怖い貴方の隣に並ぶ
少し前に彼から“付き合ってよ”と言われ、気づけば早1ヶ月。
未だ彼のことは怖くて、彼女は毎度連絡が来るたびに震えて対応をしていた。
今日もまた彼からの連絡を受けて、彼がリーダーを務めるチームのアジトへと来ていた。
今いるのはそのアジト内にある彼専用の部屋にあるソファの上。ソファの真ん中に座る彼と取れるだけ距離を取ろうと、ソファの隅っこに寄って彼女は座っていた。
「なぁ、なんでそんなところにいるの?」
「えっ。い、いやー……特に意味はないよ?ここに座りたいなーって思ったから座ってるだけで……」
「お前、誤魔化すならもう少し上手くやれよ」
そう言われたナマエは、恐怖でビクッと体を震わせてからそそそ、と彼との間にあった小さな距離を縮めた。
そんな彼女の反応を見た彼は、あからさまに不機嫌だという目をして彼女の肩を抱いて自分の方へと引き寄せた。
「お前、いつもそんな感じだよな。オレが声をかけたり、少し触れたり、何だったら視線をやっただけでそうやって身体を震わせてさ」
「ただビビりなだけだよ〜。すぐびっくりしちゃうだけで――」
「嘘。お前嘘吐くの本当に下手だよな、分かりやすすぎ」
肩を抱いていた手を移動させて彼女の頭を撫でる。自身の肩にイザナの腕があるだけでも怖いのに、頭には彼の手がある。
彼の強さをよくよく知っているからこそ、少しでも彼の機嫌を損ねたら、非力な自分は赤子の手を捻るくらい簡単に殺されてしまう。そんな恐怖がナマエの中にあった。
「何がそんなに怖いんだよ」
「え?」
「顔に書いてあんだよ、“怖い”って」
「そ、そんなわけないじゃん。好きな人のことを怖いだなんて思わないよ、暴力受けてるわけでもないし……」
事実と嘘を織り交ぜた言葉は、さらに彼を不機嫌にさせた。
彼は知っていた。ナマエが自分を怖がっていることも、怖かったから自分の告白を受け入れたことも。
それでも、イザナは彼女のことを好いていた。それはもしかしたら執着とも言えるかもしれないが、それでもそこに好意はあった。
◆◆◆ ◇◇◇
それは昔、イザナがまだ幼い頃のことだった。
まだ力がなかった彼が、複数人の同い年くらいの男からリンチを受けた。ボロボロの状態で1人残された彼は身体のあちこちが痛み、その場から動けなくなっていた。
そんな彼を見つけたのがナマエだった。
ナマエはイザナの姿を見るやいなや、一目散に近くのドラッグストアに駆け込んで、消毒液などの分かる範囲での応急手当ての道具を買って彼の元へと戻ってきた。
「まずは救急車呼んでから……」
彼女は急いで救急車を呼び、その先にいるオペレーターに“自分に何かできることはないか”と聞いた。
その後、オペレーターの指示を聞いて分かるだけの状況説明をしながら、擦り傷の手当など彼女にできるだけのことをした。
そんな彼女の行動に疑問を抱いた彼が、彼女に声をかけた。
「……ん、で」
「どうしたの?どこか痛い?」
「なんで、こんなこと……してくれんの」
「私、夢がお医者さんなんだ。だから、ボロボロになっているあなたを放ってなんておけなかったの。お医者さんだったら、怪我をした人がいたら助けるでしょ?」
そう言って彼女は笑った。
その笑顔が朦朧とする意識の中でも、彼の記憶に色濃く焼きついたのだ。
その後、お礼参りをしたり少年院に入ったりと様々なことがあり、気づけば自分を助けてくれた彼女との出会いから数年経っていた。
少年院から出た後、彼は記憶に焼きついた彼女の姿を探した。
彼女と初めて会ったところ、その周辺……あちこち探してみたものの、彼女らしき人を見つけることができなかった。
それでも、名前も知らない彼女の存在と彼女への想いは、彼の中で時を重ねるごとにどんどん大きくなっていった。
そんな彼女を見つけたのは、自身に沢山のことを教えてくれた真一郎を失い、空虚となってしばらく経ってからのことだった。
その日はたまたま近辺の学校の通学路となっている道を走っていた時のことだった。
