二人だけの思い出




幼い頃のこと。まだイザナが小学生くらいだったその頃、真一郎の家の近所に住む一つ年上の女の子とよく遊んでいた。
その子の名前はナマエ。活発な女の子で、男の子たちに混じって走り回ったり、木登りをしたりとするのであちこち傷だらけになることもしばしばあった。
そんな彼女とイザナは不思議とウマが合い、彼が真一郎の家に来る度に2人は近所の林や公園などで遊んでいた。

「ねぇイザナ!ひみつきち、つくろうよ!」
「ひみつきち?」
「そう!わたしとイザナだけのひみつのばしょ!」

この日、突然彼女が“秘密基地を作ろう”と言い出したので、2人で秘密基地を作るのに最適な場所を探しにちょっとした冒険に出かけた。とは言ってもそれは、いつも遊んでいる林の一角からもう少し奥に行っただけだ。それなりの年齢になれば、そんなの誤差でしかないくらいの距離だったが、幼い2人にとってこの“誤差でしかない距離”は、“大きな冒険”だったのだ。

いつも遊んでいた林は人もそれなりにおり、近くに公園がある場所だったので人の目が比較的届きやすい場所だった。しかし今回2人が向かう場所は少し草が生い茂り、人の目が少しだけ届きにくい場所だった。

公園にいる真一郎たちの目を気にしながら、2人は冒険のタイミングを今か今かと伺っていた。
少ししてちょうど真一郎が自分たちから目を逸らしたので、2人は自分たちより少しだけ高い石垣を登って林の奥へと向かった。

「……どうしたの?ナマエ」
「イザナ……」

今まで足を踏み入れたことのない道の領域に来て少しした頃、だんだん不安になったナマエが足を止めた。気になったイザナが彼女に声をかけると、彼女は不安そうな表情をして彼の名前を呼んだ。

「そんなこわがんなよ。オレがいるじゃん」
「そうだけど……」
「ほら。こわいなら、こうしてればいいだろ?はやくひみつきち、つくりにいこうぜ」

彼は彼女の手を握り、笑って先へと進んだ。そんな姿を見て、彼女は少し安堵して再び歩みを再開した。
それから少しして、2人は少しだけ開けた場所に辿り着いた。周りは草や木々に覆われていて視界が悪く、秘密基地にするにはぴったりの場所だった。

「ここよくね?」
「うん!ここにしよ!」
「よしっ、それじゃあいまから、ここがオレたちの“ひみつきち”だ!」

2人は近くに落ちていた枝や、あちこち解れた大きなゴミ用ネットなどを拾ってきてはその場所に集めた。
ちょうど良い間を開けて生えていた木にネットの先を括り付けて手作りの大きなハンモックを作ったり、太いツタを上手く利用してブランコにしてみたり、枝とそこら辺のツタを使ってよく分からないものを作ってみたり……。2人は2人だけの世界の中であちこちに泥を付けながら笑い合っていた。

楽しい時間というのはあっという間で、気づけば辺りは薄暗くなっていた。
2人は“やばい”と思い、慌てて秘密基地を出て来た道を足早に進んだ。だが日が沈むのは思いの外早いもので、どんどん周りが暗くなっていくに連れてナマエは怖くなって泣きそうになっていった。

「ナマエ?だいじょうぶ?」
「イザナ、こわい……。どんどんくらくなっちゃう……」
「……だいじょうぶだって、オレがいるだろ?」

来た時と同じように、イザナがナマエの手を優しく握った。繋いだ手の温もりと、優しく笑った彼の顔が彼女の溢れかけた涙を抑えてくれた。

公園まで辿り着いた頃にはだいぶ日が沈んでいて辺りもだいぶ暗くなっていた。案の定2人は真一郎たちからこっぴどく怒られたが、その後2人はあの場所のことを思い出して笑い合った。

その次の日、イザナは施設に一度戻った。まだ手続きが済んでいないこともあり、一旦戻らなければいけなかったのだ。
施設へ帰る日、ナマエはお見送りにやってきた。彼女は“また遊ぼうね”と小指を絡めて約束をしてから、彼に一通の封筒を渡した。

