『ここ』に生きるお前へ



トクトク、と一定の間隔で震える心臓。それが今、ここで彼が生きていることを証明する確かな感覚だった。
生き残った彼は病室をこっそり抜け出すと、彼自身の運命をも変えた存在と出会った場所へと向かった。

そこに来るのはたった一人、自分だけだということは分かっている。だが、彼はきっと誰に問われても「ここには二人で来た」と答えるだろう。
なぜなら、彼の左胸には彼に「生きて」と言った彼女≠ェいるからだ。

「……次は、ちゃんと会いに行く」

彼は持ってきたギターケースを開き、中から愛用のアコースティックギターを取り出すと、彼女が好きだと言った歌を弾き語り始めた。

ギターを静かに鳴らし、その旋律に澄んだ歌声を乗せる彼の隣で、誰かが寄り添って幸せそうに微笑んだ。

◆◆◆ ◇◇◇

アイツと出会ったのは、オレがまだガキだった頃の夏の日だった。
まだ鶴蝶も来ていなかった頃だったから、多分オレが施設に来てすぐだったと思う。時期なんてよく覚えてないのに、アイツと出会った時のことは今もよく覚えているのだから面白いものだ。

アイツは夏空を背負って、空に浮かぶ入道雲みたいに真っ白なつばひろの、麦わら帽子のような帽子を被って、水色のワンピースを着ていた。ワンピースの裾を揺らす夏風がその帽子をさらってオレのところまで飛んできたのでキャッチすれば、帽子を追ってきた息を切らすアイツが遅れてやってきた。

「ぼうしっ」

フェンス越し。肩で大きく息をして、額に雨粒みたいな汗を浮かべたアイツ――ナマエは帽子を持ったオレに驚いたような戸惑ったような、なんとも言えない顔を向けてそう言った。
それがナマエとの出会いだった。

夏の青空がやけに似合うナマエは、最近体調を崩してこのフェンスの内側にある病院に入院したらしい。本人としてはすっかり元気になったと言っていたが、担当医の許可がまだ降りず、入院生活が続いているのだとナマエは不満気に話していた。

「あ、そうだ。帽子、取ってくれてありがと。よかったらフェンスの上からこっちに投げ入れてよ」
「ムチャ言うなよ。流石に投げ入れんのはムリだろ」
「じゃあ私がフェンスを越えて取りに行く」
「普通にこっちに来ればいーだろ」
「……前に抜け出したらバレて怒られちゃって」
「どんくせぇな」

そう言えばナマエはムッと表情を歪ませ、口を尖らせた。マンガみたいな表情をするヤツがいるなんて思わなかったオレが思わず笑えば、ナマエは更に不機嫌さを露わにした表情で「笑わないでよ!」とわざとらしい怒った声色で言ってきた。だがその後、すぐに機嫌を直したのかナマエも小さく吹き出して笑った。
多分その時、オレはナマエに惚れたんだろう。

「あ。なぁ、ここの穴。ここからなら帽子、渡せんじゃね?」

ふと見つけたのは、フェンスの金網部分の一角。ちょうど金網が破れて穴が空いていて、人は通れなさそうだったが、今手に持っている帽子くらいなら――少しかたちを崩すことになるものの――通せそうだった。
穴を見たナマエは、目を輝かせて数回頷いた後、その穴に腕を突っ込みオレの方へと目一杯手を伸ばしてきた。

「帽子、ちょうだい」
「そんなに大切なのかよ、これ」
「うん。だってその帽子、ずっと欲しかった帽子で、お母さんが昨日買ってきてくれたの。お気に入りだよ」
「ふぅん……」

その言葉に何だかモヤッとしたオレは、目一杯伸ばされたナマエの手に帽子を押し付けてやった。押し付けられたことで帽子のかたちがぐにゃりと曲がり、綺麗な半円を描いていた帽子の本体はべこりとへこんだ。
素材からしてそんな簡単にかたちが崩れることはなさそうだったものの、お気に入りだった帽子をそんな風に扱われたナマエは、今度は本気で怒った顔をしてオレの方を見た。