ちょうど彼がいた車道の隣に設置された歩道を、下校途中の学生たちがわいわい話しながら歩いていた。その中に、記憶に焼きついた笑顔と同じ笑顔をした女子を見つけた。
彼女が友人たちと別れ、1人路地に入ったのを確認して同じ路地へ入る。彼女が逃げようとしていることを察したイザナは、その足を止めるために声をかけた。
「なぁ、そこのお前。ちょっといいか?」
バイクに乗ったまま声をかけると、彼女はビクリと肩を跳ねさせてからゆっくりとイザナの方を向いた。
彼がニコリと笑いかければ、彼女の顔は恐怖と困惑の色で染まった。
「そんなに怖がるなよ。別に取って食うわけじゃねぇし」
「な、なんの用ですか?」
「ずっとお前のことを探してたんだよ」
「どこかでお会いしましたっけ……?」
「覚えてねぇ?昔ボロッボロの男の子を手当てしたこと、あるだろ?」
「……もしかして、あの時の?」
「そ。あの時お前が手当てしてくれた“男の子”がオレ。オレの名前は黒川イザナ。お前の名前は?」
「私はナマエ、です」
「ナマエか。……ねぇナマエ、オレと付き合ってよ」
◆◆◆ ◇◇◇
その日から、彼と彼女は“恋人”となった。
自分が助けてもらったあの日から、自身がずっと彼女に抱いていた想いが“好意”だったのだと分かったのもこの時だった。
再会当時から今まで、彼女が自分に恐怖を抱いているのは分かっていた。ここまであからさまな行動をされれば誰だって分かるもの。
それでも、彼は彼なりにナマエを大切にしてきていた。
だがそろそろ限界だ。
「オレはオレなりにお前のことを大切にしてきたつもりだし、愛してきたつもりだけど、それでもお前はずっとオレに恐怖を抱いてるだろ?」
「だから、恐怖なんか――」
「オレはあの時からずっと、お前のことが好きなんだよ。いい加減信じろ。オレはお前を手にかけねぇ」
そう言うと、ナマエは黙って俯いた。
ここまで言っても自分の想いが伝わらなかったのか、そう思ったイザナがその場から離れようとした時、彼女が自分の手を掴んだ。
「今まで、ごめんね」
小さくて震えた声。それは確かに彼の耳に届いた。
立ち上がろうとして浮かせた腰を再び下ろし、彼女の方を見る。彼女は今もなお俯いたままだが、掴んだ手は離さないままであった。
「イザナの言う通り、私はずっとイザナのことが怖かった。仲間であっても平気で殴ったりするし、仲間以外の人にだって暴力振るってたし……。私も、イザナの気分を害したりしたらその矛先を向けられるんじゃないかって思ってた」
手を掴んでいる彼女の手が震えている。その上にぽたりぽたり、と彼女の涙が落ちた。
彼女の泣いた姿を見たのは初めてだったイザナは、驚いて目を見開くと、ぎこちない手付きで俯く彼女の顔を上へ向け、その頬に流れる涙を指で拭った。
潤む彼女の瞳が自分を映す。それだけで何だか言葉にできないものが彼の胸をざわつかせた。
「好きとか、そういうのも言われなかったから、余計に怖かった。だけど、今イザナの気持ちを聞いて、イザナが本当に私のことを好きだってことが分かった。私のことを大切にしてくれていたんだって分かった」
「やっとか、遅ぇんだよ」
「ごめん……だけどもう怖くないよ。……喧嘩とかそういうのは怖いけど。イザナの想いが分かったから、もう怖くない」
そう言って彼女は微笑んだ。
イザナは彼女を抱きしめ、彼女の耳元で囁くように質問をした。
「オレの想いを聞いた今、ナマエはオレのことどう思ってんの?」
「他の誰よりも美青年で、喧嘩が強い人、かな」
「んだそれ、好きじゃねぇの?」
「……さっきの言葉を聞いてキュンとはした」
「はぁ?」
「やっと好きになれたんだと思う」
「……やっとかよ」
「ごめんね、遅くなって」
「別にいい。お前の心までオレのものになったからな」
「なんかそれ怖い」
「事実だろ?」
「うーん、まぁ。他の人のところに行く気はないかも」
そう言ってナマエはイザナの体に腕を回して抱きついた。
「改めて、これから宜しくね。イザナ」
「あぁ。取り敢えず、今までずっとオレの気持ちに応えてこなかった分、応えてもらうから覚悟しておけよ」
「えっ」