「これは?」
「てがみ!かえったらみてね」
「わかった」

施設に帰った後、イザナはナマエから渡された封筒を開けて中身を見た。中には一枚の便箋が入っていた。便箋には“また秘密基地に行こう”という旨と“また会えるの楽しみに待ってる”という旨が書かれていた。
しかし、それから数年後、彼が正式に真一郎の兄弟として家に戻って来た時、そこにナマエの姿はなかった。真一郎からナマエは親の転勤によりここからずっと遠い場所へと引っ越したことを聞いたイザナは、あまりの衝撃にその場に立ち尽くしていた。

「アイツ、手紙で“待ってる”って……言ってたのに……」
「……これ、あの子からお前宛に届いてた手紙。つい昨日届いたやつだ」

真一郎が差し出した手紙を奪うように取り、少し震えた手で封を切った。中には綺麗に折り畳まれた一枚の便箋が入っていた。

イザナへ
お久しぶりです、ナマエです。覚えてる?
真一郎さんから聞きました。もうすぐ施設を出るんだってね。晴れて正式に真一郎さんたちの家族になるんだね、おめでとう。
多分そこに私はいないと思う。待ってるって言ったのにごめんね。

真一郎さんから聞いたと思うんだけど、私は十年以上前に父の転勤で引っ越しをしました。実はそれからも手紙を書こうとはしてたんだけど、家のことで私も忙しくなっちゃって中々書けなかったんだ。それから、もうずっと昔に遊んだだけだったから忘れちゃったよなって思ったのもあります。もし覚えていたらごめんね。

今日、こうして手紙を書いたのは他でもない、大切な話があるからです。
この度、進学のためにそっちに戻ることになりました。引越し自体は来年の春頃です。高校の卒業式はこっちで迎えて、それからすぐそっちに戻る予定です。

もし次の春ごろもイザナが佐野家にいるなら、よければ会いたいです。

ナマエより

手紙の内容を読んだイザナの目から涙が零れ落ち、手元に広げられた便箋に落ちた。

「誰が、忘れるかよ……このバカ」

便箋を持つ手に力が入り、持っていた便箋と封筒がクシャリと音を立てて歪んだ。いつの間にか目から溢れた涙が彼の頬を伝ってぽたりぽたりと便箋に落ちてシミを作る。
何年も会いたいと思っていた彼女とやっと会える。それだけで本当に嬉しくて、今すぐにでも彼女の元へ愛車を飛ばして向かいたくなった。それを必死に抑え、真一郎の提案で彼女に手紙を書くことにした。
ずっと募らせていた想いは、改めて言葉にしようとしたら上手くいかなくて何度も書き直した。そして数日後、ようやく満足いく手紙ができたイザナは、近くのポストにその手紙を投函した。

「早く戻ってこいよ」

それから季節は巡り、彼女が引っ越してくる春になった。
あの日送った手紙に書いておいた自身の連絡先に彼女からメールが届いたことを知らせる着メロが流れる。携帯を開いてメールを確認すると“今日の午前中には着きそう!もしよかったら片付けを手伝って欲しいんだけどいいかな?”と書いてあった。それに“分かった。手伝いに行く”と短く返事をしたイザナは、時間に間に合うように出かける支度を始めた。

「ナマエ」
「イザナっ!久しぶり!」

十年以上振りに会った彼女は、昔よりもずっと身長が伸びていた。それでも身長差は相変わらずでイザナの方が高かった。だが、彼女の見た目は昔と全く違っていた。垢抜けて年相応に大人びており、昔のやんちゃさはどこへやら。すっかり一人の女性となっていた彼女に、イザナは少しだけ歳の差を感じた。それでも笑った顔は昔と変わらずとても可愛く、“やっぱりナマエなんだな”と実感した。

「雑用みたいなことを頼んじゃってごめんね。来てくれてありがとう」
「気にすんな。真一郎も“男手があった方が助かるだろうから”って言ってたからな。それに――」

彼は自身の前に立つ彼女を抱きしめ、そっと耳元で囁いた。

「早くお前に会いたかった」

その言葉に彼女は耳の先まで真っ赤になって言葉を失った。その反応が面白かったのか、彼は耳元でくすくすと小さく笑いながら彼女を一瞬強く抱きしめると、パッと話して彼女の手を引き彼女の家へと向かった。

