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「……美味しいっ!」
「……旨いな」
ハンバーグはナイフの先を入れただけで肉汁が溢れてきた。一口大に切って口に含めば、溢れ出なかった肉汁が口の中いっぱいに広がっていった。肉の持つ甘さとデミグラスソースの相性はバッチリで、キノコが風味と肉にはない食感を加えて更に美味しくさせていた。
彼女はあまりの美味しさに思わず持っていたナイフを置いて、頬に手を当てる。人というのは美味しいものを食べると本当に頬に手を当てるんだな、と彼女は思った。
ハッシュドビーフの方は、じっくり煮込まれた肉が口の中でほろほろと崩れた。肉や野菜の旨味がしっかり溶け込んだ深みのあるルゥと、柔らかすぎない丁度良い固さの白米の相性が抜群で、鼻から抜ける風味も含めてとても美味しかった。その美味しさはイザナも認めたようで、無意識にか口角が少し上がっていた。
「ねぇ、イザナも一口食べない?」
「よこせ」
彼女がハンバーグを再び一口大に切り、近くにあったキノコをその一切れに乗るサイズに切り分ける。器用に切り分けたキノコをハンバーグに乗せてフォークで刺すと、ナイフを置いて代わりに手でお皿を作り、下に落ちないように気をつけながらイザナの方へと運んだ。
「はい、あーん」
「……ん」
まるで付き合いたてのカップルのようだ。なんて思いつつ、彼女はイザナの口へハンバーグを運び入れた。
「どう?」
彼女が味の感想を聞いた。イザナはハンバーグを飲み込んでから「旨い」と答えた。その返答を聞いた彼女は嬉しそうに微笑んで「だよね!」と返した。
「ん」
「え?」
「口、開けろ」
唐突にイザナからそう言われた彼女は少し戸惑いつつも口を開いた。すると彼は彼女の口に白米とハッシュドビーフが乗ったスプーンが入れた。彼も自身が美味しいと思った料理を彼女に共有したいと思った故の行動だったが、いかんせん今も昔も彼は少し言葉が足りないところがあるので、今のように一見するとまるでなんの脈絡もないようになってしまうのだ。
「……これも美味しいね!」
「だろ」
「一口くれてありがとう」
「……別に。お前からももらったから」
そう言ってイザナは自分の食事に視線を戻して黙々と食べ始めた。彼女は愛おしそうに少し目を細めてそんな彼を見た後、自身も手元のハンバーグに視線を戻して食事を再開した。
* * *
「ご馳走様でした」
「……ごちそうさまでした」
食事を終えた二人は先ほどよりも店内が混んできたことに気付き、荷物を持って店を出ることにした。
レジで会計を済ませて外に出る。入った時よりもいくばくか高くなった太陽から、少し暑いくらいの光が二人に降り注ぎ、店内の冷房で少し冷えた体を暖めた。
「ちょっとお高かったけど、値段に見合った味と量だったね」
「観光地だから高かったんだろ、観光客から金を取るためにな。……まぁ味も量も、悪くはなかった」
「それはそうかもしれないけどさ〜。ま、美味しかったんだしそれで良しってことで」
二人は再びキャリーケースをガラガラと引きながら目的地の旅館を目指して歩き始めた。
歩道に沿ってしばらく歩いていると、人で賑わっているお店が見えてきた。近づいていくと、ほのかに揚げ物の匂いがしてくる。
「なんだろう?」
「あれじゃね?」
「なんか、変わった名前だね。土地名が入ってるんだ」
人で賑わっていたお店はどうやら練り物などが売りのお店だったらしく、一押し商品なのであろう、この土地の名前がついた揚げ物の名前が書かれたのぼりが立っているのが見えた。
ついさっき食事を終えたばかりだった二人は初めて聞くそれにほんの少し興味を惹かれつつも、人混みを分けいるようにして先へと進んでいった。人混みを抜けた先にはまた別のカフェがあり、そこも人で賑わっている。
「次、左だろ」
「あっ……うん、そう。確かこのカフェの前の横断歩道を渡るの」
事前に二人で駅から旅館までの道のりを確認していたことが功を奏した。彼女が真っ直ぐ進むのか、横断歩道を渡って左に進むのかを悩んだところでイザナが声をかけた。おかげで彼女は間違って真っ直ぐ進むことはなかった。
「ありがとう。イザナのおかげで助かっちゃった」
「お前のことだからどうせ浮き足立って間違えるだろうと思ってただけだ」
「素直じゃないなぁ」
そんなやり取りをしながら横断歩道を渡り、正面のカフェの右側にある道を進む。途中で道は橋に変わり、下には穏やかに流れる川が見えた。
川を眺めつつ更に進むと、橋の先にあったのは少しだけ和の雰囲気のある静かな道だった。この辺は旅館の通りなのだろう。先ほどまでいた大通りのような雰囲気はなく、喧騒から少し切り離されているように思えた。
「あの旅館を左に曲がれば……あっ! あった!」
「やっとか」
正面に見えてきた旅館を左に曲がると、すぐに目的地であった旅館の看板が見えた。この旅館はかなり評判が良い、かつそれなりの値段のするところで、今回泊まることになった客室は、かたやまだ学生、かたやまだ働き始めてすぐである二人が泊まるには少しお高い部屋だった。
「写真で見た感じだとすっごくおしゃれで広そうだったし、楽しみだね!」
「元気だな、お前」
「そりゃそうだよ! だって初めて一緒にお泊まり旅行するってだけで嬉しいし、泊まる部屋もすっごいおしゃれだったんだよ? そりゃあうきうきするって!」
「へぇ。その元気、夜まで持つといいな」
「確かに! すぐ寝ちゃうの勿体無いもんね。気をつける……」
「……そういうことじゃねぇんだけどな」
最後のイザナの呟きは、既に旅館の出入り口へと向かっていた彼女には届かなかった。