山の日のはなし



木々のざわめきが耳を抜ける。夜も深い山の中、ひやりとした風が吹いた。
見上げた夜空は雲一つ無く、満天の星が輝いている。

「良い夜だなー」

城を抜け出して来た甲斐があったというものだ、明かりがなければ一歩先へ進むことさえ難しい暗闇で一人笑みを浮かべる。
耳を澄ませて、念の為魔術も使って周囲を探るも人間の気配は無い。変わりに血の気配を纏った獣の気配を感じ取る。

「ふふふ…」

笑みが深まる。
実は今日、この山で出没している魔物についての話を聞いたのだ。
山菜を取りに山へ入った者達を襲う魔物。
それは従来から山に存在している魔物の名で、特段疑問には思うことはなかった。既に冒険者に討伐されているだろうと聞き流しかけたが、なにか異常繁殖しているらしい。冒険者組合では人手が足りないようで被害者が絶えないとのことだった。被害状況、山菜採りを生業としている者たちからの訴えもあり近々城の兵士が調査を行う予定だそうだ。
そしてなんと、今は山道を封鎖して誰も立ち入らぬようにしてあるらしい。

それを聞いた瞬間、ある考えが頭に閃いた。

人払いをされた場所ならば思う存分魔術を行使出来る、と。

誂えられたような偶然の機会に胸が踊る。生まれ直してこの方、なかなか大手を振って魔術を使う機会に恵まれなかった。それは単純に魔術を扱えない、という訳でなく、強大な魔力の制限をかけることが難しかったからだ。魔力の出力を抑えて魔術を使うために魔術の練習がいる。それは前世を考えれば嬉しい悩みだったが、解決の難しい問題であった。
だから話を聞いて、ずっと夜の訪れを心待ちにしていたのだ。

さて、と城からこの山に来るまでに準備運動は済んだ、木々に隠れ襲撃の機会を伺う魔物達を待つ。
そろそろ掛かってきても良いと思うのだが……闇に潜んだ気配は周りを囲うだけで襲ってこない。
ふむ、と考えて魔術で気配のする方向に柵を作る。
仲間を捕らえられたことによって怒りを買ったのか、四方から魔物が飛び出してきた。

「おっ良いな多い……!」

捕えた先から襲い掛かってくる魔物を次々に捕縛する。暫く続けて、攻撃系の魔術は加減が難しいが捕縛や結界などといった魔術はそう調節せずとも扱えるようになってきたように思う。良い感じだ、と自画自賛をしつつ後方から襲い掛かってきた魔物を跳ね飛ばそうとして、

「…………あっ」

ど、っっかーん!!!と盛大な爆発音と共に山が削れて四散する。

やっば!と慌てて吹き飛んだ土砂を風系統魔術で集める。反射的につい使い慣れている火系統魔術『火球』を出してしまった。先に結界を張っていて良かった、結界に防がれていなければ街にまで届いていたかもしれない。削れた山の残骸を見る。
元いた場所から上半分、ぽっかりと綺麗な穴が空いていた。跳びかかってきた魔物を倒し消滅させただけでなく、本来見えないはずの山の向こう側が覗いていた。

あっちゃー…と呟いて頭を掻く。

やってしまった。
早急に元に戻さねばならない。
取り敢えず集めた土砂を空いた穴に詰め土系統魔術で形を整える。火球の熱波により木々も燃え尽きてしまっているようだった。折角捕えた魔物も跡を残さず綺麗に消滅しているようで、残念な気持ちになる。

「確か……こんな形だったよな」

ある程度均して元の山っぽく整えて固め、燃え尽きた木々の修復を樹系統魔術で行う。
急いで元に戻そうと焦って注ぐ魔力の調節をしないまま魔術を行使したためか草木がぐんぐんと伸びる。

「あー…ちょっと大きくなり過ぎたか?」

魔力を注ぐのを止め伸びた木を見上げる。最初に山に来た時よりも大きくなっているように思えなくもない。

「まあ大丈夫か、分からんだろう」

そんな木の大きさなんて誰も気にしないだろう。多分。

「……やっぱりもう少し火球とかの練習しないとなあ…」

呟いて、今日の目的を失くした山を見上げた。

失意のまま城に戻り、何事も無かったように寝具に潜り込んで今日の出来事を思い返す。
下位魔術であってもあの威力。人前で魔術を扱うことは難しいようだった。まだまだ研鑽が必要だな、と思う。また抜け出して魔術の練習をしよう、と思いながら重くなる瞼を閉じた。




───そうして眠りについた第七王子の元に、山が消えた!!変わった!?という城下の騒ぎが届くのは、もう少し先の話なのであった。




山の日に書いた代物
実は『第七王子の一日』に前日譚だったり
一日で書いたので色々大変でした




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