「再会は後で祝おうぜ。まずは片付けねぇとだろ?」
「あ、うんっ。そうだね」
「あぁそうだ。もし片付けが終わって時間があったらさ、昔作った秘密基地に行かね?」
「え?秘密基地って、昔作ったあの?」
「そう。残ってるかは分からねぇけど、見に行ってみようぜ」
「……分かった。行こう!」

二人はぱっぱと部屋の片付けを終え、一休みしてから秘密基地のある林へと向かった。

林は青々とした葉っぱ埋め尽くされていた。今でもちゃんと整備がされているようで、林道の周りなどの雑草は綺麗に刈られていて、山肌が見えていた。
二人はあの時通った道を辿りながら、記憶にある二人だけの秘密基地へと向かった。あの時と同じように彼が彼女の手を取って先に進む。途中で彼女が軽く足を滑らせたが、彼女の膝が付く前に彼が支えたことで服を汚すことも怪我をすることもなかった。
少しして、二人はなんとか無事に秘密基地のある場所の入り口へと辿り着いた。入り口は昔よりも雑草が生い茂っていて、このままではとてもじゃないが入れなかった。

「どうしよう、これじゃ入れないよ」
「ちょっと待ってろ。今退かしてくる」

彼はそう言って入り口の前に立つと、ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出して辺りの雑草を乱雑に切っていった。ある程度短くなった雑草は通りやすいように足で踏みつけて寝かしていき、ものの数分で入り口は人が通れるようになった。

「そのナイフ、どうしたの?」
「この時のために準備しといたんだよ」
「もしかして、今日ってここに来る前提だったの?」
「あぁ。お前と会ったら、ぜってぇここに二人で行くって決めてたんだ」
「なんで?」
「だってここは、オレとお前だけの世界だから。オレに初めてくれた手紙に書いてただろ?“また秘密基地に行こう”って」
「えっ!あれ覚えてたの?!」

彼はナイフをポケットにしまいながら“当たり前だろ”と答え、彼女に手を差し出した。

「行こうぜ」

先ほど雑草を刈ったことで少しだけ汚れている彼の手が、彼女にあの頃を思い出させた。あぁそういえば、あの時の彼の手もこんなだった気がする。

「うん」

彼女は笑って差し出された彼の手を取った。

かつて秘密基地だった場所は相変わらず開けた場所だったが、それでもやはり雑草が生い茂っていた。
二人で雑草を掻き分け踏み締めながら辺りを見ていると、あの時作ったハンモックの残骸を見つけた。経年劣化の影響でネットはボロボロに朽ち果てていたが、かろうじで残っていた名残がかつてのことを思い出させた。

「懐かしいね。ハンモックができたとき、私が“やったー!”って言って飛び乗ったら、あっちの木に結んでた方が解けて落ちたの覚えてる?」
「覚えてる。思いっきり落ちてケツ打ったってのに、ナマエは大爆笑してたよな」
「そうそう!あのときはびっくりしすぎて、痛みよりも込み上げてきた笑いの方が勝って笑いが止まらなくなっちゃったんだよね」

二人でかつての思い出を話しながらあちこちを見て回る。一通り見て回って入り口から外に出るころには、お互い服や頬などに土汚れが付いていた。それすらあの頃を思い出させて、懐かしさに笑い合った。

「いい時間だな、そろそろ帰るか。ナマエ、お前まだ家になんにもねぇだろ?今夜はうちで飯食ってけよ」
「えっ!いいの?!真一郎さんたちになんにも言ってないけど……」
「ナマエ一人が増えたところで問題ねぇだろ」
「そうかな……」
「ほら、行こうぜ。早く帰らねぇと暗くなっちまう」

沈みゆく夕日が手を繋いだ二人を照らし、黒く長い影を作る。その影はあの頃の二人にどこか似ていた。