あなたはオレンジの片割れ
「はい、これ」
「ありがと」
中身の餡が出ないように、そして外身のふわふわを殺さないように、丁寧に二つに分けられた肉まんのうち包み紙に入った方を千冬が彼女に差し出した。差し出された彼女はそれを両手で受け取り、包み紙や肉まんの下に付いている敷き紙を折り曲げてホカホカと湯気が立つ肉まんを一口頬張った。
高校の帰り道、お互いのバイトや部活がない貴重な日は必ず二人で帰っている。そして大概コンビニなどに寄り道をして、できるだけ長く一緒に過ごせるように時間を作っていた。
今日は少し肌寒かったこともあり、たまたま通りかかったコンビニに売っている肉まんを見て、二人揃って「食べたいね」という話になったこともあり、立ち寄って肉まんを一つ、購入した。
近くの公園に行き、熱々で湯気が立つ一つの肉まんを半分にして彼女と二人で分け合う。本当は千冬が彼女の分も買おうとしていたのだが、彼女が「一つ全部食べたら、夜ご飯が食べられなくなっちゃいそう」と言って断ったため、一つを買って半分に分けることにしたのだ。もっとも、彼女の断った理由に「千冬と一つの肉まんを分け合って食べたい」というもう一つの理由が含まれていたことに、千冬は気づいていない。
「ふー、ふー。……美味しい〜」
「ここのコンビニの肉まん、外のヤツがすっげぇふわふわしてて美味いよな」
「うん。やっぱりこのコンビニの肉まんが一番美味しい」
「だな」
鼻先を赤くしながら肉まんを頬張る彼女を横目に、千冬も自身の肉まんを一口頬張る。まだ温かい肉まんの餡とほのかに甘い外身の生地が口の中で絶妙な美味しさを生み出し、思わず千冬の口角が少し上がった。
お互い肉まんを食べ終えた頃には、オレンジと濃紺が混ざる空に星が瞬き始めていた。そろそろ二人も家に帰らなければならない。
「んじゃ、帰るか」
「うん」
名残惜しい気持ちを抑え、二人はベンチから立った。初めに向かうは彼女の家。千冬は自身が不良であることを重々に分かっているからこそ、不良でも何でもない、いわゆるカタギ≠ナある彼女の両親が、少しでも不安や心配を抱かないように日々努めていた。
彼女ともっと長くいたい気持ちは千冬にもあった。だからこそ、彼女の部活が終わった後にどこかへ寄り道をして一緒に過ごす時間を増やしたいと思うことも多々あった。休日デートをしたら、その最後に夜のライトアップやイルミネーションを見てみたいと思うこともあった。だがどれもこれも、たとえ彼女からお願いをされたとしても千冬は奥歯を噛み締めてそれを断り、彼女の家族の夕食時前には家に着くよう、彼女を送っていた。それが自分に出来る彼女の両親に不安や心配を抱かせない行動≠セと、千冬が考えていたからだった。
二人で手を繋ぎ、街灯が付き始めた住宅地内の歩道を歩く。歩道といっても一車線の道路の端に、白いラインでもって区切られているに過ぎない細く頼りないものだ。二人で並んで歩くには少々狭いため、車道側を歩く千冬が先行し、彼女が一歩後ろを歩いている。この道は今の時間帯だとそこまで車通りの多いところではないにしろ、決して通らないわけではない。その上、ごく稀にだがバイクや自転車に乗った人間による引ったくりや痴漢などの事件も発生していた。そのため、何かあった時に彼女を守れるよう、いつでも千冬が車道側を歩いていた。
角を曲がりそこから数メートル進むと彼女の家があるマンションに辿り着いた。彼女の家は四階にあるため、ここから先は階段を登って向かう。登り慣れた階段を二人で四階まで登り、そのまま廊下を進んで彼女の家の前まで行く。
「それじゃあ、また明日」
「おう。明日も同じ時間に迎えに行く」
「うん。よろしくね」
「……じゃ、また明日」
短いやりとりを終え、扉の前で別れる。本当はここで不意打ちのキスの一つでもしたら、少女漫画のような展開だろう。と思いつつも、毎日あと一歩の勇気が足りない千冬は、今日も今日とてできない自分に歯痒さを覚えながら帰路に着いた。
* * *
冬休み手前の最終登校日。これから短くも長い冬休みが始まるということで、少しの間千冬と離れ離れになってしまうことに寂しさを覚えた彼女は、終業式が終わって少ししてからいつも立ち寄る公園で会う約束をした。
