12回目の誕生日プレゼント




 八月三十日。この日のために、ナマエは今日の主役となる彼にバレないよう注意しながら準備を進めていた。

『今日の準備、完璧だぞ』

 その一言と共にトークアプリのグループチャットに数枚の写真が送られてきた。その写真は事前に借りていたレンタルスペースの写真だった。部屋の中は今日のためにと協力者全員が飾りつけたアレコレでキラキラとしており、一緒に写る数名には無邪気な笑顔が浮かんでいて楽しそうだった。
 それを見たナマエもつられて微笑む。彼へのサプライズプレゼントの準備はあともう少し、これから行く先であるものを受け取れば全て揃う。

「準備ありがとう! めちゃくちゃいいね! =c…っと」

 グループチャットに返信を送り、スマートフォンをとじる。目的地に着いた彼女は建物の上部にある看板をスッと見上げて少し微笑み、建物の中へと入っていった。

 ◆◆◆ ◇◇◇

 その日の夜。俺はナマエから連絡を受けて都内某所に向かっていた。トークアプリで送られてきた住所のところへ向かうに連れて、周りがオフィスビル街からマンションやアパートばかりになっていった。

「ったく、一体どこに向かわせてんだよ……」

 少し苛立ちつつも足早に目的地へと向かう。ビルのエレベーターに乗り込み、指定された階のボタンを押した。静かに上へと昇っていくエレベーターの中で、彼女にもうすぐ着く≠ニ連絡を入れた。
 ポーンという音と共にエレベーターが止まる。開かれた扉の先へ出て、通路に従って歩いていくと――

「「誕生日おめでとう! イザナ!!」」

 通路の先にある扉を開いて一歩中に入った瞬間、少しバラついた破裂音と共にその言葉が投げられた。部屋の中にはマイキーたち東卍の隊長と副隊長をやっていた奴らにエマたち、そしてかつて天竺で一緒だった奴らが弾けたクラッカーを片手に何やら楽しげに笑っていた。
 そういうことかよ。手の込んだことをしやがって。

「本日の主役様はこっちなー」
「大将は何飲む? 酒もノンアル系もあるけど」

 蘭が俺の両肩に手を置いて押して行き中央の席、いわゆる誕生日席に俺を座らせたかと思うと、近くにいた竜胆が何を飲むかと聞いてきた。それに「グラスの白」と答えると、「りょーかい」と間延びした返答をしてドリンクコーナーとなっているテーブルへと向かっていった。

「誰だよ、こんな手の込んだことを企画したのは」
「ナマエだよ。はい、これ。適当に食いもん取ってきた」

 そう言って俺の前に食い物が載った皿を置いたのは東卍の三ツ谷だった。奴から手渡されたフォークを受け取り、ローストビーフをすくって食べる。中々うめぇな。皿に載せられていたものを食べ終わったところでナマエがどこにいるのか、と聞くと奴は楽しそうに笑ってもう少しで来るぞ、と答えた。

「ナマエ、ほら早くっ!」
「いやでも! やっぱ、ねっ?」
「もー、そんな心配しなくても大丈夫だって!」
「アイツがどれだけお前のことが好きか、お前も分かってるだろ?」

 そんなやり取りが部屋の隅から聞こえてきたので視線をそちらに投げると、エマと橘日向、そしてマイキーの三人が誰かを囲っていた。おそらく、囲われているのはナマエだろう。ったくまだ何か隠していやがんのか。さっさと出せばいいものを。

「そんなとこで何やってんだよ」

 中々こちらにやってこない彼女に少し痺れを切らした俺は、席から立ち上がってそちらへ向かおうとした。だがそれは、楽しそうに笑う灰谷兄弟によって阻止された。何だよ、邪魔すんな。

「ナマエー。大将が痺れ切らしてんぞー」
「早く来ねーとやべーぞー」
「い、行きます! 今行きます!」

 マイキーたちの間からひょっこりと顔を出した彼女は、少し赤らめた顔でそそくさとこちらへやってきて俺の前に立った。彼女の両手は後ろに回されていて、何かを隠しているのは明白だった。
 周りの奴らを一瞥すれば、誰もがニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべている。こいつら、一体何を準備してたんだ。

