7
最後に向かったのはお土産コーナーだった。ガラス作品を扱う美術館のため、お土産コーナーに売っているものもガラス製品が多かった。
お土産の中にはゴブレットやガラスの人形、置物など二十歳を迎えたばかりの二人には少しばかり扱いが困るものから、アクセサリーや小物など二人でも身につけたり使いやすそうなものまで様々なものが売られていた。
「どれも綺麗だから悩んじゃうなぁ」
顎に片手を添え、キラキラと輝く品物を眺めながら彼女が呟く。そんな彼女を横目にイザナはとあるものを手に取ってレジへと向かった。
「プレゼント用ですか?」
「あぁ」
「それではラッピングをさせていただきますね」
彼女が比較的値段が控えめだったガラスの爪やすりを眺めている間にイザナは買い物を終え、小袋を手に提げて彼女の元へと戻った。
「まだ悩んでるのか」
「うん。……ってもう買ったの?! いつの間に」
「お前がそこらでウンウン唸ってる間だよ。で、買うのは決まったのか」
「うーん。お値段的にもこの爪やすりがいいかなぁって思うんだけど、どっちがいいかなって思って。イザナはどっちがいいと思う?」
彼女が買おうかと悩んでいる爪やすりは二種類あった。一つは持ち手が鮮やかなピンク色をしていて、美しい花の絵が描かれた少し長めのもの。もう一つは鮮やかな青色の持ち手に、同じく美しい花の絵が描かれた少し短めのもの。
どちらも使い勝手は良さそうではあるが、ガラス製の爪やすりなど今まで一度も買ったことがなかった彼女は、どちらの方が使いやすいのかが分からなかった。
「どっちでも大して変わらねぇだろ」
「いやいや、長さも違うし先端も丸角の四角か少し尖った感じかで違うじゃん」
「めんどくせぇな。……こっち」
イザナが指を指したのは青色の持ち手が美しい短い方の爪やすりだった。
「ありがと! それじゃあ私も買ってくる」
彼女は青色の爪やすりが入った小箱を手に取ってレジへと向かった。
数分後、彼女が小袋を片手に提げ、一足先に店の外に出ていたイザナの元へと駆け寄ってきた。
「おまたせ!」
「他に寄るところはねぇな」
「うん。大丈夫。付き合ってくれてありがとね」
彼女が笑ってそう言えば、イザナは黙って彼女の空いている手を掴み、ずんずんと出口へと歩き出した。突然歩き出したことで一瞬反応が遅れた彼女だったが、なんとかバランスを崩すことなく歩き出し、彼の隣に並んだ。
彼女は分かっていた。この行動が彼の照れ隠しの一つであるということを。彼女は隣を歩く彼の横顔をチラリと見やり、小さく笑った。
* * *
「ん……。あ、寝ちゃってた」
日が随分と傾き、時刻は夕方に差し迫るところ。オレンジ色に変わった太陽が青空を赤く燃やし始めた頃に彼女は目を覚ました。ゆっくりと起き上がり、まだ少し霞む目で辺りを見回せば、自身の隣に座り、ソファの肘置きに頬杖をついて静かに眠るイザナの姿を見つけた。
彼女は少しの間彼の穏やかな寝顔を見つめていた。歳に似合わないくらいの鋭さがある彼の瞳は瞼に覆われ、ミュシャの絵画のような細く美しい銀色の毛先たちは彼の呼吸に合わせて小さく上下していた。そして未だ幼さの残る無防備な寝顔。何度も見たことがあるはずの顔だが、やはりどうにも見慣れない。彼女はそっと彼の顔にかかる銀糸を指で払った。
「ん……」
「ごめん、起こした?」
「……いや、別に」
「水飲む?」
「あぁ」
「今持ってくるね」
彼女が立ち上がり備え付けの冷蔵庫の方へと向かう。起きたばかりのイザナはそれをぼんやりと視線で追った。
彼女が冷蔵庫から取り出した水のペットボトルをイザナに渡すと、小さく「ん」とだけ言ってそれを受け取った。パキリ、と音と共に蓋が開く。彼は喉を鳴らしながら数口水を飲んだあと、蓋を閉めて前に置かれたローテーブルの上にペットボトルを置き、彼女に自身の隣へやってくるようにとジェスチャーをした。
彼女が少し不思議そうな顔をしつつも隣に行けば、イザナは小さく笑って彼女に手招きをした。彼女が更に一歩彼の元へと近づくと、彼が腕を掴んで自分の方へと引っ張った。突然引っ張られた彼女は、スリッパを履いていたこともあり上手く踏ん張れず、そのまま彼の方へ倒れ込んだ。
上手く受け身を取れず、彼女は座っているイザナの上に覆いかぶさるように倒れてしまった。彼女が慌てて上半身を起こし、少し焦った表情で彼に声をかける。
「イザナ大丈夫? どっかぶつかったりしてない?」
「あぁ。問題ねぇ」
「そっか、よかった。……でも、いきなり引っ張ったら危ないじゃん」
「大丈夫だろ。俺が受け止めんだから」
サラリと言われた言葉に思わず彼女の胸がドキリと高鳴る。そのまま顔が赤くなっていくのが分かったので、それを隠すために彼女はイザナにギュッと抱きついた。抱きつかれた彼は彼女の背にゆるく腕を回してだらりと垂らし、まるで大きなぬいぐるみを抱きしめるように軽く抱きしめた。
「ったく、朝から元気だったよなお前。そんなんじゃ夜まで持たねぇだろーが」
「だって……イザナと初めて旅行に来たから、嬉しかったし楽しかったから舞い上がっちゃったんだよ」
「知ってる」
「……イザナは、今日の旅行のこと楽しみじゃなかったの?」
控えめに彼女がそう聞いた。するとイザナは小さく鼻で笑ってから片手で彼女の頭を撫でつつ「そんなワケねーだろ」と答えた。
「俺だって楽しみだった。誰にも邪魔されないでお前と一緒にいられるからな」
「……不意にそうやって素直になるの、心臓に悪い」
「だったらこの先一生素直に言わねぇぞ」
「ごめんなさい言ってほしいです」
彼女がうりうりとイザナの肩口に頭を埋め、くぐもった声で間髪入れずにそう言った。彼は返答の代わりに彼女の両肩に手を置いて彼女の上半身を押し上げた。彼女の上半身が起き上がって自然と彼と向き合うかたちで彼の膝の上に座った状態になる。
イザナがそっと片手を彼女の方へ伸ばし、そのまま彼女の頬に添えた。
「今日はまだ終わっちゃいねぇ。『夜も』あるんだ、へばんなよ」
その言葉の真意を察した彼女が顔を真っ赤にする。その様子を見て楽しそうにクツクツと喉を鳴らしたイザナは、彼女の頬に添えていた手を彼女の頭へと移動してそのまま自身の方へと引き寄せた。グッと近づいた彼女の顔がさらに真っ赤になる。
その赤さが移ったかのように血色の良い彼女の唇に彼がそっとキスをする。軽く触れるだけのものが数回続き、次に少しだけ長くなる。その流れで次に来る、息継ぎするのがやっとなくらいの深いキスに身構えていた彼女だったが、そのキスがされる前に彼の顔が離れた。
「何期待したような顔してンだよ」
「し、してないっ」
「……夜まで楽しみにしとけ」
イザナが目を細め、悪そうな笑みを浮かべてそう言った。その顔に弱い彼女はそれ以上言葉を言うことができず、俯いて小さく頷いてから再び彼に抱きついた。