にいたことを自覚していた。いつの間にか抱いていたこの想いを伝えられていたら、何か変わったのだろうか。と、何十回思ったことだろうか。彼女はその度に後悔をし、たくさんのもしも≠考えては胸を締め付けられていた。

「なんで、死んじゃったの! わたし、まだっ……話したいことも、言いたかった、ことも……伝えたか、ったことも、いっぱいあった、のに!」

 その言葉の後、彼女はその場で幼い子供のように泣きじゃくった。土砂降りの雨のように流れる涙を必死に拭う。それでも涙は止まってはくれなかった。

 どうして自分は男でなかったのだろう。どうして自分には力がなかったのだろう。どうして自分には――。彼女の頭にないものねだりの言葉が浮かんで頭の中を埋め尽くしていく。そんなこと、無意味だと彼女も分かっていた。例え自分が男であっても、力があっても、喧嘩などがある世界に身を置いていたとしても、きっと自分は彼を助けることはできなかっただろう。彼はそういう人だったのだろうから。

「好き、だったんだよ……。ずっと、好きだった……。努力する、君のすがたが……人助けをする君が、動物が大好きだった、君が……。優しかった君が……」

 もう伝わらない、彼女から彼への告白。それを墓石は静かに聞いていた。
 彼と変わらない、年端もいかない彼女はこの気持ちにどう折り合いをつければいいのか分からなかった。身近の、それも自分が想いを寄せていた人が、ある日突然いなくなってしまうだなんて考えてもいなかった。想像もしていなかった。
 彼女は何度も何度も目を擦り、無理やり涙を止めた。目元は擦れて真っ赤になってしまっている。

「場地くんのバカ。今度一緒に勉強しよう≠チて約束、すっぽかしてほんと、バカ。……一生、忘れないからね」

 彼女はその言葉を墓石に投げると、無理やり作ったぎこちない笑みを墓石に向けて足早にその場を去った。

「……そんなバカ≠チて言うかよ」

 墓石の前には誰もいない。聞こえるのは囁くような枝葉の擦れる音だけ。

「約束、破っちまってごめんな」

 近くの電線に止まっていた鳥が飛び立つ音が冷たい空に響く。

「それから……。オレも、オマエのことが好きだった。次は笑った顔を見せてくれよな、ナマエ」

 誰かの優しく寂しげな声が微かに聞こえた気がした。