序章
全て私たちが悪かったんだ。――後に二人はそう話した。
これは二人の部外者が自分勝手に願ってしまったことを叶えるために奮闘する話。二人が己のエゴを押し付ける話。
その罪の重さを、事の重大さを理解していなかった愚かな二人の、エゴの話。
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「なんでイザナ、死んじゃったんだ……」
「それは思う。でも終わり方が美しいのもまた事実」
「それはそうだけど……やっぱ生きてて欲しかったなぁ……」
とある家の一部屋。そこに二人の女性がいた。一人は漫画を片手に目元に薄ら涙を浮かべている。もう一人は彼女の向かい側にいて、スマートフォンを持っていた。
二人は双子の姉妹で、妹が漫画を片手に目元を滲ませている方、姉がスマートフォンを持っている方だ。
二人は最近アニメ化やら実写映画やらで盛り上がっている、不良少年が主人公のタイムリープサスペンス漫画・東京卍リベンジャーズ、通称東リベの一部を読み直していた。読み直していたのは妹の最推しである黒川イザナが登場する天竺編。案の定イザナの退場シーンで涙していたのだ。
「まぁでも……天竺編でイザナが死亡したことで、マイキーが実質孤独になったのはキツいなって思うけど」
「その点もそうだよね。はぁ〜……なんでこんな辛い人生を……」
姉の最推しはマイキーのため、妹とは別の視点から天竺編で苦しんでいた。どちらにしても二人ともそれぞれの最推しが辛い状況下であるため、涙無しでは見れなかった。
持っていた漫画を閉じた妹が、自身の潤んだ目元を手の甲で拭いながら呟いた。
「やっぱさ〜皆生存してる世界が見たいよ」
「それは私も思う」
「まぁ、叶わないけどさぁ……」
「そういえば明日、花見行くじゃん。有名なところだから早めに行こうって話じゃなかったっけ?」
「あっ! そうだった……。じゃあおやすみ、お姉ちゃん」
「おやすみ」
妹は部屋主である姉に寝る前の挨拶をしてから部屋を出て行った。残された姉は出しっぱなしの東リベの単行本を本棚にしまい、枕元まで延ばしている充電ケーブルの先を自身のスマホに挿し込んだ。そしていつも使っている目覚ましアプリを起動し、午前七時にアラームを設定して部屋の明かりを消して布団の中に潜った。
明日は妹から誘われて近くにある大きな桜の樹を見に行く予定になっていた。その桜の樹は大木と呼ぶに相応しいとても太くそして大きな樹で、樹齢は千年を優に越しているのではないかと言われている。
桜の名前は双子桜=B双子と名前にあるからと言って、その桜の樹が元々二つ並び立った樹だったわけではない。名前はその桜の伝説が由来となっている。
その昔、双子桜がある近辺の村にとても可愛い双子の姉妹が産まれた。二人は両親にも村の人たちにも愛されて育っていたが、ある日病に侵されてしまい齢十になる頃に亡くなってしまった。それを悲しんだ両親は二人の亡骸を村から少し離れた丘、ちょうど今双子桜のある場所に埋め、そこに桜の苗を植えた。植えられた桜はぐんぐんと成長し、姉妹の三回忌の日にこの世のものとは思えないほど美しい桜を咲かせた。それを見た村の住人と姉妹の両親は「この桜は姉妹の魂が宿っているのかもしれない」と思い、その桜を皆で守っていくことにした。
桜は年を重ねる毎に大きく太く成長し、妖艶な程に美しい桜の花を咲き誇らせた。あまりにも現実離れした美しさに、後々その村では神が宿る樹として扱われるようになった。そして村人たちはその桜に双子桜≠ニいう名前を付け、恐ろしいほどの美しさに畏怖し、「桜が美しく咲き誇り続けなければ村に災いが起こる」とまで考えられ、やがて村で産まれた美しい娘が贄としてその桜の樹の根元に埋められるようになっていった。
