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「……そっか」

 彼女は失っていた記憶を全て取り戻したことで、「全て」分かってしまった。
 まず一つ。自分はおそらく死んでいるだろう、ということ。
 そして二つ。真一郎や万次郎たちは、元々自分が夢で見ていた世界に出てきていた人たちであること。
 最後。自分は同じ時刻に同じ場所で同じ死に方をしなければならない、ということ――

「真一郎に、なんて言おう……」

 これはいわば「人生のロスタイム」のようなものだと、彼女は思った。
 今際の際、彼女が考えたことは、夢の世界の住人である真一郎のことだった。最後に見た夢の中で、彼は自身の弟が大怪我をしたことに対して、酷く罪悪感を抱いて泣いていた。
 長男だから、年長者だから、と言って弱音を吐くことも我慢して、なるべくいつも通りに振舞って、でもその度に苦しんで痛みに耐えていた、ボロボロの彼の姿が頭にこびりついて離れなかった。

 だから最期の時まで、彼女は彼の心配をしていた。彼がまた一人で泣いていないか、苦しんでいないか、それが気がかりで、未練だった。

 それを、どうやら神様がいたずらで拾ったらしい。結果、彼女の魂は真一郎のいる夢の世界へとやってきた。
 期限は、彼女の命日まで。長いようで短い、気づいたら終わってしまう夏休みのような、そんな一瞬のロスタイムだった。

 彼女の命日はちょうど十二年後の今日だった。それまでの間が、彼女に与えられた泡沫|《うたかた》の時間だった。

「ナマエっ! 大丈夫か?!」

 ちょうど誰もいなかった部屋で、彼女が座布団を枕にして横になりながら、氷水を入れたビニール袋で冷やしていると、真一郎がとても慌てた様子でそこに入って来た。その勢いと様子に彼女が驚いて言葉を失っていると、どこか不安そうな表情をした彼が彼女の横に座った。

「さっき、万次郎から連絡があって、オマエが階段から落ちた万次郎を受け止めて、頭を打ったって聞いたんだ。だからオレ、びっくりして、心配で……」
「そんな焦るようなことじゃないよ、私は大丈夫だから。ちょっとたんこぶができたくらいだよ、安心して」
「でも――」
「大丈夫。私はそんなヤワじゃないよ、真一郎」

 彼女は微笑んで、真一郎の膝をポンポンと軽く叩いた。それは一見すると、不安そうな彼をなだめるようなものだったが、それに加えて、彼女はそこに自分自身に言い聞かせる意味も込めた。
 だがそんなことなど知らない真一郎は、自身の膝の上に置かれた彼女の手を取り、眉を下げた笑みを浮かべて「それでも、凄く心配だった」と言った。

 彼女はその時、胸に鋭いナイフを刺されたような痛みを感じ、今にも涙が零れそうになった。これだけ心配してくれる人がいるのに、自分は十二年後に必ず、同じ場所同じ時間に死ななければならないことが決まっている。こんなにも優しい彼を悲しませてしまうことを、自分はこの先行わなければいけない。その事実がナイフとなって彼女の心をめった刺しにしたのだ。

 彼女の心は今、血を流していた。鼓動に合わせて血の涙を流していた。痛くて苦しくて、でも誰にも言えないそれを、彼女は必死に抱きしめて押さえつけていた。
 目の前にいる大切な人に、これ以上悲しい顔をさせないために。心配をかけないために。彼女は、かつて自身が寄り添おうとした真一郎同様に、ひとりでそれを抱え続けることにした。

「ありがとう、真一郎」
「……オウ」

 真一郎の優しい微笑みが鋭利な刃物となり、彼女の心に突き刺さった。暗闇に差し込んだ一筋の救いの光だった彼の笑顔は、今や鋭い閃光となって彼女の体を貫いていた。

――ごめん、ごめんなさい、真一郎。

 彼女は血を流す心を抱きながら、何度も何度も、胸の内で彼に謝った。