「ひどいっ!さいてーっ!」

今思えば、多分それはオレが母親からそういうプレゼントをまともに受け取ったことがなかったから故の嫉妬と、羨ましさからの行動だったと思う。だがそんなことを全く知らないナマエからすれば、ただの意地悪な男の子≠ノしか見えなかっただろう。

その瞳にうっすら涙を浮かべたナマエは、破れた金網の先に帽子を引っ掛けないように気をつけながら腕と共に穴から帽子を引き抜くと、怒りの感情が篭った視線をもう一度オレに向けてから病院の方へと駆けて行った。

ナマエのそんな姿を見たオレは、初めて少しだけ胸がチクリと痛んだ。だけどこういう時どうすればいいのか分からなかったオレは、小さくなるナマエの後ろ姿を見つめることしかできなかった。

  *

ナマエと出会ってからしばらく経った。オレは真一郎と会って度々施設の外に出るようになっていた。この頃には鶴蝶も施設に来ていて、オレの下僕≠ニして施設内ではよく一緒にいた。
ある時、オレはあの時からずっと胸に小さく刺さっていた痛みについて真一郎に聞いてみた。喉に引っかかった魚の骨のように、もどかしくて気になるこの痛みの正体を、もしかしたら真一郎が知っているんじゃないかと当時のオレは思ったのだ。
当時のオレに喧嘩も、笑うことも……今のオレの根底にある大半のものを教えてくれたのが真一郎だったから。

「なぁシンイチロー」
「なんだ?」
「オレさ、ずっとココが少しだけ痛いんだ」
「ココ、って心臓か?!も、もしかして病気とか――」
「ちげーよ。……近くにある病院、あるだろ。オレが一回運ばれた。オレがまだ施設に来たばかりの時、そこで一人の女と会ったんだけど、その時からずっとココが少しだけ痛いんだ」

その時の真一郎はかなり困惑した顔をしていたが、その後のオレの拙い説明から察したらしく、楽しげに笑ってオレの肩を抱いてきた。
カラン、とピアスが鳴る。それに重なって真一郎の嬉しそうな笑い声が耳元で聞こえた。

「そりゃアレだ。オマエはその女に惚れたんだろーよっ!いやー兄ちゃん嬉しいなぁ!ま、とりあえずもっかい会った時、初めて会った時のことを謝るところからだな」
「なんだよそれっ。オレがアイツに惚れたとか、ありえねーから」
「素直じゃねーなぁ。ニシシッ」

楽しげに笑ってオレの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる真一郎に当時は少しだけイラッとしたものの、どうしてか初めて聞く惚れた≠ニいう言葉が、胸に小さく刺さる魚の骨のような痛みと一緒にストンと胸の奥に落ちて取れた。

オレは真一郎からの愛しか知らない。そしてその愛は真一郎から与えられた愛だった。だからオレが誰かに愛を与えるとか渡すとか向けるとか、そういうことが全くもって想像がつかなかった。

分からない。全部が分からない。だけど何となく、イマイチ理解はできなかったその惚れたという言葉だけは、この胸にずっと刺さっていた痛みの原因になっていたことだけは何となく分かった。

真一郎とそんな話をした帰り、オレの足は自然とナマエと出会った病院の方へと向いていて、気づけばあの時出会った、穴の空いたフェンスの前に立っていた。
初めて会った時から一年くらいは経っていたから流石にいないだろうとは思っていた。だからここで待ったところで、庭にある人の中からアイツの姿を探すだなんて、やっても無駄だと頭では分かっていた。

だが真一郎から教えてもらった惚れた≠ニいう言葉がどうしてもオレの胸の内に残り、それが重石のようになってオレの体をその場に留まらせていた。
何となく視線を彷徨わせる。分かってる。またアイツに会えるわけない。期待などしていない。どうせアイツはオレのことなど忘れて、ムカつくほど元気になって、あのお気に入りの白い帽子を被ってこの病院から去っただろう。

