魔人の長い一日



「あっ」
不意に声を上げた主人が眉を寄せて、しまったな……と零す。
「どうかしたんですかいロイド様」
首を傾げて主人に聞けば、いや〜ととぼけたように明後日の方向に視線を追いやりながら口を開いた。
曰く、元教皇の持っている素材を取りに行くと約束していたらしい……一週間ほど前に。
「近い内に行くって言ったまんまだ。最近忙しかったからなぁ」
ちらりと上目遣いで魔人の様子を窺ってくる主人は、主人の中では予定などではなく決定事項のようだった。
要は今から城を留守にするので身代わりになって欲しいという要望であった。
「なんっでもっとはやく、昨日の内にでも話とかないんですかぁ!!」
悪い悪いと軽く謝りつつも反省の色は主人の顔から見て取れない。
「グリモ〜」
「嫌です」
頼みの言葉が吐かれる前に断りの言葉を叩きつける。
ぷうと主人の頬が膨らみ無言の抗議を受けるが無視をする。以前引き受けた際、魔人が受けた仕打ちを忘れたわけでは無いだろうに。
「そう言わずにさ〜」
「だから、嫌です」
などと、そうこう言い合っているうちに事の次第を察した天使が側にいた魔犬から飛び出し主人の名を高々に呼び上げた。

「仕方がありませんね、この魔人が拒否するというのなら、この不肖ジリエル!影武者の任務を華麗にこなしてみせましょう!!!」

言葉に二人して顔を見合わせる。
「無理だな」
「ですね」
「悪いけど頼めるか?」
「……仕方がないですねえ!今回だけですよ!!」
「おお、頼りになるな」

主人の言葉に、もう一度、今回だけだからですね、と念を押す。
主人に頼られることが嫌なわけでは無いのだ。ただ、待ち受けているであろう苦難、教育係からどう逃げるかが問題なのであって。
「よろしくな、グリモ」
「…はいはい」


こうして、禁書の魔人『グリモワール』の長い、ながーい一日が幕を開けたのであった。


「ちょっとぉ!!私にお任せ下さいと言っているじゃあないですか!!!」



ちょっとしたおまけ話




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