腕の中で慌てる彼女を抱きしめながら、彼は満足そうに笑ったのだった。
未だ彼のことは怖くて、彼女は毎度連絡が来るたびに震えて対応をしていた。
今日もまた彼からの連絡を受けて、彼がリーダーを務めるチームのアジトへと来ていた。
今いるのはそのアジト内にある彼専用の部屋にあるソファの上。ソファの真ん中に座る彼と取れるだけ距離を取ろうと、ソファの隅っこに寄って彼女は座っていた。
「なぁ、なんでそんなところにいるの?」
「えっ。い、いやー……特に意味はないよ?ここに座りたいなーって思ったから座ってるだけで……」
「お前、誤魔化すならもう少し上手くやれよ」
そう言われたナマエは、恐怖でビクッと体を震わせてからそそそ、と彼との間にあった小さな距離を縮めた。
そんな彼女の反応を見た彼は、あからさまに不機嫌だという目をして彼女の肩を抱いて自分の方へと引き寄せた。
「お前、いつもそんな感じだよな。オレが声をかけたり、少し触れたり、何だったら視線をやっただけでそうやって身体を震わせてさ」
「ただビビりなだけだよ〜。すぐびっくりしちゃうだけで――」
「嘘。お前嘘吐くの本当に下手だよな、分かりやすすぎ」
肩を抱いていた手を移動させて彼女の頭を撫でる。自身の肩にイザナの腕があるだけでも怖いのに、頭には彼の手がある。
彼の強さをよくよく知っているからこそ、少しでも彼の機嫌を損ねたら、非力な自分は赤子の手を捻るくらい簡単に殺されてしまう。そんな恐怖がナマエの中にあった。
「何がそんなに怖いんだよ」
「え?」
「顔に書いてあんだよ、“怖い”って」
「そ、そんなわけないじゃん。好きな人のことを怖いだなんて思わないよ、暴力受けてるわけでもないし……」
事実と嘘を織り交ぜた言葉は、さらに彼を不機嫌にさせた。
彼は知っていた。ナマエが自分を怖がっていることも、怖かったから自分の告白を受け入れたことも。
それでも、イザナは彼女のことを好いていた。それはもしかしたら執着とも言えるかもしれないが、それでもそこに好意はあった。
◆◆◆ ◇◇◇
それは昔、イザナがまだ幼い頃のことだった。
まだ力がなかった彼が、複数人の同い年くらいの男からリンチを受けた。ボロボロの状態で1人残された彼は身体のあちこちが痛み、その場から動けなくなっていた。
そんな彼を見つけたのがナマエだった。
ナマエはイザナの姿を見るやいなや、一目散に近くのドラッグストアに駆け込んで、消毒液などの分かる範囲での応急手当ての道具を買って彼の元へと戻ってきた。
「まずは救急車呼んでから……」
彼女は急いで救急車を呼び、その先にいるオペレーターに“自分に何かできることはないか”と聞いた。
その後、オペレーターの指示を聞いて分かるだけの状況説明をしながら、擦り傷の手当など彼女にできるだけのことをした。
そんな彼女の行動に疑問を抱いた彼が、彼女に声をかけた。
「……ん、で」
「どうしたの?どこか痛い?」
「なんで、こんなこと……してくれんの」
「私、夢がお医者さんなんだ。だから、ボロボロになっているあなたを放ってなんておけなかったの。お医者さんだったら、怪我をした人がいたら助けるでしょ?」
そう言って彼女は笑った。
その笑顔が朦朧とする意識の中でも、彼の記憶に色濃く焼きついたのだ。
その後、お礼参りをしたり少年院に入ったりと様々なことがあり、気づけば自分を助けてくれた彼女との出会いから数年経っていた。
少年院から出た後、彼は記憶に焼きついた彼女の姿を探した。
彼女と初めて会ったところ、その周辺……あちこち探してみたものの、彼女らしき人を見つけることができなかった。
それでも、名前も知らない彼女の存在と彼女への想いは、彼の中で時を重ねるごとにどんどん大きくなっていった。
そんな彼女を見つけたのは、自身に沢山のことを教えてくれた真一郎を失い、空虚となってしばらく経ってからのことだった。
その日はたまたま近辺の学校の通学路となっている道を走っていた時のことだった。
ちょうど彼がいた車道の隣に設置された歩道を、下校途中の学生たちがわいわい話しながら歩いていた。その中に、記憶に焼きついた笑顔と同じ笑顔をした女子を見つけた。