「……クソ」

金網を片手で力一杯掴めば、カシャンと音が鳴った。ひしゃげることも破けることもない金網は、ただ掴んだオレの片手に冷たさと痛みを与えるだけだった。
やってられない。そう思ったオレが踵を返して帰ろうとしたその時、後ろからオレに向かって声が飛んできた。

「あっ!意地悪な銀髪の子っ!」
「あ?誰が意地悪な――っ!オマエ……もしかして、あの時の」

そこに立っていたのは、あの時は違った服装をしたナマエだった。当時お気に入りだと言っていた白い帽子の代わりに頭に乗っていたのは、臙脂えんじ色のベレー帽だった。あの時見た水色のワンピースは、今日はクリーム色長袖に明るい茶色のジャンバースカートに変わっている。

「またここで会うなんて偶然だね。元気にしてた?なんかあの頃よりおっきくなったね?」
「うるせぇ。会って早々に質問攻めしてくんな面倒くせーな」
「なにそれ。久々に会ったんだから質問攻めするのもおかしくないでしょ」

また素直にモノを言えなかったな、と思えば、なくなったはずの胸のチクリとした痛みが再び姿を現した。なんなんだ。
ナマエは楽しそうな笑みを浮かべながらフェンスのすぐ横にしゃがみ、フェンスに背を預けた。オレもそれを真似してしゃがみ、ナマエが背を預けた箇所を避けるようにしてフェンスに背を預けた。

「私ね、元気になったんだって。もう病院に入院する必要もないんだって」
「ふぅん。じゃあなんで今日ここにいんだよ」
「今日は定期検診だったんだ。今は年一回くらいのペースで定期的に通ってるんだよ」
「元気になったのに検診に行かないといけねーの?」
「うん。定期的に様子を見て、大丈夫か確認しないといけないんだってさ」

病院というのはケガをしたヤツや病気をしたヤツが世話になるところだ。だから『病院に行けば会える』なんて、本来は喜ぶべきものではなかった。だが当時、まだほとんど何も知らなかったナマエと会うには、この病院のフェンス前以外手段がなかった。
ガキだったオレには、『病院のフェンス前に行けばナマエと会える』という事実しか見えていなかったのだ。

「ねぇ、君の名前教えてよ」
「人に名前を聞くなら、まず自分からだろ」
「む……。じゃあ私から。私はミョウジ ナマエ。はい、じゃあ次は君の番ね」
「……イザナ」
「苗字は?」
「おしえねー」
「そ。じゃあイザナって呼ぶ。改めてよろしくね、イザナ」

その時のナマエの笑った顔は、今でも色褪せることはない。真一郎とも鶴蝶とも違う、見たことがない笑みだった。キラキラしているように見えて、それでいてどうしてか目が離せなくて、漠然と『いいな』と思った。
今なら分かる。オレはナマエの笑った顔が好きだった。初めて見て惚れた、笑った顔が。だからキラキラと眩しく見え、目が離せなかったのだ。

その日を境に、オレたちは年に一回は必ずそこで会うようになった。本当はもっと会いたかったが、ナマエの家は当時のオレでは行くことが難しいほど、この病院から遠くにあった。だからやっぱり、この病院の一角でしかオレたちは会うことができなかった。
幼い子供にとって一年という時間は途方もないくらい長かった。毎日カレンダーで今日の日付を確認し、その後に『ナマエと会える日』として赤丸を付けている日を見る。そしてその間にある残りの日数を数えていた。

「ねぇねぇ、また聞かせてよ。ギター」
「そういう気分になったらな」
「ケチー。あ、そしたらさ、次会う時に歌ってほしい曲があるんだ。えっとね……これ!」
「なんでオレがオマエのために練習しなきゃいけねーんだよ」
「だってイザナ、ギターも上手いし歌も上手いから。私、イザナのギターも歌声も大好きだから、聞いてみたいの。ね、お願いっ!」
「……仕方ねぇな」

