涼みにいきましょう




安いボロアパートの部屋というのは冬は嫌というほど風が入ってきて凍りつきそうなほど寒いというのに、夏は腹立たしいほど風が入ってこないで溶けそうなほどに暑い蒸し風呂状態となる。その日の天気や気温、湿度に大きく左右されがちなのだ。

「ん゛ー……」
「あぢー……」

そして今夜もまた、寝苦しいほどの暑さが二人の暮らす部屋を埋め尽くしていた。

「なゆたー……いきてっかー……」
「あ゛ー……。かなたこそ、いきてんのかー……」

こんな不毛なやり取りはかれこれ十分ほどやっている。そこらで拾ってきた何代目かの扇風機はついさっきガタが来て、首を明後日の方向に向けながら停止していた。
昔もらった、年季の入ったうちわを二枚、それぞれが持ち相手に向かって扇いでいたがそれももう限界を迎えてきた。暑さと腕の疲労で、ついに二人へ吹く風はなくなってしまった。全開にしている窓からは月明かりと辺りの街頭やネオンなどの灯り以外は入ってこない。今一番求めている風は一体どこへやら。元々そんなもの存在していないんじゃないかと思うくらい、風は全く吹いていなかった。

「なぁ、かなた」
「あ゛ぁ……?どうした、なゆた」
「ナマエん|家《ち》、いかね?」
「アイツの?……いいな、それ」

ナマエとは二人が少し前に出会った女性で、たまに一緒に食事をしたり彼女の家に遊びに行ったりしていた。
彼女自身は一人暮らしをしている在宅勤務者なので、基本的には常に家にいる。きっとこの溶けるほどの暑い|夏夜《かや》でも、クーラーで部屋を涼しくして快適に過ごしているに違いない。そう考えた二人は、半分溶けかけていた身体を起こし、家を出る支度をした。

「あ、俺ナマエに連絡入れとくね」
「おー、頼んだ」

那由汰がナマエに今から向かう旨を伝えると、彼女は驚きつつも了承してくれた。ついでに、と家にキンキンに冷えた炭酸水と二人が好きなアイスも買ってあることを聞き、二人は思わずその場でガッツポーズをした。

「そうとなりゃ、急いで行こうぜ!」
「早く行かないとナマエが全部食べそうだもんなー」
「もし食べてたら、もっかい買ってきてもらうだけだけどな」

トントン、と靴先で地面を叩いて足の位置の最終調整をした二人は、“よーいドン”という合図と共に駆け出すように勢いよく家を出て、走って彼女の家へと向かった。先ほどまであの部屋で半分溶けて一歩も動けないくらいになっていた二人の姿こそが嘘だったのかもしれない。なんたってあれだけ吹かなかった風が、今は走る彼らによって切られているから。

彼女の家につき、インターホンを鳴らす。すぐにスピーカーから彼女の声が聞こえ、少ししたら玄関が開いて部屋着姿の彼女が出迎えてくれた。
お邪魔します、と彼女に何度か注意を受けてちゃんと言うようになった一言を二人揃って言って玄関に入る。靴を脱いで洗面所で手を洗い、ようやく居間に入った。

「あ゛ーー生゛き返る゛ー」
「もうずっとここにいてぇ……」

入った居間は、その扉を開けた瞬間から涼しかった。案の定だ。
居間に一歩足を踏み入れるなり、あまりの心地よさにだんだん足の方から力が抜けてゆき、やがて二人ともソファの上にだらりと寝転がった。そんな二人を見たナマエは“可愛いなぁ”と優しい目を向けつつも、二人の飲み物の準備をしていた。

「はい、お疲れ様。暑かったんでしょ?これ、氷入り麦茶。身体の中も冷やした方が一気に涼まるよ」
「おっ!さんきゅーナマエ!いっただきまーす」
「気が利くじゃねーか。ありがとな。いただきまーす」

二人は氷入りの麦茶をゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み切ると、二人とも声を揃えて“おかわり!”と氷だけしか入っていないグラスを彼女に向けた。二人のあまりの飲みっぷりに、相当喉が渇いていたんだなと思ったナマエは、麦茶が入っているプラスチック製の縦長の麦茶ボトルをそのまま取り出して二人のいる机の上へとおいた。

