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「んー……」

 次の日。先に目を覚ましたのは彼女だった。微睡みながら自身の隣に眠る褐色の肌にそっと触れる。上半身の中央あたりに残る三つの弾痕。それはかつて、イザナが生死を彷徨うことになった原因の怪我だった。

 この先死ぬまで残るであろうその傷痕の輪郭を少し指の腹でなぞれば、その感覚がむず痒かったのかまだ眠るイザナが小さく唸って眉間に皺を寄せて少し体を動かした。

 意識がある程度はっきりしてきた彼女は、イザナの肌から指を離してから軽く身体を伸ばした。『長い夜』は彼の気遣いによりなかったものの、昨日歩き回った疲労で身体が少し重たかった。そんな身体をなんとか動かしてベッドから出た彼女は、歯磨きと洗顔のために洗面所へと向かった。

「……んんっ!?」

 歯磨きをしながらぼんやりと鏡を見つめていた彼女は、鏡に写った自身に赤色を見つけ、驚いて目を見開いた。
 慌ててうがいをし、顔を近づけて鏡に写る自分を観察する。着ていた寝巻きの首元を少しずらした。

 そこには綺麗に咲き誇った赤い鬱血痕が一つ、付いていた。

「イザナ、起きて。起きてって」
「……んだよ」
「痕付けたでしょ。しかも首のところ……。これじゃあ見えちゃうじゃん。持ってきた服じゃ隠せないんだけど」

 顔まで洗い終えた彼女が、未だ眠るイザナの元へ行き声をかけ、彼の体を揺すった。気持ちよく寝ていたところを邪魔された彼は寝起きのくぐもって低く、少しざらついた声で短く返答をした後、彼女の抗議の言葉を聞き終える前に彼女へ背を向けて二度寝の態勢に入った。

 彼女が再び体を揺すって声をかける。彼女が抗議を諦めないことが分かったイザナが気怠げに彼女の方へ体を向けて少しだけ目を開いた。彼女はかすかに見える薄紫に向けてひと匙分の怒りを込めた視線を投げれば、突然布団の中からにゅっと出てきた彼の腕に捕まり、そのまま布団の中へと引きずり込まれた。

「ちょっと!」
「うっせぇな、少し黙ってろ」
「チェックアウトの時間、朝の十時なんだからそろそろ起きないとダメだって!」
「ンなもん、大丈夫だろ」
「大丈夫じゃないって!」

 イザナからあまりにも起きる気配も気も感じられないため、彼女は起こす手段を変えることにした。もぞもぞと布団の中から少し這い出た彼女が、片腕で自身の上半身を持ち上げる。二年前と比べると多少伸びた、彼の顔にかかる綺麗な銀髪を少しだけ手で退けると、その頬にキスをした。そして耳元でそっと囁く。

「起きて、イザナ」

 するとイザナの片手が彼女の顔まで伸びてきた。形を確かめるように何度か頬が撫でられた後、親指の腹がするりと彼女の唇を撫でてから彼女の顔から離れた。

「ったく朝から元気なヤツだな……」

 呆れた声と共にのそりとイザナが起き上がる。小さくあくびをしてから気怠げな視線を彼女に投げた彼は、彼女の頭をひと撫でしてからベッドを降りて洗面所へと向かった。

 洗顔まで終えたイザナが洗面所から出ると、既に外出用の服に着替えた彼女が眉間に皺を寄せながら、玄関横の姿見と睨めっこをしていた。

「そんなに気になるのかよ」
「気になるよ! もー……ちょっと考えてよね、付けるところ」
「『付けるな』とは言わねぇんだな」
「そりゃあ、まぁ……言わない、よ。……愛されてるなぁって、思うし」

 彼女が顔を赤くし、服で隠し切れていない首元の赤色にそっと触れてそう言えば、イザナは楽しげに小さく笑った。