これが双子桜の伝説である。もちろん今は贄を捧げるなどという恐ろしい伝統は残っていないし、死体が埋められるという行為も行われていない。しかし実際に伝説が本物なのかを確かめるために行われた調査では、桜の樹の下には確かに数体の人骨が埋まっていることが分かり伝説は本物であった≠ニいうことが証明されていた。
今ではその伝説も過去のものとされ、一部侵入禁止エリアがあるもののこの辺りに住む人たちは皆、花見の季節になるとこぞってその双子桜を見に行っていた。
姉妹は少し前にこの辺りに越してきたばかりだったため、双子桜のことはよく知らなかった。しかしある日出先から帰ってきた妹が、目を輝かせて「お姉ちゃん。双子桜、見に行こう!」と言ってきた。話を聞くに、帰り道にライトアップされた双子桜を見かけ、あまりにもそれが美しかったので見に行きたいと思ったらしい。あまりにも妹の押しが強かったこと、そして姉もまたその双子桜というものが気になったこともあり、二つ返事で見に行くことを了承したのだ。
姉は明日見に行く、まだ見ぬ双子桜という謎の桜のことを考えながら眠りに落ちていった。
◆◆◆ ◇◇◇
「よし、行こう!」
「朝から元気ね」
「昨日はよく眠れたからね」
予定通りの時間に家を出た姉妹は、途中のコンビニで適当に飲み物と食べ物を買って、今日の目的地である双子桜を目指した。二人の家から桜までは歩いて数分程度の距離だったが、やはり花見の季節だからか通りには人が多く、桜に辿り着くまでに予定よりも時間がかかってしまった。
人混みの合間を縫うように進んで双子桜の前へと行く。目の前にそびえ立つ桜の樹の、その大きさと桜の花の量に二人は圧巻されてしまった。
遠くから見ているだけでも大きいと思っていた樹だったが、改めてこうやって近くで見ると想像よりも何倍も大きく、迫力があった。そして何より、頭上高くに咲き誇る満開の桜がとても美しかった。人生二十五年の中でこれほどまでに大きく、そして美しい桜の樹など二人は見たことがなかった。
「めっちゃくちゃ大きいね……」
「うん……。それにすっごく綺麗」
二人は桜の樹を見上げ、桜の樹に意識が持っていかれていた。だが後ろからやってきた人が二人の体に少しぶつかったため、そこで二人はようやく我に返った。
我に返った二人は再び人混みの隙間を抜け、少し離れた場所にある開けた場所へと移動した。案の定ベンチなどは既にどこも満席で座ることはできなさそうだったが、そうだと予想していた姉が小さめのブルーシートを持ってきていたため、それをギリギリ二人分空いていたスペースに広げて座った。
「凄かったね、双子桜」
「あんなに大きくて綺麗だとは思わなかった」
「なんか意識全部持ってかれそうになるくらい綺麗だったよね」
「美しい桜の樹の下には死体が埋まっている≠ネんて言葉があったと思うけど、正しくその通りだと思ったわ」
コンビニで買ってきた軽食を食しつつ二人が双子桜の感想を話していると、不意に横から声をかけられた。
「ねぇ」
二人が揃った動きで声のした方を向くと、そこには小学生の高学年くらいの少年が一人立っていた。特に目立った特徴もない、どこにでもいそうな少年だったため迷子かと思った二人は、食事の手を止めて少年に声をかけた。
「君、迷子?」
「違うよ」
「お父さんとお母さんは?」
「いないよ」
「一人でここに来たの?」
「僕はずっとここにいるよ」
なんだか話が上手く噛み合わない。二人は顔を見合わせて首を傾げた。この少年は一体何者なのか、それが二人の中に共通して浮かんだ一つの疑問だった。
姉妹の疑問も露知らず、少年は微笑んで二人に声をかけた。
「ねぇ、二人は双子≠ネの?」
「え? うん、そうだよ」
「そっか。ありがとう、またね!」
少年は二人に一方的なお礼を伝えると、そのままどこかへ走り去ってしまった。残された二人は突然の不思議な出来事に驚いたものの、終わったことだから、として食事を再開した。
「やっと見つけた」