「これ、全部飲み切ってもいいよ。喉乾いてたんでしょ?」
「まじ?!やったー!ナマエ太っ腹ー!」
「やったぜ!ほんっとお前優しいな。俺たちだからいいけど、お前変な奴に引っかかりそうだし気をつけろよな」
「まぁその、否定はできないけど……。気をつけます。あっ、アイス食べる?」
「あ、すっかり忘れてた。食べるー」
「俺も食べる」
「じゃあ今持ってくるね」

彼女は再び席を立って冷蔵庫の方へと向かった。冷蔵庫から持ってきたアイスは、二つが某棒アイスで一つが某二つ入った真っ白い大福だった。二人には棒アイスを渡し、ナマエは自身が楽しみにしていた大福の方を自分の元へ引き寄せた。

「いっただきまーす。……ん。うん、美味い。ソーダ味とじゃじじゃりした氷がいいよねー」
「いただきます。……んーっ!やっぱ夏っていえばこのアイスだよなー!」
「そのアイス、夏の代名詞!って感じするよね〜」

各々アイスを食べ進めた結果、二つ入りアイスを食べていたナマエの元へ二人の視線が向いた。視線の先にはラスイチとなった白い大福アイス。
この場で唯一生き残ったこのアイスを賭け、今三人のアイス争奪戦が――

「あげないよ」

彼女の一言により始まらなかった。

「「は?」」
「いやいや、だってこれは私が食べたいと思って自分で買ってきたんだもの。あげないよ」
「いいじゃん、一個食べたんだしー」
「一つ分けてくれたっていいだろ」
「……しょうがないなぁ、ちょっと待ってて」

そう言って、彼女は小さな食事用ナイフを持ってくると、入れ物に入ったままで白い大福を二つに切り分けた。最後にナイフと共に持ってきていた爪楊枝を切り分けられたそれの上にそれぞれ一本ずつ突き刺し、二人の前に差し出した。

「これで二人分。どーぞ」
「ナマエ優しー!ありがとう」
「ありがとなナマエ!んじゃあ早速……」

白い大福を完食した後は、だらだらと適当にテレビを流しつつ、少し前に三人で一緒に伸び比べしたときに一番美味しかった炭酸飲料を飲んでゆったりと過ごしていた。

「そうだ、今夜はどうする?泊まってく?」
「あー……那由汰どうする?」
「うーん。いいと思う。今日あの部屋にいたら、多分俺たち次の日にはドロドロに溶けてると思うし」
「だよなー。ってことで泊まってく」
「分かった。じゃあ今布団の準備するね」

ナマエが時たま泊まりに来る二人のためにと準備をしていた敷布団を用意している姿を、少し離れた場所から見ていた二人。それぞれ炭酸水を飲みながら黙っていたが、やがて那由汰がおもむろに口を開いた。

「ナマエ、これからもいてくれるかな」
「いてくれるって、どこに?」
「ここに、俺たちの近くに」
「いるだろ」
「……だよな」

布団を敷き終わったナマエが二人の視線に気づき“どうしたの?”と声をかけたが、二人は微笑んで“なんでもない”と答えた。

寝る支度も済み、ナマエは自身のベッドへ、二人は準備された布団へと入る。ナマエは一足先に眠りに就いたが、二人は横になったまま向かい合ってひそひそ話をしていた。

「優勝して賞金勝ち取ったら家買うだろ?その時にナマエも呼んでやろうぜ」
「そうだな。きっとナマエ、驚くよな」
「あぁ。そんで、今度は俺たちの家に泊めるんだ」
「いいね、それ」
「だろ?……ぜってぇ優勝するぞ、那由汰」
「当たり前だろ、珂波汰。どんな奴らも蹴散らして、俺たちcozmezが優勝を勝ち取るんだ」

くすくすと笑い合い、決意を固めるかのように手を繋いだ二人は、そのままゆっくりと眠りに就いたのだった。