将来の王妃




「これ、やる」

 そう言って少年は彼女の左手を少し強引に引っ張ると、薬指に何かを嵌めた。
 それはシロツメクサで作られた指輪だった。指輪部分の茎が少しボロボロになっているところを見るに、相当奮闘したのだろう。その様子を想像してしまった彼女は思わず小さく笑った。

「ありがとう」
「今はそれしかおくれねーけど……次にわたすやつは絶対、本物のゆびわにする」
「これだけでも十分嬉しいよ?」
「ダメだ! オマエは将来、王であるオレとケッコンするんだ。そしたらオマエは王妃だ。だから王妃に相応しいゆびわを、オレがわたす」
「……ふふっ。ありがとう、王様」

 可愛らしい王様≠フ宣言に、彼女はまた小さく笑った。それは決して馬鹿にしているわけではない。ただ目の前にいる幼く可愛らしい王様≠ノ思わず小さく笑ってしまうほどの愛らしさを感じたからだ。しかしそれに王様≠ヘ気づくことはなく、自分の宣言を馬鹿にされたと思い込み、真剣そのものだった表情が見る見る不機嫌な表情へと変わっていった。

「オマエ、バカにしてんだろ」
「してないよ。笑っちゃったのはごめんね。イザナくんが可愛かったからつい」
「オレはかわいくねー。カッコいい、だろ?」
「そうね。かっこいい時もある」
「なんだよ。いつもじゃねーのかよ」
「私はかっこいいイザナくんも、可愛いイザナくんも、どっちも好きだけどなぁ」
「……これからはぜってーかわいい≠チて言わせねー。カッコいい≠チて言わせる」

 イザナの人形のように綺麗な顔は不機嫌の色一色で、眉間には皺まで寄っている。これは本格的に拗ねたな、と思った彼女は「楽しみにしてるね」と言って彼の頭を優しく撫でた。いつもだったらそれでイザナの不機嫌が少し落ち着いてくれていた。しかし今回だけは違っていた。

 パシッと頭を撫でていた彼女の手首を小さなその手で掴んだイザナは、そのままゆっくりと下に下ろすとクッと自分の方へと引き寄せた。引き寄せられたことで少しバランスを崩した彼女が少しだけ前のめりになると、それを狙っていたかのようにイザナが手を掴んでいないもう片手を彼女の頬に添えた。
 瞬間。彼女とイザナの距離はゼロになった。目を閉じる暇も与えられず、彼女は目を開いたまま彼の拙い触れるだけのキスを自身の唇で受けた。

「えっ――」
「ファーストキス、だろ」
「なんで、それを知って……」
「当たり前だろ。オレは王だからな、それくらい知ってンだよ」

 どこか満足げなドヤ顔をしている目の前の小さな王様。真っ赤な顔をしている彼女は目をパチパチと瞬かせ、言葉を失っていた。

「ゆびわはわたせねーけど、これなら今でもわたせる。もらっとけ」
「いや、でも――」
「うるせー。文句は聞かねーからな。オレがもう少し大きくなったら……今のオマエくらいになったら、必ずむかえに行く。それまでほかの男にシッポ振んなよ」
「な、に言って……!」
「オレは本気だ。本気でナマエのことが好き。絶対にオレの王妃にする。だからオレがもう少し大きくなるまで待ってろ、いいな?」

 有無を言わせない表情。真剣な瞳。それらを正面から受けた彼女は、頭では本気にしてはいけない≠ニ理性が警鐘を鳴らしながら叫んでいるのに、どうしてもそことは別のところが逆らえず、自身の頬に添えられた彼の手にそっと自分の片手を添え、頷いた。
 ダメだ。彼はまだ幼い、世界が狭いからこう言っているにすぎない。彼女の年上としての理性が連続で叫ぶ。頭の中では警鐘が鳴り響き続けているのに、彼女はそれに従うことができなかった。

「……うん」

 理性と心がぶつかり合った結果、唯一発せたのはその短い一言だった。だが、その短い一言であっても彼は満足だったようで、嬉しそうに微笑んだ。

 数年後、当時の彼女と同じ年齢になった彼が本当に彼女のことを迎えにくることを、今の彼女はまだ知らない。

「待たせたな、ナマエ。迎えに来た」