まだ弾き始めたばかりだったギターと、やり始めたばかりの歌をナマエに「好き」と言われたのが嬉しくて、オレは毎日ギターを練習した。ナマエからもらったCDを何回も聴いて音を覚え、歌詞カードを見て歌を覚え、次の年にナマエの前で弾き語りをしたら、凄く喜んでくれた。
それからナマエと会う日には、ギターも一緒に持っていき、弾き語りをするようになった。ナマエが好きだと言った曲をやる時もあれば、オレが好きで練習していた洋楽をやる時もあったが、何をやってもナマエは喜んでくれた。

小学生のガキから中学生になった頃、オレはネンショーに入った。その間もカレンダーを見ては、ナマエと会える日までの日数を数えていた。度々周りのヤツらからそのことに関して、バカにするようなことを言われたこともあったが、ソイツらは全て叩き潰してやった。どこの誰であろうと、そのことを笑うヤツらは生かしておけないと思うくらい苛立った。

ネンショーを出た年の会う日、オレはバイクを飛ばして会いに行った。久々に会ったナマエは、オレの記憶の中のナマエよりも大きくなっていて、少しだけ大人びているように見えた。
オレが「久しぶり」と言えば、ナマエは怒った顔で「今までどこに行ってたの?!心配したんだから!」と言った。それがどこか叫んでいるようにも思えて、同時にそこまでオレのことを考え、そして待っていたのだと思い、胸が躍った。
真一郎と全然違うのに、怒るほどオレを待っている人がいる。それが、他でもないナマエであること。それが本当に嬉しかった。

それから時が経ち、オレは真一郎と喧嘩し、仲直りもせずにそのまま失い、空虚になった。そして天竺を立ち上げオレの愛を奪ったヤツマイキーを潰そうと抗争を起こした。
その間も、オレはナマエに会うために病院に通っていた。だがちょうど真一郎と喧嘩をした年から、ナマエはフェンスの前に姿を表すことはなかった。どれだけ待っても、どれだけ通っても、ナマエは姿を現さなかった。
その時、オレは『ナマエもまた、オレを捨てた』のだと思った。本当は違って、別の理由があったことを知ったのは、オレが『負けた』後だった。

「目が覚めましたか」

横浜第七埠頭でマイキーたち東卍と抗争を起こしたオレたち天竺は、オレと鶴蝶の敗北により負けた。重症だったオレと鶴蝶は近くの病院へ運び込まれ、緊急手術を受けた。
危険性としてはオレの方が高く、必要な輸血量も多い上に後に心臓移植が必要だった。
一度目の手術を終え、落ち着いたところで心臓移植のための二回目の手術が行われた。

長い時間だった。目を覚ませば、そこは撃たれたあの日から半年以上経っていて、オレよりずっと早く目覚めていた鶴蝶が、オレのベッド横で情けないツラをして座っていた。目を覚ましたオレを見た時、アイツはガキみたいにボロボロ泣いていたのをよく覚えている。
目を覚ましてから、移植した心臓の調子を見ながら、寝ていた間に失った体力や筋力、そして内臓機能を取り戻すためのリハビリなどで長らく入院生活をした。

リハビリのおかげで外を出歩けるようになり、知った。オレが入院していた病院は、ナマエが通院していた病院だった。病院を出て少し歩いた時、そこがかつて、オレがフェンス越しに見ていたナマエの背景とそっくりだったのだ。
『もしかしたら、またナマエに会えるかもしれない』そう思った。アイツを探し、再会し、そして聞こうと思ったのだ。『どうしてオレを捨てたんだ』と。

「ナマエさん、ですか」
「この病院に通っていたはずだろ」
「えぇ、通っていましたよ」
「今は――」
「死んじゃったよ。少し前に」

オレの担当だったナースにナマエのことを聞いていると、横からガキの声がした。そちらを見ると、車椅子に乗った小学生くらいのガキがいた。
ガキの言葉に、目の前のナースが少し焦ったような表情をしてガキの名前を呼んだ。ガキはその言葉を無視してオレに向けて手招きした。
コイツが何か知っているのかもしれない。そう思って近くに行けば、ガキは「ここじゃお話できないから、今から言う場所に一緒に行ってほしい」と言われ、渋々ソイツの車椅子を押しながら、言われた場所へと向かった。