「誕生日、おめでとう。イザナ」
「あぁ。……で、何を隠してんだ?」
「ナマエちゃん、大丈夫だよ」
「断られたりしねーって」

 周りの奴らが彼女の背を押すような言葉をかける。その言葉を受けたナマエはその場で一度深呼吸をすると、覚悟を決めたような顔をして口を開いた。

「今年のプレゼントはこちらです」
「なんだよ、改まって」
「う、受け取ってくださいっ!」

 そう言って彼女が俺の前に突き出してきたのは一つの小さな紙袋だった。それを受け取って中身を見てみると、数枚の紙と小さなノートらしきものが入っていた。
 それらを取り出して見た俺は思わず目を見開いて言葉を失った。

「最近調子が悪くて見てもらったら……さ……」
「……お前、これ……」
「イザナと私の子供、です……。い、嫌だったらごめんっ! まだ結婚とかもしてないし、誕生日プレゼントって名目でこれを贈るとか重いって自分でも思――」
「ありがと、ナマエ」
「え?」

 嬉しかった。やっと俺にも血の繋がった家族ができる、それも初めて心の底から愛した彼女と。これほど嬉しいことはない。
 俺はその場で立ち上がると、彼女のことを抱きしめた。もちろん身体に触るかもしれないから力は少し抑えつつだったが、それでも精一杯の喜びを込めて抱きしめた。周りから囃し立てるような声や、おめでとうという言葉を受けながら、俺は彼女の耳元でそっと囁いた。

「順番が逆になったけど、結婚しよう。ナマエ」

 彼女は小さく嗚咽を漏らしながら俺に抱きつき、「はい」と言った。周りからは拍手が起こり、あちこちから「おめでとう」だの「やっとかよ」だのと言葉を受けた。
 本当はずっと結婚を考えてはいたが、俺の過去のこともあり少し悩んで足踏みをしていたのも事実だった。今更誰かに彼女を渡すだなんて毛頭考えてはいなかったが、かといって俺が彼女を幸せにできるのかという一抹の不安もあったのだ。
 だがそんな不安もただの杞憂に終わった。こんなことならもっと早く言っておけばよかった。

「おめでとーナマエ。ねぇ、結婚式はいつやんの?」
「気がはえーよマイキー。まだ婚姻届も出してねーんだぞ」
「式にはオレたちも呼んでくれよ?」
「ゴシューギも弾むぜ?」
「ならお前らからは、ふんだくってやるからな」
「おぉこわ」

 その後、主役であるはずの俺よりも大盛り上がりしてる奴らを横目に、彼女と並んで酒を飲んでいた。もちろん彼女は酒ではなくノンアルコールであるお茶だが。

「本当は、断られるんじゃないかってちょっと不安だったんだよね」
「なんで?」
「さっきも言ったけどさ、誕生日プレゼントって言ってエコー写真と母子手帳を渡す女ってどう考えても重いじゃん? まだ結婚もしてないのにそんなことするとか、嫌われるんじゃないかって思って……」
「……馬鹿だなぁ、お前。こんなの重いうちに入らねぇよ」
「そうかな……」
「まさかこのタイミングとは思わなかったけど、お前が俺の子を孕んだのは俺がそうなるようにしてたからだし」
「えっ」
「例えば、わざときけ――」
「わーっ! 怖い! 聞きたくない!」
「……まぁ、だからお前のプレゼント≠ヘそんなに重くねぇってことだよ」

 そう言って笑って肩を抱けば、彼女はそっと俺の方に頭を預けてきたので、肩を抱いていた腕を移動させてそっと頭を撫でた。彼女のことも、そして今彼女の腹の中にいる俺と彼女のガキも、全員守って幸せにすると誓った。
 正直まだ幸せとか、そういうのはよく分かっていない。特に誰かを幸せにするなんて、長らく彼女と一緒にいるが未だによく分からない。それでもきっと、彼女とそして俺たちのガキと共に過ごしていけば分かるんじゃないかと思った。

「お前も、腹ン中のガキも、ぜってぇ幸せにする」
「ありがとう。でもね、イザナと私と、それからお腹の中の子供と……三人一緒に幸せになるんだよ。私もイザナとこの子のことを幸せにしたい」
「……あぁ」

 なおも続く喧騒をバックに、俺はそっと彼女に口付けを落とした。