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 きみがきみであるから、好きだった。きみがきみであるから、もう一度会いたいと思った。
 この止まった時を進めるために。終わりにするために。他の誰でもないきみに、もう一度会いたかった。

 ◆◆◆ ◇◇◇

 太陽光を反射させてきらきらと輝く瞳、柔らかい風に吹かれてさらさらと流れる髪。今も鮮明に思い出せるそれらは、さながらリフレインする、切り取られた映画の一部のようだ。
 だが、その先の記憶はない。その先を思い出そうとしても、その瞬間に記憶が真っ赤に塗りたくられてしまうのだ。何度思い出そうとしても変わらない。もう少しでそれが誰なのかが分かるのに、その直前で赤色が塗り潰して隠してしまうのだ。そしていつも、胸が締め付けられてチクチクと痛んだ。

 それが俗に言う『寂しい』や『悲しい』という感情であることは、長い時間を過ごす中で知った。だけど今やそれを伝えられる人なんていない。いや、正しく言うのであれば『伝えることができない』のである。伝えようと思っても、言葉はたった一人にしか届かない。だがその人には口が裂けても言えない、伝えることができない。

 気づいた時には胸の内で芽吹いていた。気づいてからは否応にもどんどん育って、自分じゃどうすることもできなくなってしまった。
 勝手に栄養分を得て育っていったそれは、あまりにも急成長するものだから、張り裂けて表に出てきてしまうんじゃないかと思ったこともあった。もちろん今は、そんなこと有り得ないと分かってはいるので、誇張した比喩表現に過ぎない。それでも、幼い頃は本気でそう思っていた。それくらい大きくなってしまったのだ、この想いは。

 だけどそれもまた、伝えることはできなかった。伝えたくても当時は何て言えばいいのかわからなくて、その言葉を知った頃には一歩踏み出す勇気がなくて、気づけば長い時間が経ってしまった。そして気がつけば、もう十年以上もひとりぼっちで過ごしていた。
 だが、その止まっていた時も、再会と共にゆっくりと、終わりへと動き出した。

 *

 今日もベンチに腰掛けて、公園へとやってくる人たちを見る。時が流れたことで、少し前まで小さかった子たちも、今ではすっかり大きくなっていた。だが、待ち人は未だ来ない。最後に会ってからもう十年以上経ってしまったため、どこかへ引っ越しをした可能性も考えられる。だが、唯一の繋がりであるこの公園から離れることはできなかった。

「ねぇっ!」
「あ?」

 そうしてまた今日も日が暮れた。今日もダメだったか、そう諦めた時、ふと視界に一つの人影が入った。
 街頭に照らされたそれは、忘れもしない後ろ姿。たとえ記憶の中の姿よりずっと大きくなっていても、髪型が違っていても、見間違えることはないその姿に声をかければ、その人は不機嫌そうな声色と共に振り返った。

「誰だ、オマエ」
「あ、えっと……。昔、ここでたまに一緒に遊んだナマエ、だけど……覚えてない?」
「……知らねぇ」

 そう言ってその人は前へと向き直って去ろうとする。ここでずっと待ち続けてようやく会えたのに、目の前にいる『ともだち』は覚えていないらしい。それでも諦めることなどできなかった。
 もう一度会うためだけに、彼女はここでずっと待ち続けていたから。

「昔、ここで会って遊んでいたこと、あるよね?」

 そう声をかければ、その青年は足を止め、そして再び彼女の方を振り返った。
 逆光で表情は見えないが、それでも分かる強い視線は、真っ直ぐ彼女へ向けられていた。彼女が何かを言おうと口をまごつかせていると、青年の方が言葉を発した。

「誰だか知らねぇけど、オレに何の用?」
「あの、私……きっとあなたのこと、ずっとここで待ってた。名前も顔も声も、もう思い出せないけど、きっと私はあなたのことを、ずっとここで待ってたと思う」
「テメェの事情なんか知るか。というか、何オマエ。オレを待ってた? あんまりふざけたこと抜かしてると、殺すぞ」

 そう言って彼は彼女の元へ行くと、静かに自身の片手を彼女の首へと持っていった。そして、彼はそのまま手に力を込めて締め上げようとしたが、彼女の首の肌に自身の手が触れた時、一瞬手がピクリとし、そのまま動きが止まった。

「きっと、私が待っていたのはあなただった。……会えてよかった」
「……オレはオマエのことなんか知らねーんだよ。勝手に待って、勝手に喜んでんじゃねぇ。うぜぇ」

 彼はそう言って彼女の首から手を離すと、踵を返して歩いて行ってしまった。残された彼女は、キュッと眉を寄せ、瞳にうっすら涙を浮かべながら、暗闇に溶けていく青年の背を静かに見つめていた。