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もう付けるのに慣れてきたネクタイを締める。彼としては「こんな堅苦しいの付けてられるか」という気持ちではあるが、立場が立場なので仕方がない。
ふと、今朝見た夢を思い出す。その夢はここ最近繰り返し見る夢で、いつでも真っ赤に染まった視界と凍えるような寒さが彼を襲うところから始まっていた。その中で彼は「誰かに会わなくては」という強い気持ちを持ちながら一度目を閉じる。そして再び開けば、彼は|人気《ひとけ》のなくなった夜の公園の中に立っていた。
その先には、公園内の街灯に照らされてぽつんと置かれたベンチがあり、そこに見知らぬ同年代の女の子が座っているのが座っていた。夢の中の彼はベンチまで向かい彼女へ声をかけると、そこからぐるりと場面が変わった。
次の場面はどこかの病院の中だった。真っ暗な廊下を彼女と二人で歩き、そしてある病室の扉の前で止まる。二人揃ってその扉を開けずに通り抜け、中へと入り、カーテンに囲われた一つのベッドの前へと向かった。
隣にいる彼女が怯えて震えているが、やがて覚悟を決めた顔をしてカーテンの向こう側へ行った。それに続くように彼もカーテンの向こう側へ行くと、そこには顔がぼやけてよく見えない、誰かがベッドの上で眠っていた。
彼女がそっとそのベッドの上の人に触れ、彼の方を向いて「さよなら、イザナ」と言って消えていく。そこでいつも目が覚めた。
彼――イザナは、夢に出てくる彼女のことがどうにも気になった。名前も顔も、なんなら声も、何一つとして記憶にない。それなのにいつでも夢に出てきて、最後には自分の名前をハッキリと呼んでいくのだから、やはり気になってしまうのも仕方がないだろう。
「イザナ、時間だ」
「今行く」
ノックの後に続いて、聞き慣れた声が聞こえた。それに返事をしながら、彼は鏡の前で軽く最終チェックをした後、用意していたカバンを手に取り外に出た。
「車は下に停まっている。他のメンバーは既に会場に到着したと連絡があった」
「そうか。ってことは、残るはオレたちだけってことだな」
「あぁ。まぁ今のところ時間通りだから、予定時刻に着けるだろう」
「そりゃあいいことだ」
会話をしながら、足早にホテルのロビーの真ん中を歩いていると、ふとイザナの視界端に人の姿が映り込んだ。ロビーには多くの人たちがいたため、映り込む人の姿は多くあるが、ちらりと映り込んだそれに、彼は一瞬目を奪われた。
「……鶴蝶、荷物持って先に行ってろ。急用ができた」
「は?! ちょ、オイっ! イザナ!」
イザナは隣にいた鶴蝶に、投げ渡すようにしてカバンを渡すと、ロビーのある場所に向かって早足で向かった。
「なぁ」
「はい。なんでしょ――」
ロビーの一角にあるソファに座っていた女性に、イザナが声をかけた。スマホを見ていた彼女は、その声に返事をしながら彼の方を見上げたところで言葉が止まり、少しだけ目を見開いた。
「オマエ、名前は?」
「ミョウジ、です」
「下の名前は」
「……ナマエです」
その名前を聞いたイザナは、何かの確信を得たという顔をした。その名前は、毎回見るあの夢に出てくる女の子と同じ名前だったのだ。加えて目の前にいる彼女の姿は、少し大人びてはいるものの、その女の子とよく似ていたのだ。
間違いない、と彼は思った。夢の中に出てきた人と全く同じ人がいるだなんて、到底信じられないことではある。もちろん彼も、そんな夢見がちなことなどちっとも信じてはいない。だが、彼の直感が『彼女だ』と叫んでいた。
「オレは黒川イザナ」
「イザナ……!? あ、あの! 凄く変なことを言うんですけど、私、あなたのこといつも夢の中で見ていて、それで……!」
彼女は驚いた顔をした後、慌てた様子で「あなたと夢の中で何度も会っていた」という話をした。イザナは自分も同じであることは話さなかったが、彼女の話を聞いて改めて確信した。あの夢の中の女の子は今目の前にいる彼女と同一人物で、彼女もまた、自分と同じ夢を見ていた、と。
「オマエ、明日空いてる?」
「えーっと……はい、空いてます」
「このホテルに泊まるんだろ? オレもこのホテルにいるから、明日の十時、このロビーで待ち合わせな」
「えっ、あ、はいっ!」
彼女の返事を聞いたイザナは、満足そうに笑うとヒラヒラと軽く手を振って、鶴蝶の待つ外の車へと向かった。残された彼女は、その後姿を呆然と見ていた。
ここ最近ずっと見る、真っ赤に染まって寒気と一緒に始まる奇妙な夢。そこに毎回必ず現れる、銀髪紫目の青年。その青年とそっくりな人が目の前に現れた。これは果たして正夢なんだろうか。
でも――
「また、会えてよかった」
彼女はそう呟き、去っていく彼の姿に微笑みを向けた。