彼女が友人たちと別れ、1人路地に入ったのを確認して同じ路地へ入る。彼女が逃げようとしていることを察したイザナは、その足を止めるために声をかけた。
「なぁ、そこのお前。ちょっといいか?」
バイクに乗ったまま声をかけると、彼女はビクリと肩を跳ねさせてからゆっくりとイザナの方を向いた。
彼がニコリと笑いかければ、彼女の顔は恐怖と困惑の色で染まった。
「そんなに怖がるなよ。別に取って食うわけじゃねぇし」
「な、なんの用ですか?」
「ずっとお前のことを探してたんだよ」
「どこかでお会いしましたっけ……?」
「覚えてねぇ?昔ボロッボロの男の子を手当てしたこと、あるだろ?」
「……もしかして、あの時の?」
「そ。あの時お前が手当てしてくれた“男の子”がオレ。オレの名前は黒川イザナ。お前の名前は?」
「私はナマエ、です」
「ナマエか。……ねぇナマエ、オレと付き合ってよ」
◆◆◆ ◇◇◇
その日から、彼と彼女は“恋人”となった。
自分が助けてもらったあの日から、自身がずっと彼女に抱いていた想いが“好意”だったのだと分かったのもこの時だった。
再会当時から今まで、彼女が自分に恐怖を抱いているのは分かっていた。ここまであからさまな行動をされれば誰だって分かるもの。
それでも、彼は彼なりにナマエを大切にしてきていた。
だがそろそろ限界だ。
「オレはオレなりにお前のことを大切にしてきたつもりだし、愛してきたつもりだけど、それでもお前はずっとオレに恐怖を抱いてるだろ?」
「だから、恐怖なんか――」
「オレはあの時からずっと、お前のことが好きなんだよ。いい加減信じろ。オレはお前を手にかけねぇ」
そう言うと、ナマエは黙って俯いた。
ここまで言っても自分の想いが伝わらなかったのか、そう思ったイザナがその場から離れようとした時、彼女が自分の手を掴んだ。
「今まで、ごめんね」
小さくて震えた声。それは確かに彼の耳に届いた。
立ち上がろうとして浮かせた腰を再び下ろし、彼女の方を見る。彼女は今もなお俯いたままだが、掴んだ手は離さないままであった。
「イザナの言う通り、私はずっとイザナのことが怖かった。仲間であっても平気で殴ったりするし、仲間以外の人にだって暴力振るってたし……。私も、イザナの気分を害したりしたらその矛先を向けられるんじゃないかって思ってた」
手を掴んでいる彼女の手が震えている。その上にぽたりぽたり、と彼女の涙が落ちた。
彼女の泣いた姿を見たのは初めてだったイザナは、驚いて目を見開くと、ぎこちない手付きで俯く彼女の顔を上へ向け、その頬に流れる涙を指で拭った。
潤む彼女の瞳が自分を映す。それだけで何だか言葉にできないものが彼の胸をざわつかせた。
「好きとか、そういうのも言われなかったから、余計に怖かった。だけど、今イザナの気持ちを聞いて、イザナが本当に私のことを好きだってことが分かった。私のことを大切にしてくれていたんだって分かった」
「やっとか、遅ぇんだよ」
「ごめん……だけどもう怖くないよ。……喧嘩とかそういうのは怖いけど。イザナの想いが分かったから、もう怖くない」
そう言って彼女は微笑んだ。
イザナは彼女を抱きしめ、彼女の耳元で囁くように質問をした。
「オレの想いを聞いた今、ナマエはオレのことどう思ってんの?」
「他の誰よりも美青年で、喧嘩が強い人、かな」
「んだそれ、好きじゃねぇの?」
「……さっきの言葉を聞いてキュンとはした」
「はぁ?」
「やっと好きになれたんだと思う」
「……やっとかよ」
「ごめんね、遅くなって」
「別にいい。お前の心までオレのものになったからな」
「なんかそれ怖い」
「事実だろ?」
「うーん、まぁ。他の人のところに行く気はないかも」
そう言ってナマエはイザナの体に腕を回して抱きついた。
「改めて、これから宜しくね。イザナ」
「あぁ。取り敢えず、今までずっとオレの気持ちに応えてこなかった分、応えてもらうから覚悟しておけよ」
「えっ」
腕の中で慌てる彼女を抱きしめながら、彼は満足そうに笑ったのだった。