「ここがナマエお姉ちゃんの居たベッドだよ」

着いた場所は、誰もいない、窓際のベッドの前だった。患者名が書かれたカードが入れられている場所には何も入っていない。本当にここにアイツが、ナマエがいたのか。と疑っていると、それに気づいたのか、ガキが話を始めた。

「ナマエお姉ちゃんね、元々身体があんまり丈夫じゃなかったんだって。ちっちゃい頃ここに入院してて、一回退院したけど、大きくなったらまたダメになっちゃって入院したんだって言ってた」
「……ナマエは、どこが悪かったんだ」
「僕もよく分からない。ナマエお姉ちゃんも先生も、さいごまで教えてくれなかったから。……お兄ちゃん、前に救急車で運ばれてきた人だよね?お兄ちゃんが運ばれてきた時、ナマエお姉ちゃんはほとんど寝ていることが多かったんだけど、その時だけは起きてて、お兄ちゃんのことすごく心配してた」

コイツの話によると、ナマエは治療の難しい病気だったらしく、オレがここに運び込まれた時には死の瀬戸際だったらしい。そのため寝ていることが多く、目を覚ましていることの方が珍しかったらしい。だがオレがここに運ばれた時、ナマエは珍しく目を覚ましていて、コイツに言ったそうだ。「ここに、私の大切な人が運ばれる夢を見た」と。

「その後、お姉ちゃんは先生にお兄ちゃんのことを聞いて、助かったけど新しい心臓が必要だっていうのを聞いてね、『もし適合するなら、私の心臓を彼に移植してください』って言ってた。……だから多分、お姉ちゃんの心臓は今、お兄ちゃんの中にあるんだと思う。先生はみんなの『さいごのおねがい』をちゃんと聞いてくれるから」
「……ナマエの、心臓が、ここに――」
「お姉ちゃんね、お兄ちゃんに生きていて欲しかったんだって。だから自分の心臓をあげたかったんだって、言ってた。……お姉ちゃんは今、お兄ちゃんの中で、お兄ちゃんと一緒に生きてるよ」

鼓動が響く胸が酷く痛く感じた。ドクン、と脈打つと同時に痛みが走るような、そんな気がした。でも実際は痛みなんて欠片も走っていない。ただ、一瞬だけ痛みと勘違いするくらい、心臓の鼓動が響いているだけだ。
アイツは、ナマエは確かに死んだ。だけど今、ナマエは、ナマエの心臓は、オレのこの胸の中にあって、移植されたあの瞬間から今に至るまで、オレの命を続かせている。そしてきっと、この先もナマエの心臓は動き、オレの命を生かし続けるのだ。

「オマエ、名前は」
「トワ」
「トワ、か。覚えておいてやる。それから、ナマエの最期を教えてくれたことも、感謝しといてやる」



トクトク、と一定の間隔で震える心臓。それが今、ここでオレが生きていることを証明する確かな感覚だった。
オレは病室を抜け出すと、自身の運命をも変えた存在と出会った場所へと向かった。

そこに来るのはたった一人、自分だけだということは分かっている。だが、オレはきっと誰に問われても「ここには二人で来た」と答えるだろう。
なぜなら、オレの左胸にはオレに「生きて」と言ってくれたナマエ≠ェいるからだ。

「……次は、ちゃんと会いに行く」

オレは抜け出す時に一緒に持ってきたギターケースを開き、中から愛用のアコースティックギターを取り出すと、ナマエが好きだと言った歌を弾き語り始めた。
目を伏せ、ギターを静かに鳴らし、その旋律に声を乗せるオレの隣に、誰かが寄りかかる気配がした。その微かな気配に、オレは一瞬、小さく微笑みかける。

トクン、と心臓が鳴った。