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ベッドに入った彼女は、いつものようにアラームをセットして目を閉じた。頭の片隅で「今日こそ、ゆっくり眠れますように」と祈った。
しかし、その祈りもむなしく、今日もまた夢が始まった。
夢は誰かの自室から始まった。辺りを見回していると、不意に部屋の扉が開いた。
「あっ……」
入ってきたのは『シンイチロー』だった。しかし、彼女は彼の姿を見て言葉を失ってしまった。
彼は憔悴しきっていた。夢の中ではいつだって笑顔でいた彼が、今は無表情だった。笑顔とは無縁の、全てに絶望した様子の彼は、ふっと顔を上げて彼女の方を見た。
「……オマエ、いつも突然現れるよな」
彼はそう言って微笑んだ。だが彼女はその微笑みを見て、胸がキュッと締め付けられた。彼の微笑みは、とても痛々しかったのだ。
彼は彼女の横を通り過ぎ、部屋の奥に置かれたベッドのふちに腰掛けた。彼女はどうしたものかと悩んだ結果、その場にそっと腰を下ろした。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「まぁ、ぼちぼち。そっちは、その……」
彼女はとても迷っていた。確実に『シンイチロー』に何かがあったことは明白だった。しかし、それをただの知り合いである自分が踏み込んで聞いていいのだろうか、と。それを察したのか、彼は再びあの痛々しい微笑みをして「悪ィな」と一言謝った。
「オレの方は……まぁ、色々あってよ。……でも、オマエが元気そうで良かった」
「……ありがとう」
彼女は喉元まで出てきていた言葉たちを飲み込み、そう返した。彼の様子を見たら、どうにも踏み込むことができなかった。
「ここさ、オレの弟の部屋なんだ」
「弟くんの?」
「あぁ。ここにはもう、オレしかいねぇからさ。オレが掃除したりしねぇとさ……」
そこで言葉を切った彼は、唇を噛み締めてボロボロと涙を零し始めた。何度も手で拭うも、涙は止まらずに下へと落ち、彼の足元にシミを作っていった。
彼女は一瞬固まったものの、慌てて立ち上がって彼の下へと駆け寄った。彼女は自分が部外者であることを自覚していたからこそ、踏み込まないようにしよう、触れないようにしよう、と思っていた。だがやはり、目の前で苦しそうに涙を流している姿を見たら、いても立ってもいられなくなってしまい、その気持ちのまま駆け寄り、彼の背中をさすった。
――何も知らない私には、これ以上なにもできない。
「……悪かったな、いきなり見っともねぇ姿見せちまって」
「いいよ。そんなときだって、あるよ。人間なんだから」
「そう、だな。……なぁ、少しだけ。少しだけ、オレの話を聞いてくれるか?」
「うん。私でよければ」
彼女が彼の隣に腰掛けると、彼は壊れそうな笑顔のまま話を始めた。それは、可愛がっていた最愛の弟が、不慮の事故によって大怪我をしてしまい、現在も入院している。というものだった。
その話を聞いた彼女は、言葉を失ってしまった。彼が何かを抱えているのだというのは、この部屋に入って来た時から気づいてはいた。しかしまさか、こんなにも深刻で重たいものだとは思っていなかった。
「本当は、弱音とかそういうのは、誰にも吐かないでいようと思ってたんだ。弟以外の家族は誰もいなくなっちまって、弟分みたいなヤツも二人いるけど、こんな弱い面は出せねぇし。……きっと、男としての、あとは兄としてのプライドが許さなかったんだ。でも、さ。オレ――」
「私のことは壁だと思って。今、ここには誰もいない。あなた以外誰もいない。だからあなたが弱音を吐いても、泣いても、誰も聞いてない。誰も見ていない。だから安心して。今ここでは、プライドや意地を張らなくていい」
彼女は彼の背をさすりながら、少しだけ寄り添った。抱きしめることも一瞬考えたが、自分は彼にとってはただの知人だから。と心の内で呟いて、寄りそうだけにした。
彼は再び涙を流し始めた。今度は嗚咽も殺さず、出るままにしていた。
「うぁ、あぁ……」
片手で目元を抑えながら泣いている彼に、彼女はひたすら寄り添って背中をさすった。何も言わず、ただ静かに、優しく、背中をさすっていた。
彼女は彼に、少なからず好意を抱いていた。それは友人に対するものと同じだったはずだが、今は少しだけ、違う何かが生まれていた。それはとても小さな芽だが、確かにそこに芽吹いて、彼女に新たな感情が生まれたことを教えていた。
――駄目だよ。これは、こんなことは、駄目。
彼女はその新芽の存在を許さず、見なかったモノとして自分の奥底に閉じ込めた。これが出てくるのは、少なくとも今ではない。今、ここではないから。
――ここでコレを認めたら、私は彼を憐れんでいることになってしまうかもしれない。
彼女は内でうごめき始めた感情を押し込み、彼が再び落ち着く時を待った。