友人たちとしばしの別れを惜しみつつ、彼女は足速に公園へと向かう。事情を知る友人たちが「早く行っておいで」と背を押してくれたこともあり、思いの外早く向かえた彼女は千冬よりも先に公園に到着した。楽しみで、一秒でも早く会いたくて、足速に向かっていたので彼女の呼吸は少々乱れていた。それを整えるためにも近くのベンチへと腰掛ける。冷たい冬の風が彼女に吹き付けて髪を少し乱していった。
呼吸はすっかり整い、そろそろ身体が冷えで固まり始めた頃。少し前の彼女と同じように呼吸を少し乱し、鼻先や頬を赤らめた千冬が何か入ったレジ袋を片手に公園へやってきた。
千冬は彼女の元までやってくると、整わない呼吸のまま「ナマエごめんっ」という言葉と共に彼女へ頭を下げた。驚いた彼女が頭を上げるように言えば、まだ少し申し訳なさそうな表情をしたまま、ちょうど一人分空いた彼女の隣へと腰掛けた。
「思いの外抜け出すのに時間かかっちまって……」
「大丈夫だよ。千冬は人気者だね」
「いや、人気っていうかなんていうか……。あっ、それより。寒かっただろ、これ。まだあったかいはずだから」
そう言って千冬が手に下げていたレジ袋を彼女へ差し出した。彼女がそれを下から支えるように両手で受け取ると、レジ袋の中に紙製の何かに包まれたものが入っているのが分かった。そしてソレはほのかに温かく、冷えて少し赤らんだ彼女の手をじんわりと温めてくれた。
「途中のコンビニで買ってきたんだ。……食う?」
「うん。ありがとう」
レジ袋の中に入っていたのは、二人がいつも分け合って食べている肉まんだった。彼女が包み紙に包まれた肉まんを取り出して千冬に渡すと、彼はいつものように包み紙をめくって肉まん本体を半分ほど出すと、それを空いたもう片手で持ってゆっくりと半分に割った。
半分になった肉まんの切り口からホカホカと白い湯気が立ち上ると同時に、小腹を絶妙に刺激する餡の香りが漂う。いつものように千冬が紙に包まれた方の肉まんを彼女に差し出す。それを受け取った彼女は嬉しそうに微笑んで「ありがとう」とお礼を言った。
二人で声を揃えて「いただきます」と言ってすぐ、美味しそうな匂いに小腹を刺激された彼女が堪らず肉まんを一口頬張った。野菜の旨味の混ざった肉汁が溢れる餡。そしてその肉汁が染み込んだ、ふわふわして少しの甘みのある外身。肉まんが熱々だったためはふはふ、と口内に冷たい外気を入れつつ食べれば彼女の鼻腔から肉まんの香りが抜けていった。
「ちゃんと冷まさねーと火傷すんぞ」
「……ふぅ、熱かったー。次からはちゃんとふーふーする」
熱さのせいでうっすらと涙を浮かべつつ彼女が笑えば、千冬は少しだけ顔を赤らめて小さく返事をして、赤らむ顔を誤魔化すように自身の肉まんにかぶりついた。そんな千冬の様子を彼女が見つめていると、その視線に気づいた千冬が口を動かしながら彼女の方を向き、小さく首を傾げた。
彼女はそれに小さく首を横に振って「なんでもない」という返答をすると、未だ湯気が昇り立つ肉まんの方へ視線を移し、今度はふぅふぅと息を吹きかけてから一口頬張った。
肉まんを食べ終えた二人はすぐには帰らず、そのままベンチに座っていた。今日は終業式で時間がある。肉まんを食べ終わったことで既に用事は半分ほどなくなってしまったようなものだったが、どちらとも「あともう少しだけ」という気持ちから、その場を動けずにいた。
「ねぇ千冬」
不意に彼女が千冬に声をかけた。ぴくりと体を一瞬揺らした千冬が彼女の方を見ると、彼女は自身のカバンの中からあるものを取り出した。
それはプラスチック製の、イラスト風のデザインが可愛らしい輪切りのオレンジが一つぶら下がったストラップ二つだった。
「これ、少し前に雑貨屋に行った時に見つけて買ったの。一つあげる」
「お、おう。ありがと」
千冬が片方のオレンジを大事そうに受け取れば、彼女が人差し指にストラップをぶら下げ、静かに揺れているそれを見つめていた。
「千冬、知ってる?外国ではあなたはオレンジの片割れ≠チてことわざがあってね。オレンジの輪切りって、同じもの同士じゃないと切り口が合わないんだって」
「へぇ、そうなんだ。知らなかった」
「……私にとってのオレンジの片割れ≠ヘ、千冬だけだよ」
そう言って彼女が頬を薄紅色に染めてはにかんだ。千冬が彼女の言葉の意味に気づくまで、あと三秒。