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過去の話をしよう。
二人は、彼女が待ち続けたベンチのある公園で、初めて出会った。最初の頃は、彼の方が少しだけ彼女のことを警戒していて、彼女が自身の近くにやってくると「あっちにいけ」と言って、しっしと手で追い払うようにしていた。だが彼女はどうしても彼と遊びたくて、何度邪険にされても諦めずに彼の元へとやってきた。
面倒見が良い一面を持っていた彼は、彼女が自分のことを毎日公園で待っていることを知り、仕方なく少しだけ彼女の相手をするようになった。自分を見つけたら嬉しそうな笑顔と共に駆け寄ってきて、自分がいない間はずっと公園で待ち続けている、その様子がなんだか子犬に思えて、ほんの少しだけ手を伸ばしてしまったのだ。
「ねぇねぇ、お名前なんて言うの?」
「オレ?」
「うん! わたしは、ナマエ! あなたは?」
「……イザナ」
「イザナ! かっこいー名前だね」
それから、二人は公園で会えば一緒に遊ぶようになった。たまにイザナが妹を連れてきたので、その時は三人で遊んだりもしていた。だが、ある日を境に彼はぱったりと公園に姿を現さなくなった。それでも彼女は毎日公園に行き、再び彼が公園にやってくることを信じて待っていた。
だが、それからずっと、イザナが公園に姿を現すことはなかった。
小学生から中学生へ、そして高校生になっても、彼女は時間があれば必ず公園に顔を出していた。『もしかしたらまた来るかもしれない』なんていう望み薄な淡い期待をして、待ち続けていた。
だがその時はいつまで経っても来なかった。
太陽光の下で、髪も瞳もきらきらと輝かせていたイザナのことを何度も思い出しながら、彼女は初めて話をしたベンチに腰掛けていつまでも彼を待っていた。ずっとずっと探して、公園に来る人たちが何回も入れ替わる中、彼女だけはずっと変わらず、その公園のベンチに座って、たった一人を待ち続けていた。
たとえ彼女のその姿が誰の目にも入らなくても、彼女は勝手な期待にすがる様にして待ち続けていた。
公園内に植えられた桜が花開き、ベンチが陽だまりとなった。青々とした葉と入れ替わり、うるさい蝉の鳴き声が響いた。木枯らしが吹いて、赤茶色の落ち葉を舞い上げた。ひと吹きで鼻先や指先を凍させる北風が駆け抜け、空から真っ白な雪が降って世界を白く染めた。そうやって季節は彼女を置いて何巡もした。それでも彼女が待ち続けた少年は現れなかった。
しかし彼女は、いつまでもベンチで待ち続けていた。彼女はもう公園の一部のようになっているのか、誰一人として彼女に声をかける者も、気に留める者もいなかった。それはまるで、彼女の姿が誰にも見えていないようだった。
彼女はそれに気づいていなかった。自分が誰にも気づかれない理由も、ここで待ち続けていた『男の子』に関する記憶が薄れてきていることも、未練だけでこの場所に居続けている事実も、全て気づいていなかった。
彼女は、イザナと会えなくなってから少しして、幼い子供を狙った通り魔に襲われ重傷を負った。危険な状態だったところを、公園を通りかかった人が見つけ、通報をしたことでなんとか一命を取り留めた。しかし彼女はそれからずっと、目覚めないままでいた。
医師も様々な原因を考えたが、最終的に『本人に目覚める意思がない可能性がある』という結論を出した。だが実際のところ、彼女は生き霊としてあの公園のベンチに囚われてしまっているだけで、目覚める意思がないわけではなかった。
生死を彷徨ったあの瞬間も『彼との再会』を考え続けていたからこそ、自分の身体へ戻ってくることができなかった。そしてそのことを、彼女自身が分かっていなかった。
◆◆◆ ◇◇◇
「オマエはまだ生きてる。こんな所にいつまでもいるんじゃねぇ」
「せめて、名前……。あなたの名前を、教えて。もう一度、あなたの名前を……」
「……それはオマエが起きたら、教えてやる」
そう言って、イザナは彼女の手を掴んだ。正確に言うと、掴んだようにしているだけだった。なにせ彼女は霊体、生身の人間が簡単に触れられる存在ではない。
「ちゃんと、掴んでろ。いいな」
有無を言わさない彼の言葉に、彼女は涙をこぼしながら頷き、触れられない彼の手を握り返した。
彼女の意思を確認した彼は、自身の腕を引いた。本来だったらそこで彼の手は彼女の手をすり抜けてしまうが、まるで本当に掴まれていたかのように、彼女が一歩、彼の方へと踏み出した。
「帰るぞ」
イザナはそう言って、歩き出した。彼女は十数年振りに、ベンチから離れて公園の外へと出た。