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 カツカツ、とヒールが地面を叩く音が、人も車もない夜道に響く。足音の主はおぼつかない足取りで自宅へと向かっていた。

 階段を上って右手側。奥から二つ目の扉が、彼女の自宅のドアだった。
 肩にかけているバッグから鍵を取り出し、カギ穴に差し込んで回す。ガチャリという音が鍵が開いたことを彼女に知らせた。

「ただいま……」

 その声はとてもか細くて、今にも消えてしまいそうだった。それくらい、彼女は疲れ切っていた。
 指先まで疲れていたが、明日はゴミの回収日でもあるため、まずはゴミ出しをしなければならない。それもまた億劫ではあったが、明日を逃すと次週までゴミを出すことができないため、無理にでも動いてゴミ出しをしなければならなかった。なにせ先週ゴミを出し忘れてしまったからだ。

 今にも倒れそうな身体を引きずって、彼女は自宅の中のゴミをゴミ袋にまとめた。そしてカギと縛ったゴミ袋だけを持って、再び外に出た。

「はぁ……」

 カギを閉めたあと、彼女はため息を吐いてゴミ袋を持ち直し、階段を下りた。

 彼女が疲れているのには理由がある。ひとつは仕事。日々の通勤は行きも帰りも満員電車に揉まれ、仕事はとても忙しい上に知らないことがまだまだ多く、毎日いっぱいいっぱいになりながらこなしていた。
 そしてもうひとつの理由、それは数週間前から見るようになった奇妙な夢だ。
 その夢は毎回内容が少しずつ異なるが、登場人物として一人、必ず登場する人がいた。見た目からして彼女と年齢が近い、黒髪の男。男の名前は『シンイチロー』といった。彼は必ず夢に現れるが、彼女は見たこともなければ会ったこともなかった。本当に、全く知らない人だった。

 夢の内容は他愛もない日常風景が多かった。ある時は、現代日本とあまり変わらない街中を、その彼と少年が楽し気に歩いているシーン。ある時は、彼がガレージの中で大型のバイクをいじっているシーン。
 どれも彼女には身に覚えのないものばかりだった。だが、ある時から『シンイチロー』が一人だけの時のみ、彼と話ができた。彼だけは、彼女を認識することができたようだった。
 そうして彼女は彼と交流を深め、知人程度にはなった。夢の内容は繋がっていないのに、不思議なことに彼は、どの夢の中でも彼女のことを覚えていた。

 この奇妙な夢がどうにも気がかりで、どうしていきなりそんな夢を見るようになったのかが分からなくて、彼女は少しずつモヤモヤを心の中に溜めていた。その結果、彼女の睡眠の質も悪くなり、疲れが取れなくなってきていたのだ。

 ゴミ捨てを終えた彼女は、手を洗いながらハッと気が付いた。まだ夕食を食べていないのにごみを捨ててきてしまったのだ。彼女は大きなため息を吐いた。

「あぁもう……。上手くいかないなぁ」