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店内に入ると、ゆったりとした音楽が流れていて二人の疲れを少しだけ癒した。店員を探して彼女が少し頭を動かすと、それに気づいた店員が二人の元にやってきた。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「かしこまりました。お席へご案内いたしますね」
黒を基調とした制服に身を包んだ店員に席へと案内される。二人が店員の後に着いていこうと左手側に体を向けた時、ようやく店内の雰囲気が分かった。
出入り口から入ってすぐだと、丸みを帯びたフォルムの喫茶店らしいカウンター用の椅子が並んでいるところ、そしてカウンター内でせっせとコーヒーを淹れている店員の姿くらいしか見えなかった。しかしここはそんなただの純喫茶ではなかった。
今二人の視界に広がる二名以上向けの席がある空間の壁にはずらりと絵画が飾られており、アンティークな背の高い振り子時計や、よく分からない置物などが置かれていた。
「よろしければこちらの席をご利用くださいませ」
「ありがとうございます」
「ただいまお水とお手拭きをお持ちいたします。失礼いたします」
店員が小さく頭を下げてその場を去る。その直後、イザナが案内された席の奥、ソファ席に向かい、荷物を先に奥の方へ押しやってからドカリと座った。
ちょうど彼女が席に着いたところで先ほどの店員が水の入ったグラスと使い捨ての手拭きを二つずつ持ってこの席へとやってきた。二人の前にそれを置くと、店員は再びこの場を去り、今度は別の席の注文を取りに行った。
「なんかここ、すごいね」
「そうだな」
「大丈夫? 休めそう? なんなら別のところにしても……」
「問題ねぇ。それにここも、悪くはない」
「そう。ならよかった」
二人はテーブルの上に置かれていた写真付きのメニュー表を見た。カレーやハンバーグなどのメイン料理から、ワッフルやケーキなどのデザート類まで載っており、お腹が空いている二人にはどの料理もとても美味しそうに見えた。
「どれも美味しそうだね。イザナは何がいい?」
「……ハッシュドビーフ」
「美味しそう! じゃあ私はこのハンバーグにしようかな」
二人はそれぞれ食事とセットドリンクを注文した。注文は先ほど二人を案内した店員が受けていて、注文を繰り返して確認した後「少々お待ちくださいませ」と言ってカウンターの方へと向かっていった。
注文を終えた二人はそれぞれの前に置かれた水を一口飲んで一息付くと、改めて店内をぐるりと見回した。レトロな雰囲気がありつつも、あちこちに飾られた作品たちがそれだけではない独特の雰囲気を作り出している。
そして店内に流れるジャズらしき優しいインストゥルメンタルの音楽が店内全体の空気に最後の彩を加えて居心地の良さを作り出していた。
「ここ、おしゃれでいい感じだね」
「……あぁ、そうだな」
イザナはふっと遠くの壁に飾られた作品に視線を投げ、彼女の言葉にそう返答した。彼の表情を見た彼女は、店に入るまであった疲労の色が少し薄まっているのが分かり、小さく微笑んだ。
「でもさ、ここの雰囲気とイザナってなんか合ってるね」
「そうか?」
「うん。なんかさ、上手く言えないんだけど……このお店独特の雰囲気と、イザナの雰囲気の相性がいいなぁって思って」
彼女はおもむろに自身の隣の座席に置いていたカバンを漁り始めた。カバンの中から取り出したのは黒の本体の中央部分をぐるりと一周するかたちで緑色の紙製の外装が巻かれたインスタントカメラ……の色違いだった。
そのインスタントカメラは一般的に緑系の外装のものが多いのだが、彼女が取り出したのは緑色ではなく、真っ赤な色をしたものだった。
「見てこれ。たまたま売ってたの見つけて買ってきたんだ」
「なんだそれ」
「去年発売されたばかりの、日付が入るタイプのカメラ。ねぇ、早速一枚写真撮ってもいい?」
「……好きにしろ」
「ありがとう!」
彼女は早速カメラを構え、ファインダー越しに被写体であるイザナを見た。ファインダーという枠に収まった彼の姿を見た彼女は、思わずその画に魅入ってしまい、つい心の声が口から零れた。
「……本当に綺麗だね。イザナって」
「何バカみたいなこと言ってんだ」
そう言いつつも、イザナは少しだけ口角を上げて笑った。はたから見れば嘲笑しているようにも思えるその笑みは、ずっと隣にいて彼を見続けた彼女からすれば『照れた時の笑み』であることが明白だったため、彼女もつられて小さく微笑んだ。
「それじゃあいくよー。はい、チーズ」
カチッという小さなシャッター音、その後にジジジ、というフィルムを巻き上げる音が鳴る。彼女はカメラをカバンの中にしまうと嬉しそうに微笑んだ。
「お待たせいたしました」
彼女がちょうどカバンにカメラをしまったところで二人が注文したランチのセットドリンクが到着した。彼女が注文したのは緑茶、イザナが注文したのはアイスコーヒーだ。
それぞれのドリンクが二人の前に置かれると、一拍おいてメインであるハンバーグとハッシュドビーフが運ばれてきた。
彼女の注文したハンバーグはキノコをふんだんに使ったデミグラス仕立てのソースがかかっており、ハンバーグの隣には千切りにされた野菜が小さな山の形に盛られていて、鮮やかな黄色のドレッシングがかけられている。
一方イザナの注文したハッシュドビーフは、粒立った白米の上に、真っ白な大皿の半分を埋める程ルゥがかけられていた。そして彼女のハンバーグと同様に、ご飯の隣に千切り野菜が盛られていて、黄色のドレッシングがかけられていた。
「わぁ……! 美味しそうだね!」
「あぁ」
「ご注文のお品は以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「では伝票をこちらに失礼します。ごゆっくりどうぞ」
店員が伝票をテーブルの上に置いて去っていく。彼女はナイフとフォークを、イザナはスプーンを手に取ると、「いただきます」と言って食べ始めた。